第4話 二人の下位吸血鬼


 フロリゲンの従者は金色の髪と赤い目を持つ背の高い優男だった。とても吸血鬼らしい外見でとても美しいのに絶望的に顔色が悪い。


 考えの読めない男だなと怯むが、肝心の疑問を確認しなければならない。


「俺って本当に人間に戻れるのか?」


 素朴な疑問をぶつければ、茶を配膳する手を止めてちろりと赤い瞳を向けられた。


「できるわけないでしょう、ばっかですね」

「な!? あの女騙したのか!」

「通常の吸血鬼なら不可能ですね、使い魔にした人間を戻すなんて、吸血鬼と人間の混血をどちらかだけにするようなものです。しかしフローラ様なら不可能も可能に変えてしまいますよ、忌々しいことに」

「・・・・・・えっと、俺はどうなるんだ?」

「確実に人間に戻れますよ、喜べチビ猿」


 聖人じみた主と違って従者は性格が悪かった。

 従者は「ウォルトン」と名乗った。予想外に素朴な響きで似つかわしくない。

 はあはあーっとわざとらしくため息をつきつつ、ウォルトンは茶を差し出してくれる。


「どうぞ、主に逆らえないのでいやいや淹れた茶です」

「ふーん、あんた絶対服従なんだぁ・・・・・・てめえのその口の効き方あいつにいっといてやる」

「私はいつもこうなのでどうということはありませんよ、あと絶対服従はあなたもです。ああ、同族が増えるなんておぞましい。

 フローラ様は一週間後世界を救うので忙しいんですよ、邪魔しないように」

「は? 世界って」


 いきなりスケールの大きすぎる話にヴィクターは手にしたカップを落とした。


「あっち!」

「注意散漫め、ざまあ」


 こいつどこまで口が悪いんだ。その証拠に落ちたカップがウォルトンの放った小さなコウモリはカップだけを回収していた。・・・・・・直感だが絶対にひっくり返す前に止めることができたろう。


「・・・・・・世界? いやフローラ?」

「フロリゲン様のことです、堅苦しい名前だから相性を自分でつけてそれで呼べと命じられています。様をつけているのは本人が嫌がるからせめてもの抵抗です」

「そっか花の・・・・・・いやそんなことはいい。どうして吸血鬼が世界を救うんだよ?」


 吸血鬼の女王と言えば恐怖の大王に近い存在だ。ヴィクターとて最近の異常気象や地殻変動は知っている。だからといって世界が滅ぶなんて想像したこともない。


「だいたい、世界が滅ぶっていうのはどういうことだよ!」

「うるさい部外者ですねえ」

「世界が滅びるのに部外者なんかいるか! 俺の王位継承はどうしてくれるんだ!」

「・・・・・・まあ、あなたも使い魔となったなら他人事ではないから一応教えましょう。フローラ様は・・・・・・」

「私の王子様ーーー!」


 ばぁんと扉が開くと吸血鬼の従者は横に吹き飛んだ。ずいぶん離れていたのに壁でつぶれているウォルトンに唖然としていると視界がふさがった。


 顔の距離は十センチメートル。そこには少女がいた、フロリゲン(フローラ?)ではない。


「ウォルトン、私と王子様の邪魔しないでよ」

「このクソメスガキ・・・・・・」


 壁際でウォルトンは呪いを吐いたが彼女は気にしない

 

 その少女は透けるような肌を持つ、ウェーブした淡い金髪の美しい少女だった。やたらひらひらした淡い青の服を着ていて、金色のアクセサリーをたくさんつけている。


「あんた、誰?」

「やだ、そんな呼び方しないで。どちらのお美しいご令嬢ですか求婚させてくださいって普通に言わないと」

「・・・・・・」


 この女も性格が悪いらしい。

 儚い容姿の中でその印象を裏切る要素がある。瞳だ。血のように赤い瞳がマグマのような生命力を感じさせる。


 かかとの高い靴を鳴らして赤い瞳がヴィクターを十秒きっかり映した。


「あんさん・・・・・・めっちゃイケメンやん!?」

「・・・・・・どうも」


 自分の容姿はあまり好きではなかったがあまりの迫力にでてきたのはそんな言葉だった。


「やだー! わたくしったら思わず故郷の訛りがでちゃった、はずかしいいいい!」

「あんた誰?」

「馬鹿女、よくもやってくれましたね。五体満足で帰れると思うな」


 音速で繰り出されたウォルトンの裏拳を少女は同じ音速で受け流した。「ちっ」と可愛らしくない舌打ちの後音速の格闘が目に見えぬ速度で交わされる。


 人間業ではない。


(こいつら、本当に吸血鬼サイドの生き物なんだ)


