蒼穹の艦隊 -the Aircraft Carrier of Azure Fleet-

王叡知舞奈須

第一話:空を睨む蒼き龍


一九四一年 十二月某日

 それまで帝政だった日本という国はそれを廃し、国号を『大日本共和国連邦』とした。

 その後起きた『極東亜細亜戦争』によって、当事は未だ列強各国でも本格的な配備は進んでいなかった『航空母艦』、さらには廃れつつあった大型艦艇『戦艦』の有用性も再認識される様になった。

 その戦い以降、約百年に渡って日本は平和であり続けた。

 祖国を護るべく産み出された『戦う為の女神艦艇』達によって。

 だが、の海軍大国、ブリタニアイギリスを世界の中心と見れば所詮は端っこにあるこの日本は平和でも、世界全体が平和な訳ではない。

 どこかしらの国同士が、世界中で戦っていた。

 その数ある戦いの中で、『騎甲戦車』なる兵器も生まれた。


『有人単座操縦式人型機動戦闘装甲車輌』


 それが、騎甲戦車。

 太古より行われていた白兵戦を、現代に於いても可能とさせるその騎兵の姿をした機動兵器。それが、とある戦いに於いて陸上での戦力差を大きく覆した。

 日本以外の先進国はそれの量産・配備・改良・新開発にと取り組み始める。

 その頃日本では、仮初めの平和の裏側で、その騎甲戦車への抑止力となる存在を作ろうとしていた者達がいた。

 『騎甲戦車の様な人型の形態に変形する』戦闘機。

 それを夢物語と罵る者達が多い中、期待する者達も当事は少なからず居た。

 だがその矢先、その試作機ができたある時、とある事故が起きる。

 それ以来、それの開発者達の信頼は以外の全ての軍人達から失われ、掌を返されたかの如く非難される様になった。

挙げ句の果てには、データをシュミレーターの試験を行わされたことで余計に彼女達は非難を受けることとなった。


 そんなこんなで、その様な事情など全く知らない者達からしてみれば、この国は平和だった。


…………あの日までは。




 江草 隆英は、航空母艦の広大な飛行甲板の上で寝そべっていた。

「海はいいな。

波の音は心を落ち着かせてくれる。

この蒼い空もいい。

空の蒼に抱かれると、心が躍る」

 そんな、一人言を言ったら、

「お前もそう思うだろう、蒼龍?」

 そう、誰かに話しかける様に言いながら、甲板を手で撫でた。

 彼は、自分の乗る艦に話しかけていたのだ。


大日本共和国連邦海軍所属 蒼龍型航空母艦一番艦 蒼龍。

全長270.0m、全幅40.0mの巨体を持つ大型正規空母。


 『蒼穹の艦隊』という異名を持つ、『横須賀司令部 第一国土防衛師団艦隊所属 第一防空部隊』の旗艦を務める艦だ。

 彼はこの艦所属の航空隊の艦爆隊総隊長。階級は航空兵科少尉。

 彼に自覚は無かったが、良く艦に話しかけることから搭乗員随一の電波系として蒼龍搭乗員内で通っている。

 そんな彼の隣に、何の前触れもなく───強いていうなら蒼い光の輪を形成し、空間転移するかの様に───少女の姿が現れた。

『私には、そういった感情の様なものは持ち合わせておりません。

ですが、貴方が『綺麗だ』と仰るのなら、そうなのでしょう』

 そう、少女は言った。

「ハッ、これだから機械は……そのうち、わかる様になるさ」

 寝そべった姿勢から起き上がりながら彼が言うと、少女は『演算に支障が出なければよろしいのですけれど』と返す。

 そういう彼女に対し「阿呆」と言って突っ込む様に手刀を振るった───それは彼女をすり抜ける。

 彼女は、ホログラムだ。

 蒼龍を始めとする、一部の大型艦艇が装備する特殊な戦術電子演算処理装置───


『Advanced

 Module of

 Armament

 Trailblaze

 Experience

 Realization system,

 And Aegis Weapon System

 Synthesised Operating System

 Unit

(イージス武装制御システム統合型特殊演算処理式近未来予測高等戦術提示システム)』


───通称的な略称で『アマテラス』と呼ばれているものが生み出した人格の様なもの。仮想人格、と呼ぶべきだろうか。

