ほねかみの船

赤井ケイト

ほねかみの船

 祖母は大変に聡明なひとだった。

 それはこの船で生活する全ての住人が認めるところであり、わたしの自慢だった。

 わたしが十三になった年のサマーシーズン一月目ひとつきめ

 わたしは祖母に尋ねた。

「おばあちゃん。恋をするって、どういう感じなの」

 カバーの金色の装丁が美しい、紙の本を読んでいた彼女は、顔をあげて答えた。

「霧の中を、彷徨っているような感じですかね」

「さまよう……。なんだか、わたしが想像しているのと違う」

「感情は主観ですから。マナさんと私とでは、感じ方も違うでしょう」

 木製の揺り椅子に座ったまま、彼女は深緑の瞳をこちらに向ける。

 その揺り椅子は、彼女が地球を旅立つときに、船に持ち込んだそうだ。

「マナさんは、恋をしてみたいのですね」

「恋……したいのかな。よくわからない」

「もう十三歳ですもの。やがては愛について、考え始める頃かもしれませんね」

「愛について?それは恋とは違うの?」

「とてもいい質問ですね」

 祖母は、窓から見える外の景色を眺めた。

 サマーシーズン一月目は、祖母の地球的感覚では『6月』だと、いつか言っていた。

 船内環境システムでは、四つのシーズンを三ヶ月ごとに区切って呼ぶ。

 スプリンター、サマー、オータム、ウィンターの順番に明確に区切って巡る。これは、船内環境システムをプログラムする際に、最も季節感のある『ニホン式気候』を採用した結果だと、小学校で習った。

「今日も雨を降らせていますね」

 リビングの窓を濡らし始めていた水滴を、わたしも同じように見つめた。

 透質樹脂とうしつじゅし製の窓は、人工雨をドロップ状に弾いていく。

「日本で6月といえば『梅雨』といって、雨が多く降る時期でした。その一方で、私が生まれた国では『Juneジューン Brideブライド』といって、素敵な結婚ができる時期といわれていました」

「雨が多く降る時期に、わざわざ結婚式をするの?」

「私の母国では、6月は晴れの日が多いんですよ。そういった欧州の文化を取り入れた日本でも、6月に結婚式を挙げていました」

「わからないわ。どうして、日本では雨の多い時期にしたのかしら」

「色々と理由があったのでしょう。マナさんがご自分で調べてみて下さい。できれば大人になってから」

 彼女は朗らかに笑った。

「恋、という気持ちは、相手がいて発生する感情ですね」

 わたしは目一杯に考えてから、ゆっくりと頷いた。

「『恋』と『愛』の大きな違いは、そこにあると私は考えます」

「……愛は、相手が居なくても発生するの?」

「そう思います。例えるなら、愛とは、今そこに降っている雨です」

 上品な手つきで、窓の外の中庭を指差す。一世紀近く生きた人間とは思えないほど、彼女の手はきれいだった。

 中庭には、彼女が手入れをしている紫陽花が咲いており、人口雨によって濡れているのが見えた。

「あの雨は、誰かを目掛けて降っているわけではないでしょう」

 わたしは素直に頷いた。

「では恋とはなにか。『恋』は『愛』よりも前の段階だと思います。例えば、マナさんがある男性に恋をしたとしましょう」

 彼女は読書をするための眼鏡を外した。

「そうなった心は、澄み渡る青空のようになります。太陽が輝いて、眩しく輝く。白い雲が、さまざまな形を作っては消える。日が暮れ始めて、切なくなる。――ときには夜のように真っ暗にもなる。そういった、多くの感情を映す、『心持ち』がそうではないでしょうか」

「おばあちゃん」

「なんでしょうか」

「わたしは空なんて、見たことがないから分からないよ」

 祖母は目を丸くし、それから、静かに笑った。

「そうでしたね。ごめんなさい」




 わたしが生まれた場所は、この船。

 はるか後方にある地球を旅立ち、人類が居住可能な惑星を探しながら航行する、移民宇宙船。

 西暦2530年に地球を発ったとき、祖母は三十歳だったそうだ。

 祖母と同じように、地球で生まれ、船に乗った世代が第一世代。

 母やわたしのように、この船で生まれ育った世代は、第二・第三世代になる。

 そうやって、船内に住む人類は、命をつむいでいた。




 同じ年のオータムシーズン二月目ふたつきめ

 わたしの通う中学校で、社会見学があった。

 学校から見学先へ向かうバスのなか、事前に同じ班で決めていた質問事項を、わたしは確認していた。道路をするすると滑るように進むバスは、クラスメイト達の話し声で賑やかだった。