 人間ではなく下級の吸血鬼。自分も同じ生き物になったということにヴィクターは心臓の上をぎゅと押さえた。低レベルな言い争いが人間の世界ではまず見られない達人の一撃より早いなんて。


「おいガキ、どさくさに紛れてどこに逃げるんですか」

「っ・・・・・・うるさいな、フロリゲンを探しに行くんだよ。お前等じゃ埒があかない」


 ぎくりとドアの近くで冷や汗を流す。しかし二人の吸血鬼は亜音速で扉の前に立ちふさがる。

 そして女は金髪をしゃらんと鳴らしてヴィクターの腕に腕を絡めた。振り払おうとするがさっき縫われた腕だと思うと力を込めるのがためらわれる。


「ひっどーい、わたくしを置いていくなんて。フィアンセをなんだと思っているの?」

「誰がフィアンセだ、誰が」

「だって女は一度は王子様と結婚することを夢見る生き物なんだものぉ・・・・・・フローラ様には会えないわよ。今とっても大事な儀式の最中だから」

「儀式?」

「ふふふ、気になる?」


 間延びした語尾のまま少女はヴィクターに腕を絡めた。赤い瞳が妖しく光り、うまく動けなくした上で。


「私はマリオン、ウォルトンと同じくフローラ様の吸血鬼で元人間よ。あなたと同じように」

「馬鹿女、新入りに余計なことを教えるな」

「アホ男、余計な心配しない。私は素敵な王子様にセルフプロデュース中なの」


 そういって少女、マリオンは大人びて笑うと首筋に唇を寄せてクスクス笑う。


「こんなカビ臭い部屋で大切なことを教えられたくないでしょ? ・・・・・・おいで、ここの案内を任されているの。案内がてら教えてあげる、吸血鬼の世界を」

「・・・・・・分かったよ」

「私との結婚を!?」

「分かってないのはあんただろう・・・・・・いいよ、見せてみろ吸血鬼の世界って奴を」






「でも吸血鬼の世界ってわたくしよく知らないよねぇ、一年前になったばかりだから」

「おい」


 外の世界は切り立った山脈の一番上だった。どうやって作ったかは不明だが山の一部を削り取ったようにその城は半分は山の頂上で半分は空へ伸びていた。


「きれーでしょ? ここの眺めは私も気に入っているの」


 マリオンの指摘通り、吸血鬼の女王の城は美しかった。汚染大気は遥か下の雲の向こう、だから濃い青の空が美しく、白亜の城がとても映えた。


「あれ、吸血鬼って太陽がダメなんじゃないのか? ここは外だろう?」

「フローラ様が城には太陽避けの結界を張ってるの、ほら空を見て」

「うわ、青空なのに太陽だけ空にない!?」

「二人とも遊んでないで、いやいや淹れた茶をさっさと飲みなさい」


空は雲一つなく澄んでいる。けれど太陽の姿だけなく、異様な様子だった。これがフロリゲン・フランケンシュタインの力……。


(倒せる気が、どんどんなくなる)


とりあえず隙を見て太陽の下に連れ出すという案は駄目だろう。


 部屋から案内された城の巨大バルコニーの上でヴィクターとマリオンは下界をみていた。どこからか出したティーテーブルでウォルトンは面倒そうに、だが忠実に茶を淹れ続けていた。


フロリゲンに命令されたから? と眺めているとマリオンがこっそりささやく。「ウォルトンはフローラ様が大好きなのよ」ととても意地の悪い目で。


 ほうそれは面白いことを聞いたと振り返るとウォルトンは三人分の茶を淹れ終わって、城をにらんでいた。


「ああ、忌々しい。世界なんてさっさと滅びればいいのに、あの馬鹿主人は・・・・・・人間なんて救う価値なんてないのに」


 なんだか不穏なことを口走っている。


「ウォルトンは人間、というか吸血鬼以外は嫌いなのか?」

「生き物全て嫌いですよ、吸血鬼を含めて」

「それはフロリゲンも?」

「当然、嫌いですよ。

さっさと滅んだほうが世界を救うべく創造された生物なんて怖気が走ります。しかもあの人はさっさと人生終わらせようとした私を吸血鬼にして生かしたんですよ。嫌いどころか恨みどころしかありません」