『もぅ、乱暴な殿方は嫌われますよ』

 そう返した蒼龍。返しだけは上手く、隆秀はつい苦笑を返してしまう。

「しかし、な……。

なんだろうな、胸が騒ぐ感じがするんだ。

いつもと違って……」

『…………』

 急に黙り込んだ蒼龍に対し「嫌な予感がするんだが」と続けて言うと、

『全く……貴方の予感は、いつも『嫌な予感』ばかり的中しますね』

 含みのある様なことを言い出した。


二〇四一年 四月某日。

 この日、横須賀では大日本共和国連邦海軍の観艦式が開催されていた。

 新型の次いでに、近代化改装が施された一部艦艇も御披露目される予定だった。

 その頃、ラバウルにて。

 横須賀司令部 第一国土防衛師団艦隊所属 第一防空部隊はそこに駐屯していた。


航空母艦 蒼龍飛行甲板上。

 江草 隆秀が蒼龍仮想人格と話していた時のことだ。

『信濃より、共有情報。

横須賀が現在何者かに襲撃されています』

 蒼龍がそう伝えた。

「敵の所属は?」

 そう聞いた隆秀は「まぁ、ロシアぐらいだろうよな」と軽く呟く。

 それを聞いてか聞かずか、そのまま流して状況を伝える。

『観艦式特別編成部隊は全艦、洋上に退避。

現在、信濃以下、榛名、摩耶、三笠が交戦中』

 三笠という新造艦の名がでてきたのには流石に驚き、隆秀は「おいおい、新造艦にいきなり戦わせるのか?」と呆れ半分に言ってしまう。

 実際、そうしなければならない状況なのだろうということは察するのは容易い。観艦式の為に、現在横須賀港にいる艦艇で実弾を装備している艦が何隻いるだろうか。

その時のこと、

『───信濃より新型艦載機一機が発進、単機で敵戦闘機を八機撃墜した模様』

 そう聞いた彼は眉間に皺を寄せ「新型、艦載機?」と聞き返した。

「もしかして、人型に変形するって噂の欠陥機か?」

 蒼龍は『肯定』と伝える。

「八機撃墜、と言ったな・・・パイロットは誰だ?

まともに翔べた奴はいなかっただろ?」

『確認します』

 そう言って、彼女は目の前の空間にウィンドウを展開した。

『確認……パイロット登録名……有本 僚。

……航空科に於ける該当データ……なし』

「航空科で該当なし?」

 思わず聞き返した。

「別の科では?」

『確認───』

 次の瞬間、

『───ッ!?』

 蒼龍が、人間でいう驚愕と呼べる反応を示した。

『一件、該当有り……』

 そう言うが、何故か言いよどむ蒼龍。

 自分が探し当てた情報を信じられないという様子でありながらも、ありのままに伝えた。

『……学生です。

それも、陸軍の工兵科……』

 その一言を聞き、

「……マジかよ」

 心底驚いてしまった。


航空母艦 蒼龍 CICにて、

「観艦式の会場がロシア軍の攻撃を受けただとぉ!?

最近のロシア人は……頭の沸点が少し低すぎやしないか!」

 鬼の様、と表現できそうな形相で艦長が怒鳴った。と───、

「艦長!」

 オペレーターが叫ぶ。

「今度はどうした!?」

「修理ドックに入渠中の戦艦 信濃、及び、同艦の新型艦載機が敵機を全機撃墜!

混乱を鎮圧した様です!」

「鎮圧……?」

 一瞬鎮まる。そして、聞き返した。

「それに、新型艦載機、だと……まさか例の!!?」

「はっ!

データによると信濃 搭乗員の吹野 深雪上等工兵が設計・開発した『零式TOKM艦上戦闘機 試作型三号機』である様です!

さらに彼の機体は、敵の戦闘機十五機と騎甲戦車四機を撃墜した模様!」

「……あの小娘……まだ諦めておらんかったか……それで、パイロットは誰なのだ?」

「パイロットは───ッ!」

 画面を見て、驚愕するオペレーター。

「どうした?」

「パイロット……有本 僚……」

「有本 僚?」

 彼とて幾多の航空隊員と会ってきたが、その名を聞いたことは一度も無かった。だが、次のオペレーターの言葉に戦慄することになる。

「国防大学付属高校岩瀬校舎 陸軍部工兵科二年生───学生です!!

しかも、航空機パイロット育成訓練を受けた公式記録もありません!!」

「───何ぃ!!?