須郷すごうさん、ちょっといいかな」

 名前を呼ばれたわたしは、電子端末ノートから顔を上げた。

 前の座席に座っている菱田ひしだくんが、身を乗り出してこちらを見下ろしていた。

「なに?菱田くん」

「今日、これから向かうリサイクルプラント。あそこの設計をしたのが、須郷さんのおばあさんだっていうのは、本当なの?」

「設計プロジェクトのひとりだったって、おばあちゃんからは聞いてるよ」

「やっぱり、そうなんだ。すごいじゃない」

「すごいのは、おばあちゃんだけど。ありがとう」

 そう言いながらも、わたしは内心、祖母を褒められたことで嬉しくなっていた。

「菱田くんのおじいさんは、船の動力炉エンジン設計に携わっていたんでしょう?」

「うん。『ワシらの意志こそ船のエンジンだ』って、いつも聞かされてる。須郷さん、よく知ってたね」

「実は、おばあちゃんから聞いていたの」

「そっか。実は僕も、おじいちゃんから須郷さんのことを聞いたんだ。同じだね」

「ええ、同じだね」

 はにかみながら、わたしは答えた。



 環境循環工場リサイクルプラントに着いたわたし達は、広報担当の女性に先導され、プラント内の一部を見学して回った。船内の五分の一の区画を占めるプラントは、その一部を見て回るだけでも半日を要する。

 わたし達がその日に見学した施設は重力区画だったので、移動通路スロープを使った。他の区画には、宇宙空間作業士アストロノーツ資格が必要な、無重力区画もある。

「みなさんもご存知のとおり、この船では現在、約五十万人の人たちが暮らしています。それに対し、船が地球を旅立ったときに持ち込んだ食料や資材。これらは、現在の人口が生きていくだけの備蓄はありませんでした」

 空間映像エアスクリーンに映し出されるさまざまなグラフを指しながら、彼女は説明を続けた。

 わたし達はスクリーンと説明を聞きながら、併せてノートに要点を書き込んでいった。

「それでは、私達が現在でもこうして生活できているのは何故でしょうか?分かる方はいらっしゃいますか」

 女性の声が、ノートのスピーカーを通して全員に聞こえる。

「はい!」

 わたしは大きな返事をして手を挙げた。

「家庭から排出されるゴミ、鉄くず、排水、わたし達の排泄物。それら有機物、無機物を全て、ここのリサイクルプラントで原子単位まで分解し、必要とされる物質に再構成。再構成された物質を使い、新たに食べ物、肥料、水、樹脂、金属などを創り出しているからです」

「そのとおりです。さすが須郷博士のお孫さんですね」

 女性は手元に出した空間端末エアノートで、わたしの名前を確認したようだ。

 クラスメイト達から、感嘆の声があがる。

「文字通り『すべての物質』が、このプラントを通して再構成されます。消費された分だけ、新たに創り出される。こうして、現在の私達の生活は成り立っています。この船で人間が生きていく基盤は、このプラントであり、重要な施設なんですね」



 ロビーでの説明を聞き終えたのち、わたし達は分解施設に案内された。

 視界いっぱいに広がる装置のどこからどこまでが、その施設なのか。当時のわたしには理解できなかった。

 女性の誘導でやって来た場所には、1メートル弱の正方形の窓が横一列に連なっており、装置の中を覗くことができた。装置の中は、緑色の液体で満たされたプールのようだった。

 時折、窓の前を、形の残った何かが通り過ぎていく。それらは気泡を出しながら、次々に消え去っていった。

「ここは原子分解処理をするための、溶液が満たされたタンクです。第一から第三タンクまであり、第一タンクから順番に分解物を処理していきます。みなさんがご覧になっているこのタンクは、最終分解をする第三タンクになります」

