若林恵『さよなら未来――エディターズ・クロニクル 2010-2017』(岩波書店)
突然だけど、世の中、自称ライターが多すぎる。
自称ライターが多すぎるし、自称編集者も溢れてる。
1年以上ぶりの更新で開幕早々いきなり人を殴り始めて「あんたなんなの?」って感じだと思うんだけど、最近はよくそんなことを考えてしまう。
若林さんの本を読んでからだ。
今回紹介する『さよなら未来』は、雑誌『WIRED』日本版の元編集長である若林恵氏が、同誌の編集長を務めていた2010年から2017年の間に発表してきた取材記事・エッセイ・レビュー・その他の文章を一冊にまとめた、一人の編集者・ライターの集大成のような本だ。
AI、仮想通貨、福祉社会、ポスト・トゥルース、原発、tofubeats……ここに挙げたのは本書で取り扱うテーマのうちのほんの一部だが、これだけでもジャンルの広さに驚くだろう。
著者である若林さんのことを私は大変尊敬しているのだけれども、特に彼の物事の捉え方と非常に洗練された表現方法は、いつかこうなりたい自分の姿として勝手ながら人生のリファレンスに置かせてもらっている。
最近のネットを席巻する、ある事象に対して「0か1」の両極端で断言するのではなく、「物事に正解はないのだから、色々な観点から調べて、自分の頭でよく考えた上で"意見"を出そう」というのが彼の文章に通底するテーマだ。
そのようなスタンスをおいた上でテクノロジーから文化まで幅広く話題を取り扱うため、どんな馴染みのない話題でも彼の手にかかれば自由自在。
あっという間に「見出すべき課題」と「そのことを考えるために必要な材料」というシンプルな2つの要素に分解して紐解き、我々がそのことについて考える手助けをしてくれる。一言で言えば『さよなら未来』はそういう本だ。
だから、豊富な知識と深い思索を武器に、様々な物事を批評する際に必要な姿勢のすべてがこの本には詰まっていると思っている。
例えて言うなら、この本は彼だけが持っている特別なフィルターを通して見た世界を我々にも追体験させてくれるのだ。
言っておくけど、私にとってこの本は2018年に読んだ中でも間違いなくベストに入る作品だし、なんなら人生で読んだなかでも相当重要な位置づけに入る本になるはずだ。
未来のことはわからないけど、この後もきっと。
なぜなら、「こうなりたい」「こうあるべきだ」と考える自分にとっての理想像がそのまま形になったのが、『さよなら未来』という一冊の本だったから。
これは、そういう個人的な話。
……で、話は戻って最初の件だけど。
お金をもらえるに値する文章を書く機会が、今はそんなにあるのだろうか?
コンテンツの切り貼りを必要とする場面が、今の社会にはそんなにあるのだろうか?
きっと、答えはYES。
紙媒体の衰退なんて囁かれて10年以上経つけど、その速度と同じくらいかそれ以上のスピードで、Webメディアが急速に発展してきた。その結果何が起こったかというと、世界が必要とする情報の量が毎分毎秒ごとに爆発的に増えた。
需要が増えれば供給も増える、当然の話。
だから、情報の提供者が増えた。提供される情報の仲介屋も増えた。
資本主義のいいところよ、成長を続ければ無限に仕事は増えるわけだし、増えた仕事の分みんなが幸せになれるわけだから。
それは喜ばしいことだし、歓迎すべきことなんだろうけど……。
でもやっぱり、この本を読んだら思うよね。
若林さんくらいの深度で世界を見て、若林さんくらいの鋭利さで物事を切り取れる人がこの世界にどれだけいるのかって。
あの深度と鋭利さがあってこそライター・編集者という仕事が成り立つんじゃないか、ってね。
ねぇ?(鏡に向かって問いかける)
* * *
【参考記事】「ニーズ」に死を:トランプ・マケドニア・DeNAと2017年のメディアについて /若林恵
https://wired.jp/2017/01/03/needs-dont-matter/
世の中にある本を全部読めないまま死ぬことなんてわかってるよ。 minmr kasmi @isdr_kadokawa
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