共感覚性シンドローム

本陣忠人

共感覚性シンドローム

【共感覚】(きょうかんかく、シナスタジア、synesthesia)


 ある刺激に対して通常の感覚だけでなく異なる種類の感覚をも生じさせる一部の人のみにみられる特殊な知覚現象をいう。(以上、某ペディアより抜粋)


 極めて簡単に、掻い摘んで努めてシンプルに分かりやすく言えば…ある一つの刺激に対して適応感覚以外の感覚器官が反応する性質らしい。


 例えば光の屈折である色彩に対して本来であれば無関係の舌が味を感じたり、または波長であるはずの音波に鼻が感応して匂いを感じたりとかそういうノリである。


 しかし、それは余りにも暴力的に大雑把な例えであり、現実的な意味合いとは少しばかり異なる場合があるので、もしも諸兄らがそれ以上に深い知識や知慧を得たいのであればお持ちのデバイスで検索をかけて欲しい。


 そして私がこの様なペディア的な知識の披露から話を展開したのには極めて個人的な事情わけがある。


 まあ聡明な読者諸君の中にはお気付きの方も多いだろうが、恥ずかしげもなく改めて説明しよう。


 私こと神城無色カミシロムシキは先に述べた共感覚性を帯びた人間であるからだ。


 私の場合は音に色が付くとでも表現したら良いのか。喋りに色彩が伴って聞こえる共感覚を幸か不幸か生まれながらにして持ち合わせている。


 例えば怒りを込めた言葉であれば黒っぽい赤色が見えるし、幸せで喜ばしいものであればショッキングピンク。元気で楽しい内容であれば黄色に見える。


 凄まじくアバウトに言えば大体そういう具合である。それは生まれながらに有する性質。


 そして私はそんな現状に著しく絶望し、果てしなく辟易している。


 だって当然でしょう?


 言葉の色が理解るということは本音と本心が見えることに他ならないのだから。


 共感覚性を自覚し二〇年も経てばその使い方を覚える。見える色で感情を機械的にカテコライズし、生化学的に分析出来る様になる。

 こちらを気遣う内容の言葉に付加された悪意の紫、愛を囁く裏に隠された打算の色。もううんざりだ。 

 

 現状に打ちのめされ、ペンでも突き刺して視力もろとも眼球を無に帰そうかと考えていた時期だ。


 私は彼に出会った。


 彼は私の職場に新卒の新入社員として入社してきた。

 別段整っているとも言えない造詣で外見上は特別目立つ訳では無い。

 内面的にも普通で逆に捉え所のない感じ。

 特筆すべき点は口数が想像の三倍位少ない。その程度。

 故に総括して一言で端的に表現するならば、毎年ゴミのように産み出される大量の量産型新入社員、そんな第一印象。


 しかし、私にとって彼はであった。


 なにしろ、彼の言葉の色だけが見えないのだ。


 彼の名は泉井吉野イズミイヨシノ

 私の生涯で特例の存在。唯一無二、言葉の色が見えない人間。

 

 彼の言葉の全ては無色透明。裏に秘めた本音が色に現れないただ一人の異性。


 私はそんな彼に心を奪われた。


 そして、そこからの行動はありがちで味気ない。何ならばテンプレだと笑うが良い。

 それでも私は彼に―――彼の色のついていない言葉にみっともなく心躍り、敢え無く揺さぶられた。


 自己弁護をするなら当然の帰結。

 本音から離れた言葉の色に絶望する毎日に舞い降りた透明なエキセントリック。

 行き遅れた喪女が参らない理由がない。


 ひたすら年増のアプローチを仕掛けた結果が遂に実を結ぶ。


 私と彼の男女の付き合いが始まった。


 デートをし、食事をし、その後に身体を動物の様に重ねる。

 若い男の爆発する肉欲にひたすら身を任せ、対価に得られる陶酔に全てを任せる。

 やがて、お互いに果てた後に後ろ向きな意見を甘い声色で尋ねる。


 どうして私の思いに応えたのと。  


 普段は口数が少なく、どちらかと言えば無口でクールな彼は答えた。



「仕事ですから」



 予想外にもほどがある彼の言葉に呆気に取られた私は怒涛に飲み込まれる。



「率直に簡潔に、事実だけを正確に申し上げるのならば、僕はタイムスリップしてきた未来人で貴方の殺害を目的に過去に来ました。僕の名前、泉井吉野――あ、勿論偽名なんですが、そんな外見上と内面上一切特徴を持たないテンプレ新社会人に見える僕は約百年後から来たエージェントです。というのも、貴方の共感覚性がココから五十年後の未来におけるタイムラインで全世界の人口を三分の一に減らす歴史的大事件に発展するからです。否、流石に言葉が足りませんね。それは貴方の意図に関わらず、貴方の意思に関係なく、図らずも確定的に導くことになります。世界中が絶対的なディストピアに変容します。貴方の有する性質が地球上の人類を滅亡寸前にまで追い込みます。正に前代未聞、空前絶後の傾国の女。それが神城無色。故に僕は最悪の歴史を変えるために来ました。後の世界の命運を伴って派遣されました。勿論誰でも良かったわけでは有りません。貴方の共感覚に対抗しうる人種、具体的には貴方の絶対的性質に対抗しうる先天性のワクチンを有した――確率にして0.1%の適性ギフトを持った人間としての選抜。それが僕です。僕は貴方の共感覚上の認知を避けることが出来る数少ない存在として推挙されました。言葉に本音の色を付加せずとも会話が可能な人間として今回の任務に抜擢されました。誠にざっくりした説明で大変申し訳ないのですが、貴方の存在は今後の世界にとって害悪極まりない。ですので速やかに死んでください。ああ…大丈夫です。心配ありません。僕に敵意なんかは皆目ありませんし、ここから一世紀後の兵器は極めて人道的なので、下品な痛みは有りません。閃光の様な一瞬で済みます。欠片も不都合は有りません。そもそも、かねてより絶望の淵に貧している貴方にとっては救いとも呼べる結末を迎えることになるでしょう。ではさようなら」



 口数の多くない彼の告げた圧倒的な長台詞。

 それは初めて見る色の付いた言葉。

 

 玩具の様にチープでコミカルな銃を構えて笑う唯一の愛しい人。


 そんな彼――泉井吉野の語る驚天動地で荒唐無稽な告白は未だ嘗て見たことのない、眩い金色の光を放っていた。

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