「えっ、ウォルトンって元人間だったのか!?」

「だいたいの吸血鬼はそうですよ、そういうのを下位吸血鬼というのです。退治に来たのにそんなことも知らないのか、無知チビ」

「チビチビ言うな、お前が大きいんだろう。俺はそんなに小さくないぞ」


 ヴィクターはウォルトンが元人間と聞いて納得した。主にそのクズさ加減に。


「確かに純粋な吸血鬼は少ないって聞いたけど・・・・・・フロリゲンも?」

「フローラ様って呼んであげなさいよぉ、あの人そういうの気にするわよ」


 その時ずっと笑顔だったマリオンの顔にかすかな怒り含まれた気がして、いうことを聞く。第一、フローラの方が言いやすい。


「えっと・・・・・・じゃあ、フローラは元々人間で俺たちみたいにある日吸血鬼になったのか」

「名前の意味を考えなさい」

「名前?」

「あなたメアリ・シュリーのフランケンシュタインを読んだことがないんですか?」

「読んだことはないけど・・・・・・内容は知ってる。人造人間を作ったせいで破滅した科学者の話だろ?」

「フローラ様は人造吸血鬼です」


 その時のウォルトンは珍しい表情を見せた。哀れみと哀れと感じた自分を恥じるような顔。


「フローラ様は純粋な血統の吸血鬼です。

 肉体・血液・魂・魔力をそれぞれ四体の極上の吸血鬼から取り出し、一個だけで大陸ひとつ支配できる贅沢品々をまとめて一個に転生させたお方です。それ故に究極の吸血鬼と言えます」

「そんなことができるのか?」

「はい、完成品はあちらです」


 城の一番高い塔を示して、料理番組みたいな説明を始める。


 フロリゲン・フランケンシュタインは究極の吸血鬼。強靱で美しい肉体、選ばれし血統の血液、強く聡明な魂、国一つ灰にしてしまう魔力。その全てを縫い合わされて作られたというーーその姓自体それにちなんでいると。


「だからフランケンシュタインという姓を持っているんですよ。最強の人造人間を作るという古典にちなんで」

「なら、あんたらは?」

「不本意ながら私とそこの馬鹿女もフランケンシュタインの下位吸血鬼です。下位とは普通の使い魔とは違い、人間を吸血鬼に近づけた存在。一度死んだくせに生きているあなたも同類ですよ。上位吸血鬼の支配力は強く、心も筒抜けだと思っていいでしょう。

 フランケンシュタインの系列下位である限り、フローラ様には逆らえません。殺すなんてもっての他です」

「・・・・・・もっての他って、嘘だろう?」


 ならヴィクターはどうやって王になればいい。


「でもぉ、そのお陰でヴィクターは死なずにすんだんだからしょうがないわよ。おまけに私みたいな絶世の美少女に見初められるなんて三国一のラッキーよぉ。式は永遠の都ラクシュミのスイートでいいわあ」


 マリオンはスルーして、ヴィクターは質問を続けた。


「・・・・・・つまり、あんたたちはみんなフローラの配下で絶対服従ってことか。さらに俺も含めてみんなフランケンってわけ?」

「一応私も、正式にはウォルトン・フランケンシュタインと言います。よろしく、名乗りもしないで初対面であんた呼ばわりのチビがき」

「私も一応マリオン・フランケンシュタインよ、ごつい響きだから好きじゃないわ」


 そういってウォルトンはお茶のおかわりをくれた。その仕草も淡い金髪に赤の瞳の吸血鬼は色々と人間離れしていた。とりあえず床から十センチ浮いたままお茶を渡している。茶なんて高級品なのに。


「裏の山で栽培しているんですよ」

「この環境汚染の中で?」

「高度二千メートルを超えたあたりには茶葉になる植物が一部生き延びているんですよ」

「本当!?」

「嘘八百です」


 やっぱり吸血鬼は邪悪な一族だ。

 さっきの吸血鬼の女王は確かに助けてくれたけれど・・・・・・例外的なタイプなんだろう。


「それであなたは悪の吸血鬼を倒して世界を救う気なんですか? さっき助けられておいて、クズ根性丸出しですね。名声目当ての豚がフローラ様に焼き殺されるのが楽しみです」