「質問です。第一タンクの中はどうなっているんですか?」

 クラスメイトの男子から声があがる。

「別種の溶解液が満たされていて、同じように分解物が通っていきます。本当は順番に見てもらうのが分かりやすいんですけど……。さすがにみなさんも、排泄物が流れていくところは見たくないでしょう?」

 みんなから小さな笑い声があがった。



 最後に、わたし達はリサイクルプラントを出て、別の場所へバスで移動した。

 そこは、プラントから5分くらいの距離にある、緑の芝生が生い茂る小高い丘だった。

 丘の頂上には半球体の形をした、白くて大きな建物が立っていた。

「みなさんの世代なら、もしかすると、この場所を訪れた方もいらっしゃるかもしれません」

 建物の入口に整列しながら、わたし達は彼女の説明を聞いた。

「ここは、亡くなったご遺体を、最後に送り出すための出棺場しゅっかんじょうです」

 みんなが、真剣な表情で聞いていた。

 授業で聞いてはいたが、わたしもその場所を訪れるのは、この日が初めてだった。

「私達、人類の遠い祖先は、地球に生まれた哺乳類でした。地球には数多くの哺乳類が、現在も生息しているそうです。私達の遠い祖先は、その哺乳類の一部が、進化を遂げたものです」

 エアスクリーンに、様々な動物が映し出されては、消えていく。

「地球の自然のなかに生息する哺乳類たちは、肉体が朽ちたあとも土に還り、別の生命が生まれるための養分になるそうです。この船も、そういった生命のサイクルを模倣して、設計されました。この船に乗る人類は、亡くなったあと、この出棺場を通り、船内の自然を育むものに生まれ変わります」

 サイクルの過程を描かれた図形が、エアスクリーンに映し出された。

「この出棺場は、先ほどみなさんがご覧になったタンクとは、別のルートに繋がっています。ですが、最後の終着点は同じ。ご遺体は原子分解処理を経たあと、再構成施設へと行き着きます」

 語り続ける彼女の表情もまた、真剣なものだった。

「これを聞いて、嫌悪感を抱く方も、なかにはいらっしゃるかもしれません。ですが、私達が暮らすこの船には、常に物資不足が発生しています。毎日、毎日。他から物資を調達することができない、この船の生態系は、こうして維持されているのが現状です」

 エアスクリーンが消え、彼女の声だけが、丘を吹く風に流されてくる。

「みなさんが見学されたことを、是非、おうちに帰ってから考えてみて下さい。みなさん、お一人ずつで出した答えが、この船の未来を左右します。新しい世代の出す答えが、次の世代の礎になることを、決して忘れないで下さい。私の案内はこれで以上になります。ありがとうございました」

 彼女が一礼するのに合わせ、わたし達は同じように礼を返した。

 その日の社会見学は、それで終わりを迎えた。




 学校に提出する、社会見学のレポートを書かなければならなかった。

 家に帰り、手早く着替えを済ませたわたしは、祖母の元へ駆け寄った。

「おばあちゃん、書斎を使ってもいいかな?」

 眼鏡をかけて刺繍にふけっていた彼女は、針を繰りながら答えた。

「調べものですか」

「うん。レポートを書かなきゃいけないの」

「それでしたら、マナさんのお部屋でもできるんじゃないんですか」

「わたしは、おばあちゃんの部屋の本で調べたいの」

 詰め寄るわたしに、彼女は根負けしたように笑った。

「わかりました。いいですよ。本は大事に扱ってくださいね」

「もちろん!」



 わたしは、祖母の書斎に入るのが大好きだった。

 彼女の書斎には、船内では珍しい、紙の本がたくさんあったからだ。

 革張りの椅子に座り、マホガニー製の大きな机に向き合うと、それだけで高揚感が湧いた。

 わたしは早速とりかかることにした。

 本棚から一番解りやすい辞書と、いくつかの本を抜き取り、机に広げると、まずはノートに書き留めた単語を調べにかかった。

 辞書をめくるたびに、同時に目に飛び込んでくる、別の言葉との出会い。そうした道草を食いながらの調べものは、時間はかかるけれど、わたしにとって楽しい体験であった。

 ただ調べるだけならば、自分の部屋にある端末を開けば、すぐに作業は終わる。そちらの方が合理的ではあるが、わたしは小学生の頃から、遠回りをする勉強のほうが、断然好きだった。

