ep2 神明学園男子寮寮母室の策謀

 レイリィに手をぐいぐいひっぱられ、伊羅将いらはたは皆が待つ寮の部屋に戻った。


 晴れて伊羅将は「仮設寮母カッコ男」として採用され、部屋を堂々と使えるようになった。学内で正式に婚約者扱いとなった花音をはじめ、女子の出入り自由の特例付きで。


 その件で、伊羅将は竹内をはじめ男子寮住人のやっかみをずいぶん買って、なにかイベントがあると、皿洗いだのトイレ掃除だのの雑用を押し付けられている。


 それでもCA祭でサミエルの恐怖支配に逆らったというので認められ、困ったときは皆が頼ってくる。その意味で、まさに「寮母」だ。


「おそーい」


 花音が迎えてくれた。いきなり抱きついてくる。


「あんまりベタベタしないでよね。伊羅将くんの飼い主である私の前で」


 レイリィに釘を差された。


「えへっ。ごめんね」


 花音はぺろっと舌を出した。


「ねえ、イラくん……」


 伊羅将を待ちかねていたのだろうか、上気し熱を持った瞳で、花音がこっそり耳打ちしてきた――。


「今晩泊めてね。あのね……夜には花音、発情する予定なの。でも……お薬飲まずにおくよ。だから……イラくんも……その……。ア、アレルギーのお薬、ちゃんと飲んでおいてね」


 自分の頬もなんだか熱くなったのを、伊羅将は自覚した。


「お姉様。内緒話、丸聞こえでしたわよ」


 澄まし顔で紅茶を口に運びながら、陽芽がツッコんだ。


「そうそう。姫様、声大きすぎ」


 リンもあきれているようだ。


「あの……その……」


 花音が耳までまっかになる。


「レ、レイリィもいるし……」


 思わず口をついた。


「あーもう。仕方ないなあ。あなたたち、あの大騒ぎのあと、まだふたりっきりになってないんでしょう。今晩だけは花音ちゃんに譲るわ」


 レイリィは腕を組んだ。あれから、正体が仙狸と知った花音は妙にレイリィになついてしまい、レイリィに頼んでふたりして伊羅将の夢に押しかけるまでになっている。


「今日は私、実家に行くからさあ。国光くんとも飲みたいし。娘となって国光くんに尽くすって、誓ってあげたしね」

「花音様。その男めは、最初にあたしがラブレターを出して付き合い始めた者。僭越ながらあたしが彼女で、姫様は『キープ』ということになります」


 とてつもなく不敬なことを、リンが主張した。


「もし伊羅将と夜を過ごされるのであれば、あたしも同衾いたしますので。この男とは、胸を育ててもらう約束もあります。ええもう枕も持ってきたし、マタタビとヒトマタタビも持参してきております」