「そこまでいうか」

「向上心のある若者は全て目障りです。向上心のない人類は鬱陶しい。どちらの人類も壁のシミにでも囲まれて惨めに死ねばいいのに」

「なんで向上心がいけないんだよ」

「王子様、ウォルトンの否定癖にマトモに取り合っちゃダメよ。この人、いつも、何をしても、誰にでもこうなんだから。特に夢を果たそうとする存在にはね」

「人生を謳歌しようとする生物は全て不幸になることを望んでます、クズにはお似合いです」

「それ、クズはお前だろ」

「まったくその通りだわぁ」


 にっこりとマリオンが笑うが特に反論はないらしい。ウォルトンは自分の淹れた茶がまずいと文句を言って、指先からコウモリを放ってやり直しをさせていた。あの翼の生き物に茶が淹れられるのだろうか。


「ウォルトンの悲観主義にいちいち付き合うなんて、王子様って意外と我慢強いのね」

「そうか? というか、王子様って呼ぶな。俺はヴィクターだ」

「ヴィクター王子様って言いにくくない?」

「ああ、いちゃいちゃとうるさい連中ですね」

「いちゃいちゃなんかしてない、節穴吸血鬼」


 帰って来たコウモリが茶を追加するとウォルトンは説明を始めた。


「・・・・・・それで、どうしてフロリゲンは人造吸血鬼なんだよ。純粋な吸血鬼ってそういうものなのか? なんで、誰が、どうやって、そんな存在を作ったんだ」

「まず結論から、一週間後に世界は滅びるということ。それを回避するためにフローラ様は存在するということです」


 百年前、科学と魔法は世界に大きな傷跡を作った。

 それはじわじわと成果を侵食し、世界を破壊へ近づけていった。その傷は癒されることなく、滅びの膿は蓄積された。それが破裂するのが一週間後。


 ヴィクターは世界が滅びるとは知らなかった。けれど世界の状況がひどいことは知っていた。父王が嘆いて北の山の吸血鬼の女王を殺したものに王位を与えると口走ったのも、そもそも災害が続いたからだ。


 大気汚染でボンベなしでは外を歩くこともままならないのが世界の現状だ。


「言っておきますが、世界が滅びる原因は吸血鬼ではなくて百年前の人類ですよ」

「百年前の人類が?」

「だからこそ滅びの日程は百年前からわかっていたんです。それを防ぐためにに彼女はあらかじめ人間たちに作成計画を作られていた。

 そしてそれに吸血鬼たちも賛成した。世界が滅びるのは忍びないというお涙頂戴の理由です。

 そして、それこそがハイエンドレベルの吸血鬼の肉体、血液、魂、精神を集めることができた理由です」


 世界を蝕む膿は大地に沁みた汚濁の塊。このままでは大地は陥没し、噴火は頻発し、噴火の影響で数十年大地には太陽の光さえささない。大半の生命は死にたえる。

 その汚濁の大半を吸血鬼の牙で吸い上げ、魔力で相殺する。


「待てよ、あいつは強いかもしれないけど、そんなことが本当にできるのか?」

「それは順番が逆ですね、その日に世界を救うことが予定されていなければ彼女は作られなかった」

「それって……つまり」

「フローラ様は一週間後に世界を救うために全力を尽くします・・・・・・その為に生まれたから」


 ウォルトンは反吐がでると言いたげな表情で茶を飲んだ。マリオンは笑顔だったが、カップを持つ手は激しい感情を抑えるために震えていた。


 ヴィクターは自分はどういう顔をするべきか躊躇した。そんな存在を倒せそうにない焦りかそう運命づけられた存在への哀れみか・・・・・・。



 ーーごぅんっ!ーー



 突然上から轟音が響いた。

 地震? と思うが、上から降ってくる地震はあるまい。


 ウォルトンは特に動じず暗い顔で茶を飲んだ。大事ではないのか?


 しかし、マリオンは動いた。ひらひらの服をたくしあげて、轟音のした方へ走り始めた。つられてヴィクターも走った。


 轟音の音源は城の一番高い塔だった。空を貫く塔は半ばからぽっきりと折れていた。そして折れた側面から黒い煙と赤い炎が上がっている。


「フローラ様!」


 マリオンの叫びに気がつくーー黒と赤の黒煙の中から吸血鬼の女王が血塗れで落ちてきていることに。



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吸血女王は王子と踊れ 窓辺の七花 @nanaka

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