ただ、それだけ(完)

「はは……あはははは! 勝った! 勝ったよぉぉぉッ! そうだ! 私は誰にも負けない……シュレイ博士にも、エイリちゃんにも、クメイ君にも、ミツルにも、シズカ、あなたにも! そしてこれからもずっとずっと勝ち続けるんだ! そしてそしてミツルとずっとずっと一緒に……」


 しかし、マナがシズカの首を掴んでしばらくの時間が経ったが、ここから見る限り、シズカの様子に変化はないようだった。


「え……」


 マナもそのことに気づいたらしい。


「な、なにこれ……!?」


 マナはシズカの首をさらに力強く握り締めているようだった。


「ぐッ……!」


 シズカが苦しそうに顔を歪める。しかし、それは老化のせいではなくただ首を絞められているからのようだった。


「ど、どうして! どうして効かないのぉッ!」


 そうしている間にもマナの老化は進行していく。


「う、うぅ……!?」


 マナは力が出せなくなってしまったのか、シズカから手を離しその場に膝をつき、ついには倒れてしまった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 シズカはうまく呼吸が出来るようになったようだった。


「一体なんで……私が自分で自覚したロウジンの能力は今まで全て当たっていたはずなのに……」


 僕は何とか手を伸ばし自分の首元にあるスイッチを押してアシストスーツの起動に成功した。腕が思い通りに動く。僕はさっそく床に手をつき、その場に立ち上がった。


「もしかしてだけど、そのロウジンのチカラって、私みたいなナチュラルな人間には効かないんじゃないかしら」


 僕が二人のもとに向かおうとした時、シズカがそんなことを話し始めた。


「え……」


「スペアを使用した人間にしか効かない。そんな病気なのかもしれない」


「そんな……馬鹿なこと……」


 彼女の老化が更に進行していく。皮膚がしわくちゃになりシミが現れだした。背骨が曲がりだし、全体的に体が縮んでいく。


「い、いや……! こんな……! 老化なんてしたくない!」


 その声も次第にしゃがれていくのが分かった。彼女は自分の顔を両手で覆い隠した。


「なぜ、ロウジンなんて病気が発生しはじめたのか、今なら分かる気がするわ」


 シズカが言葉を続ける。


「人類はあまりにも同じ世代が留まりすぎた。きっと、これは種の新陳代謝のようなもの。古い細胞が死に新しい細胞が生まれてくる。そんな当たり前のことが出来なくなったからそれが促されたのよ」


「ミツル見ないで……私を見ないで……」


 彼女は小声でただその言葉を繰り返し呟いていた。


「世界中で今、同時多発的にロウジンが発生しているらしいわね。おそらくこれからロウジンはどんどん増えていくんじゃないかしら。そしてもうきっと歯止めなんか効かない」


 僕は2人の元にたどり着いた。シズカは哀れむようにマナのことを見下ろしている。


「結局人類は老化から逃れられてなんかいなかったのよ。古い世代がいつまでも居座っていれば新たな考えをもつ世代が生まれない。同じような思想、倫理観を持つ人間ばかりとなる。多様性を失った生物はその数など関係なく脆いもの。いずれ滅びる運命にあるわ。それを防ぐためにきっとロウジンという存在が生まれてきたのよ」


「ヒュー、ヒュー」


 マナはもう虫の息だった。おそらくもう長くはないだろう。

 僕はマナのそばに寄るとその場に膝をつきその上体を片腕で抱き上げた。


「ミツル……」


 彼女はうつろな目で僕をじっと見つめていた。


「……マナ、僕の体から若さを奪い取ろうとはしないのか。シズカはナチュラルな人間からは吸収出来ないっていうけど、もしかしたらスペアと僕では何かが違うのかもしれない。もしかしたら僕からは若さを吸収すること、出来るかもしれないよ」


 僕の言葉に彼女はフッと軽い笑みを浮かべた。


「そんなこと……するわけないじゃない。私は……ミツルのことが……大好きなんだから……」


 僕はその言葉に胸を打たれ何も言葉が出せなくなってしまった。

 そうだ。マナはずっとこうだったのだ。彼女の能力は元々決して高くはなかったはずなのに、内向的で保守的な性格だったはずなのに……僕にコールドスリープを勧め、その資金集めに奔走し、僕が眠りについたあとはたくさん勉強して、いい大学に入って、大きな会社の高い地位に上り詰めて、お金持ちになって、周囲の批判を浴びながらもスペアを使う最初の世代になって、コールドスリープの会社がつぶれた時は自分が親になってまで僕を引き取って……。


 マナがロウジンになってしまってからもそうだった。博士を脅して殺し、僕をあえて投票で選ばせ、自身と僕を脅し、他の人間を全てを犠牲にしてでも僕と一緒に生き残ろうとした。