 そうしたわたしの勉強方法について、科学者である祖母は、特に咎めることはしなかった。

 わたしは、広報の女性が最後に語ってくれた言葉について調べ始めた。

「ほにゅうるい……」

 ノートに書き留めた単語を確認しながら、辞書のページをめくっていく。


【ほにゅう‐るい 哺乳類】

 脊椎動物の一網。普通、ヒトや「けもの」と呼ばれる動物群。温血で、知能が発達する。ほとんどが胎生で、母乳で育ち、肺で呼吸する。哺乳動物。


「ヒトやけもの。人類の先祖だけじゃなくて、わたし達も動物と同じなんだ――」

 わたしはそれらを書き留めていく。

 ふと、哺乳類の語釈欄から視線を移すと、別の単語が目に飛び込んできた。

「ほねかみ……?」


【ほね‐かみ 骨噛み】

 死者の骨を噛むこと。日本にかつて存在した供養の方法の一種。故人と一体化したい、もしくは愛情表現の意味がこめられた習慣。


「亡くなったひとの骨を、噛む……」

 想像をめぐらせて、身震いしたことを、今でも覚えている。

 生物の教室にあった人体標本を思い出し、その剥き出しになった骨に噛み付く様を想像したのだ。

 自分の倫理観ではおよそどうして、そんな行為に至るのか理解できず、わたしの世界が崩れるような錯覚が恐ろしくなった。

 わたしは、ノートの中の空いたフォルダーに新しいファイルを作ると、その単語と語釈を書き留めておいた。

 恐ろしくはあったが、大事なことのように思えたからだ。



 その日の夜は両親の帰りが遅いので、祖母がシチューを作ってくれた。

 わたしが大好きだった、彼女のシチュー。

 しかし、わたしは食欲が湧かず、それらを半分も食べずに残してしまった。

 心配そうな顔をしていたが、祖母はなにも言わなかった。



 自室に戻ったわたしは、ノートの中の提出用レポートのファイルを開き、まとめる作業に入っていた。そのあいだも、辞書にあった『骨噛み』のことが頭を離れず、集中力が続かなかった。

 しばらくすると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。祖母である。

 ドアを開くと、トレイにティーカップとポット、クッキーを載せ、彼女が立っていた。

「すこし休憩してお茶にしましょう」

 部屋の小さなテーブルにそれらを広げると、わたしは祖母と向かい合って座り、彼女が淹れてくれた紅茶をふたりで飲んだ。

 一息つくと、彼女が口を開く。

「レポートの方は順調に進んでいますか?」

「うん、それなりに。あともう少しで終わるよ」

「そうですか」

「――おばあちゃん、これを見て欲しいんだけど」

 わたしは机に上がっていたノートを取り、先ほど書き留めた『骨噛み』のファイルを、彼女に開いて見せた。

 彼女は眼鏡をかけてノートを手に取ると、頷いてみせた。

「辞書で調べものをしていたら、偶然見つけたの」

「マナさんはこれを見つけて、浮かない顔をしていたのですね」

 ノートに書かれたわたしの文字を、彼女の指がなぞっていく。

「マナさんは、どう感じたのですか」

 深緑の瞳が、わたしの瞳を覗いていた。

「正直言って、怖かった。ひとがひとの骨をかじるだなんて。わたしには到底、理解できないことだし。そうしている様子を想像すると、ゾッとした」

「そうですね。理解するのは、難しいことです」

「でも、この骨噛みっていうのは――この船で起こっていることと同じなんじゃないかって、そういう風にも思ったの」

「どうして、そう考えたのでしょうか」

「今日、リサイクルプラントに行ってきたの。……出棺場も見てきた。亡くなった遺体も、最後は原子分解されて、他の物質と同じように再構成されるって」

 祖母は黙って頷いた。とても静かな目をしていた。

「この船のサイクルも、結局は骨噛みと同じことなんじゃないかって思ったの。亡くなった誰かの、骨をかんでいるんじゃないかって。今まで目にしていた世界のすべてが、誰かの命なんだって思った」