素人が欠陥機を初見で乗りこなしたというのか!!?」

「信じがたいですが、そうとしか言い様がありませんよ!!」


 CIC内の様子を蒼龍が、ウィンドウを開いて見せてきた。

 艦長とオペレーターの会話が聞こえる。

『無事、鎮圧できた様ですね』

「そうか……」

 そう応えたその時、

「おや、艦爆隊総隊長さん。

また艦と会話かい?」

 後ろからそう言ってきた者がいた。

 振り返るとそこには、同じ蒼龍航空隊所属隊員の、とある班のメンバーがあった。

 住吉 高士すみよし たかし───蒼龍航空隊 艦戦隊総隊長兼戦闘機部隊 第一班住吉班班長。

 さらに彼の班員、叢雲 天むらくも そら美原 出雲みはら いずもの姿もある。

 この三人で構成された住吉班は、蒼龍航空隊所属の艦戦隊では最高クラスの実力を誇り、三人の名前の略もあり通称で『高天原たかまがはら』と呼ばれていた。

 問われたので「はい」と答える。階級は一緒だが、先輩であり年上でもあった為、隆秀は彼に敬語を使う。

「横須賀で悶着があった様ですが、入渠中の戦艦『信濃』と噂の新型艦載機が鎮圧した様です」

「噂の新型?

ほぉ、それってまさか零のことか?」

 住吉に聞き返され「そうだ、と蒼龍が申しました」と返す。

「それのパイロットは誰なんだ?

まともに翔べた奴はいないって聞いたぞ」

 今度は叢雲に問われる。ちなみに叢雲は年上であったが、階級的に見れば下である為にお互いタメ口で通している。

 隆秀は前置きを入れずに、手にしていたタブレット端末を操作しながら教えた。


有本 僚 17歳。

国防大学付属高校岩瀬校舎 陸軍部 工兵科在学。

学年 二年次。

両親不在。

二〇四〇年 三月 国防大学付属中学を卒業後、同年 四月 付属高校岩瀬校舎に入学、陸軍部 工兵科専攻。

航空機の訓練経験、皆無。


「……全くのド素人。

それが敵の戦闘機十機以上と騎甲戦車四機を撃墜した、とさ」

「素人が、敵機多数を撃墜?

何かの冗談か、冗談じゃないならそいつは化け物かなんか、か?」

 叢雲は聞き返す。それに対し「さぁ、だが冗談ではなさそうだな」と返す隆秀。すると、

「江草くん、一つ質問いいかしら?」

 住吉班の紅一点、美原 出雲が聞いてきた。

 彼女は航空兵訓練生時から知り合い、というかほぼ同期であった為、叢雲同様に互いに

「その有本 僚って子、可愛いの?」

 尋ねられた内容に一瞬ヒヤッとした感覚を感じたが「今から出すさ」と言って、タブレット端末の画面を見せる隆秀。

 少年、というより少女に近い顔立ちの顔が顔写真の欄に写っている。

「あら可愛い」

 素直にそう返した出雲。

 直後に、

「でもこの子、本当に男の子?

『男装してる』って言われても違和感なさそうよね」

 などと付け足した。

 ちなみに隣の二人も「おぉ、これで女性だったらこの班の四人目に入れないでもなかったな」とか多分冗談だろうが言い出し、一方で「うわ、やっぱこいつ化け物だ。こんな顔でそんな戦果とか」などと引き始める始末。

 因みに成績表も出ていた。

 国数英は別として、学術系の科目の大半が留年をギリギリ回避できた程度の進級。

 体育は五段階評価中の二。

 理由の欄には「一部器物破損による減点」と書かれており、体力テストや身体検査の結果も、色々と異常値が検出されていた。

「道理でな……」

 一人呟く隆秀。それに対し「……何が?」と天が尋ねるが「いや……何でもない……」と隆秀は返した。

 一人、思考に耽る。

(こいつ……『施設』出てやがるな。

しかも……『SSクラス』以上……)

 隆秀は特殊な施設の出身だった。

 そういえば、と思い出したデータが脳裏に浮かんだ。

(そういや、規格外過ぎて『処分』されたヤツがいると聞いていたが……こいつのことか?)

 そこまで考え(いや、気のせいか)と、そこまでで考えるのを止めた。


次の日 明朝。

 突然の事───とは言っても仕方がないことではあるが───だが第一防空部隊は、横須賀に向かうこととなった。

 重要な任務で不在だったとはいえ『防空の要』と言われる我が部隊が守れなかったというのはプライドに障るというのもある。

 それについては、半分本音で、半分建前だ。


 今回活躍したという新型戦闘機 零───正式名称は『零式TOKM艦上戦闘機』と言うらしい。


 これだけ活躍したとなれば、恐らくそれは近いうちに量産されるだろう、ということを見越して『あわよくば量産型のそれをいただこう』ということだ。

 それ故、彼らは向かうのだ───彼の地、横須賀へ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る