あなたに恋をして、人間になった。

 蒼き太陽がさんざめく王国で、女王陛下は歴史を欺いた。
 彼女がたったひとり娶った妃は、ましろくうつくしい少年だった――

 そんな物語において丁寧に辿られるのは、少年と少女のぎこちなくてつたない恋のはじめから終わりまで。
 『マーイェセフィド』は壮大な歴史、あるいは王権を巡る謀略を切り取った作品ではありません。
 けれど、二人がただただ暖かい関係を育むには、世界はどうしようもなく理不尽でした。
 そして理不尽であるがゆえ、この作品は確かに恋物語である、と読み手に感じさせます。

(以下、物語の核心・決定的な展開には触れない程度のネタバレを含みます。ご留意ください)

 少年の名前はセフィード。
 彼は蒼い髪の少年王が君臨するアルヤ王国で、『化け物』として生きてきました。
 うつくしくとも、真摯であろうとも、彼は確かに人間ではない、『化け物』でした。
 髪の色が、瞳の色が、肌の色がアルヤの民とは違う。理由はそれだけで充分でした。

 シャムシアス四世――という名前で玉座に縛られた少女のもとへ、彼がたどりつくまでは。

 ある夜を境に、セフィードは女を装いながら、王の後宮に仕えることになります。
 あるじは、王国を統べる『少年王』――を、騙らざるを得ない女王陛下。
 シャムシャという名前の姫君として、きっと幸せに生きてゆくはずだった道を断たれた少女です。

 一見、対極であるはずなのにどこか似通った彼らは、王位を巡る争いのなかでもがくうちに、わずかずつ距離を縮めていきます。
 それは相手と話をしてみたり、相手の為に懸命になったり、相手の望むことを、喜ぶことを考えてみたり――そんな人としては他愛ない行いの積み重ねによって。

 けれど女を装うこと。男を装うこと。立場に見合った姿を装うこと。それから、人間を『装う』こと。望もうとも望まずとも、誰かがなにかを装う以上、その時、本性は装った結果とは違ったところにあるでしょう。

 セフィードはシャムシャのもとに辿りつくまで、ただただ、『化け物』でした。人間として扱われない存在でした。
 いえ、彼は確かに人なのです。しかし、社会も、他者も、彼自身もが――彼を人間だと、『化け物』ではない人間なのだと、信じたことはありませんでした。
 そして、彼自身が持つ『化け物』という己への価値は、社会や、他者から被せられた彼の『化け物』という装いであることを、セフィードは知らないのです。

 人は生まれながらに人です。
 けれどその価値観を定義づけたのもまた人なのです。
 この世界、この物語のはじまりのアルヤ王国においては、人のくくりの定義は、私たち読み手が持つ定義とは異なり、社会に所属して初めて適用されるもののように感じました。
 つまり社会から弾かれたセフィードたちは、私達なりに言えば人として生まれながらに、人間としての尊厳や価値をおのれらですら認めていなかったのです。
 彼が恋を知るまでは。彼女が彼を知るまでは。世界は優しいと知るまでは。

 ……『マーイェセフィド』の物語は、だからこそ、少年と少女の恋物語であると感じます。
 決して甘やかではないその恋を軸に、苛烈な現実や、理不尽な価値観や、時に傷ましくすらある世界が浮き彫りになります。
 それでも、いつか世界が優しいものとして、二人の双眸に映るならば。
 それはきっと、その『いつか』において、世界には優しいものがあることを、二人、知ることができているからなのでしょう。
 理不尽な世界で二人が人間になるために必要だったのは、きっとそれぞれに手向けあった恋でした。
 けれど尊厳ある人間として二人が生きてゆくために必要だったのは、きっと恋ひとつきりではなかったのだろうと、感じさせられます。


 最後になりますが、完結おめでとうございます。
 忘れられない作品を、ありがとうございました。

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