 一見それはヒドいことをしてきたようにも思える。でもきっとマナの中には善も悪もなかったのだ。マナの行動原理は至極単純だった。僕と一緒にいたかった。ただそれだけ。ただそんな純粋な願いを叶えるためだけにこれまで生きて、そして行動してきたのだ。


「マナ……」


 僕はそんな彼女の想いを汲み取った瞬間に熱い感情が全身から溢れ出てきた。


「マナァッ!」


 たまらずその折れてしまいそうな体を抱き寄せ強く抱きしめる。気づけば僕の目からは大粒の涙がボロボロとこぼれ出していた。


「ありがとう……今まで本当にありがとう……! 200年も僕の傍にいてくれて……僕をずっと守ってくれて……!」


 目も鼻もぐずぐずで嗚咽混じりの情けない声が自分の口から出てくる。でもそんなことはどうでもよかった。僕は思うままに自分の気持ちを吐き出した。


「僕もマナの事が好きだった! 愛していた! ずっとずっと一緒にいたかった……! 叶えることは出来なかったけど……それは……本当に僕の強くて大きな願いだったんだ……」


 気付けば彼女も泣いているようだった。


「ミツル……嬉しいなぁ……なんか……わたし今、とっても……幸せ……だよ……」


 そして再び顔を上げたときにはすでに彼女は息を引き取ってしまっていた。


「マナ……」



--------


 マナ、クメイ、エイリ。3人の亡骸を処理したあと僕は再びコントロールルームへとやってきた。


「見て」


 骨折しているシズカは身動きが取れないため、ずっとこの部屋にあるイスに座っていた。彼女は僕が近づくと前面に映し出されたホログラムを指差した。


「これ、等倍で映しているのよ」


 それは真っ暗な空間にぽっかりと浮かぶ青い球、地球だった。

 現在減速中なので実際地球は下方向にあるはずだが、船のカメラで映した映像を前方に投影させているようだ。


「随分近づいたな」


「そうね」


 その時船全体に響くアナウンスが流れ始めた。


『乗員の皆様へお伝えいたします。本船はあと4時間ほどで地球、宇宙ステーション「ブリーズ」へと入港致します』


 皆様と言えるほどに乗員が残っていないのが少し悲しい。


「地球か……200年振りってことになるのか」


 あのプログラムの中で9か月も過ごしたので、地球がどのような感じかは大体知っている。まぁでもそれはマナの家の周辺だけの話なので、まだまだ知らないこともたくさんあるのだろう。


「ミツル君はこれからどうするの? 地球についたあとは」


 ずっと地球を眺めていたシズカが椅子を回転させこちらを向いた。


「そうだな……とりあえず病気の治療の確立まで数年かかるらしいからね。その時までまた眠りにつくことにするよ」


「そっか……そのあとは?」


「うーん……? それからは特に何も予定なんてないかな」


「……そう」


 僕は一応マナの息子となっているので、その財産を引き継ぐことが出来るだろう。あのバーチャル空間での学校にも通って、やろうと思えば割と平凡な生活を送っていくことが出来るかもしれない。


「シズカは?」


「私は……これからもしばらくはオリジナルのシズカとして生きていくつもり。まだ私がスペアだとはあなた以外の人間にはバレていないはずだから」


「……それってまたテロ行為を行っていくってこと……?」


「そうね。それもやるかもしれない。けど、それを続ければいずれ私がスペアということがバレてしまいそうだから……。それよりも、これからはもっとロウジンについて研究してみたいと思ってるわ。この先ロウジンが増え続け、さらにスペアを使った人間だけが、ロウジンによる攻撃の対象になりうると証明できればスペアの生産を廃止まで追い込むことが出来るかもしれないし」


「そっか……」


 彼女の仮設が正しければ人類に再び大きな転機が訪れることになるのだろう。今生きているほとんどの人間は全滅することもありうるのか。まぁ、自然にしていれば全員とっくに寿命で死んでいる者がほとんどなのだろうが。


「あのさ、僕もそれ、手伝えることないかな」


 シズカは意外そうな目を僕に向けた。


「それは……私達の組織に入りたいってこと?」


「そうだね。そうなるかな」


「でも……今生きている人間をほとんど敵に回すようなことになるかもしれない。平和な日常なんて送れなくなるかもしれないわよ。それでもいいの?」


 確かにその通りだ。直接的に殺すわけではないとはいえスペアの生産を止めさせるということは今生きている人間ほぼ全員を死なせるということに等しい。テロ行為を手伝うことにもなるのかもしれない。

 けど……。


「あぁ、かまわないさ。だって僕は決めたんだ。君の側につくってね」


「……そっか。そうだったわね」


「そういうことで、地球についてもよろしくな」


 僕が彼女に手を差し出すと、


「うん、よろしくね、ミツル君」


 彼女は僕の手を握ってきた。

 青い地球をバックに見せた彼女の表情は、同世代らしい明るく華のある笑顔だった。

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ロウジンゲーム 良月一成 @1sei44zuki

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