「マナさんは、この船の命のサイクルを身近に感じたのですね」

「うん――。おばあちゃんの設計したリサイクルシステムのことは知っていたけど、それが具体的にはどういうことなのか、今まで考えもしなかった」

「そうですね。実際に見ないことには、分からないこともあります。マナさんは、この船のリサイクルプラント――命のサイクルが、間違っていると思いますか?」

「そうは思わない。ただ、自分の無自覚さに気付いて、それがショックだった。それに――」

「それに?」

「――いつかは、おばあちゃんの骨をかむことになるって気付いて。それを受け止められる自信が、無いよ」

 彼女は、わたしの冷たくなった手を取ると、温度をわけてくれた。

 それから、わたしの頭を撫でた。

「いつも一緒に過ごしていて、気付きませんでした。マナさんは、こんなにも成長していたのですね。とても嬉しいことです」

 彼女の愛おしい皺の寄った顔が、今でも忘れられない。

「以前に、マナさんと愛について話したことがありましたね。覚えていますか」

「もちろんだよ」

「私は科学者に必要なものは、愛だと考えています。少なくとも私自身は、愛を体現できるものに近付こうとしていました。今でも、その気持ちは変わりません」

「おばあちゃんは、ロマンチストな科学者なんだね」

「ええ、そうです。科学者はきっと、ロマンチストなひとが多いんじゃないかしら」

 顔を見合わせて笑った。

「私達が設計したリサイクルシステムは、地球の自然にならって造りました。そうする必要があった、そういう経緯もたしかにあります。でも、それだけではないのです」

 小さな天窓の向こうに光る星空を眺める。

 ここから1千メートルの上空に光る星は、天蓋映像キャノピーが映す人工の瞬き。

「去っていくひと、残されていくひと。そのあとに生まれてくるひと。全てのひとたちを繋ぐものが、愛であって欲しいと。そう思い、私は友人たちとプラントを造りました。私が居なくなったあとも、マナさんたちが寂しくならないように」

 彼女はふたたび、わたしのノートの文字をなぞる。

「この身体が朽ちたあとも、この船のひとたちと生きていく。そういった願いをこめて、私たち第一世代が導き出した答え。それが、あのプラントです。そういった意味では、あれは私たちの我がままなのかもしれません……」

「そんなことはないよ。――うまく言えないけど、おばあちゃんが降らせてくれる雨なら、わたし、ずぶ濡れになってもかまわない」

「それでは、風邪をひいてしまいますよ」

「それでもかまわない。わたしは、おばあちゃんが大好きだから」

 わたしは彼女に笑ってみせた。

「ねえ、おばあちゃん」

「なんですか?」

「わたしたちは、生きているだけで、愛されているんだね」

 祖母は少し驚き、それから、目元をしわくちゃにして笑った。

「ええ、そのとおりですね」




 それから3年後の、スプリンターシーズン二月目。

 祖母は延命医療を止め、自らの意志で、命を終わらせることを決めた。

 その年は出生率が人口減少率を上回っていた。

 祖母と同じように、延命医療を止めた第一世代が、多く居たそうだ。

 眠るように息を引き取った、彼女の遺体を見たとき、わたしは泣くのをこらえた。

 彼女がわたしに教えてくれたことが、嘘にならないように。

 あの出棺場のなかに入り、親族たち全員で、彼女を見送った。

 生前に彼女と縁のあったひと達も、数多く訪れてくれた。

 おごそかな祈りを捧げたあと、彼女の棺はゆっくりと、流されていった。



 船は現在も、旅の途中である。

 いつか、わたしたちの安住の地となる惑星を目指して、命を紡ぎつづける。

 今日も、誰かの愛が降り続いている。

 土、風、雨、太陽。

 そのすべてが、彼らの愛であることを、わたしは知っている。

 わたしが生きるこの場所は、全てのひとが愛される、ほねかみの船。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ほねかみの船 赤井ケイト @akaicate

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