 大きなバッグを、パンパンと叩いてみせた。


「わあ素敵」


 花音は微笑んだ。


「それでは今晩は、リンちゃんとも一緒に眠れるんだね。このベッド広いから、三人でも四人でもイチャイチャできるよ」


 どこまでその意味を理解してるか怪しいものだが、きわどい発言を口にする。


「お兄様。お姉様をお泊めになるなら、わたくしもですわよ」


 紅茶を飲み終わった陽芽は、カップを置くと宣言した。


「三年後のこともありますし」

「三年後?」

「いえ、なんでもありませんわ。……ただ王室の動きを見ていると、おそらく、その頃に大きな変動がありそうかと考えておりまして」

「なんだよそれ。花音、わかるか?」

「さあ……」


 首を傾げている。


「陽芽、それってなあに」

「ただの推察です。いずれおわかりになりますわ。……いずれにしろ、わたくしとお姉様、お兄様は、同じ寝床に慣れておく必要があるかと……」

「なんだよそれ」

「それにお姉様にも、わたくしの趣味の本当のところも、そろそろわかっていただかないと――」

「あーもうやめやめ、この話」


 なんだかわからないが話が怪しい方向に行きそうになったので、伊羅将はあわてて制止した。


「結婚できなくなったお姉様が廃嫡され、王位継承第一位に繰り上がったわたくしは、もうお兄様とエッチな関係を持つことができません。しかしながら、この道具……」


 例のバッグをベッドの下から取り出して、ドサッと放り出した。


「このお道具を使っていただくだけでしたら、純潔の義務にも反しませんし」

「こんなところに……。いつの間に」


 憮然とした伊羅将に構わず、陽芽は、「お道具」を次々に取り出し始めた。


「もう、くすぐりでもないでしょう。初心者は卒業ですわ。さて今晩は、どのお道具を使っていただこうかしら、ご主人様に」


 女子が皆、興味津々で謎の物体を触り始めた。


「わあ……。素敵なアクセサリー小物だね、陽芽。花音はどれがいいかなあ……。このハタキでじゃらしてもらおうかな、イラくんに」


 黒光りする五股の鞭を、花音は無邪気に振り回している。


「じゃらされるなら、あたしはこれで。かわいいじゃん」


 赤い透き通ったボールが豆のように連なった不思議な奴を、リンは手に取った。


「それはビーズですわ。リンさんは後ろからがお好みなのかしら」


 陽芽は首を傾げた。


「それでしたら、部族本来の姿になってかわいがっていただくと楽しいと思いますわ」

「なら、そうするか。ニンゲンの国で豹柄になるのも誇らしいし」


 うれしそうだ。


「ビーズを使うなら、事前にシャワーを浴びたほうがよろしくてよ。シャワーの使い方を、わたくしがお教え差し上げましょう」

「では陽芽様。恐縮ですが、女子寮のシャワーをご一緒できますか?」

「ええ。たしかあそこも、シャワーヘッドが外れますし」

「はい。よくわかんないけど、お願いします」


 にこにこと、リンは笑顔を浮かべている。なんでシャワーヘッドを外すのか知らんが、この「ビーズ」とやらも、どうせろくな道具ではないだろう。


「……そうなるなら私も、実家に行くのやめるわ。国光くんには悪いけど」


 レイリィが言い出した。


「なんだか恥ずかしくて夢ではまだ精をもらってないけれど、現実が先だっていいしね。花音ちゃんだけなら経緯もあるし我慢するつもりだったけど、ネコネコマタ三匹に一気に先を越されるのはムカつくしさ。私はこの洗濯バサミみたいな奴にする。してもらうんじゃなくて、伊羅将くんに使ってもいいんでしょ?」

「ええ、レイリィさん」

「むふー。楽しみ」


 恐ろしげな道具を両手に持ってふざけ合う女たち。なんだか危険な「謀り事」が自分抜きで勝手に進むことに、伊羅将は心底、恐怖を覚えた。


「俺……今日、実家に戻ろうかなあ……」

「許しませんことよ、お兄様」

「ダメに決まってんだろ、噛みつくぞ」

「飼い主として命令するけど、ダメよ」

「イラくんは、花音のことが嫌いなの?」

「……くそっ」


 そのとき、ネコネコマタの近衛兵がひとり飛び込んできた。学園職員に偽装している。


「大変です姫様。人類共存の決議を是としないごく一部の過激派が、人質を取って花音様や伊羅将様との直接交渉を要求しております」


 伊羅将と花音は顔を見合わせた。


「俺も手伝うぞ。戦いになれば俺の出番だからな」


 線が細く背の高いイケメンが、部屋に入ってきた。大学生くらいだろうか。


「えと……誰?」

「俺だよ俺。お前を猫アレルギーにした」

闘鑼トラ? お前の人型は、絶対ムキムキの親父だと思ってたのに……」

「悪かったな、なよなよしてて。俺だって恥ずかしいんだから、ほっとけ」


 戦闘部隊一の猛者が照れている。


「どうする、花音?」

「うん」


 伊羅将に訊かれると、花音は微笑んだ。


「環境に縛られて諦める人生なんてつまらない――。あの日、乗り込んできたイラくんがそう言ってくれて、うれしかった。義務ばかりが重くのしかかっていた花音は、救われたもん。でもこれは義務じゃないよ。花音の気持ち。みんなの役に立ちたいっていう。初めてイラくんと会ったとき、一緒にポスター貼りしたよね。あのときとおんなじだよ」


 手をぎゅっと握ってくる。


「だから王家の義務じゃなく、自分の意志で説得するの。来てくれるよね、イラくん」

「もちろんさ、花音」


 手を取り合って、寮のドアを開けた。西に低く落ちた太陽が、体を照らす。陽に祝福されて黄金に輝くふたりは、まだ見ぬ世界へと歩み出した。





(聖地蹂躙編 完結)


■読了ありがとうございました。

 ご意見・ご感想、星やレビュー・応援いただいた方にも感謝です。めっちゃ励みになります!


 第二部「異世界ネコと和解せよ」公開開始しました。

https://kakuyomu.jp/my/works/1177354054883225645

 伊羅将と花音やレイリィたちの活躍は、ついに異世界「ネコネコマタの国」に。

 奴隷扱いされる伊羅将が陰謀を次々に正面突破する、痛快続編です!


■スピンオフ作「夢探偵レイリィ」も公開中です。

https://kakuyomu.jp/my/works/1177354054882587191


時系列:この順に読むと多分一番楽しいです

本作>夢探偵レイリィ第一章>異世界ネコと和解せよ>夢探偵レイリィ第二章

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ネコの裁きは近いかも。ね。――彼女ができた。けど全員ヘンだった 猫目少将 @nekodetty

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