両陣営
つい数十分ほど前には存在しなかった、黒くあまりにも巨大な壁に誰もが息を呑む。先程の強い地揺れとこの壁が突然現れたのは無関係ではないだろう。
20万の大軍を包み込むほど広範囲に広がり、高さも数十メートルはあるであろう黒い壁はさらに高さを増していく。
『幻術…いや、魔法で壁を生み出したというのか…』
目つきの鋭い長身の女将軍レイナースが、さらに目を細めながら声を絞り出す。
『それはありえない!こんな大規模な魔法があるなんて聞いたことがない!』
赤髪の大男ガンガーラがレイナースの意見を真っ向から否定する。
『とにかく兵をまとめましょう、このまま敵に攻められたら何もできずに軍は瓦解しますよ』
『そ、そうだな。皆の者迎撃の準備をするぞ!奴らは混乱の隙に攻めてくるに違いない』
なんとか一人冷静さを保っていたレイナースの言葉に、他の将軍達もようやく我に返る。
しかし魔王軍の作戦は壁で軍を囲むだけではなかった。そもそもそんな大規模な魔法を敵を囲むためだけに使うはずないのだが、そのことに気付けたものはここには一人もいなかった。
『よく聞け人間共、妾は魔王シエナ。お前達は完全に包囲されておる。いや、それだけではない、この壁は次第に狭まり貴様らを押し潰す、命が惜しくば投降せよ。くふふ、なに悪いようにはせん、仲良くしようではないか』
魔法を使って聖王国軍全軍に聞こえる声でシエナは呼びかける。玲に言われた通りシエナは優しい声で、誰もが身を委ねてしまうようなとろける声でシエナは語りかけた。
しかし彼らにとってそれは完全に逆効果であった。得体の知れない大魔法を使う魔王の出現に軍はさらなる混乱が起こった。
ある者は恐怖に体を震わせ、またある者は絶望に暮れ力なく地面にしゃがみ込んでしまっている。
その様子を見た将軍達は皆絶句する。戦いが始まる前にここまで兵士の士気が下がってしまえば戦いどころではない。
『ハンス!今すぐ私の直属部隊に召集をかけろ!他の兵士達は使えん、聖魔法白騎士隊のところへ迎うのだ!』
レイナースは無理矢理恐怖を押さえつけ伝令隊長のハンスに命令を下す。レイナースの黄色と青のオッドアイに恐怖はあっても絶望は存在しなかった。
『俺たちも動くぞ!聖赤銅重騎兵隊をすぐさま集めろ!馬が怯えて使いもんにならないなら自分の足で走って来いと伝えておけ!』
ガンガーラも部下の一人に偈を飛ばす。部下の男はガンガーラの大声に条件反射で返事をするや否や駆け出していく。
『儂等は全軍を纏めるとしようかの、兵がこんな有様じゃ魔王軍とは戦えんからの。壁はお主らに任せるとしよう。いくぞエンポリオ』
3人の五大聖将軍達はそれぞれの役割を決めるとすぐさま行動を開始する。いつ魔族から襲撃を受けるかわからない状況でさすがの将軍たちも心中穏やかではない。だが焦りによって生み出された小さなミスが、戦場では致命的なミスになりかねないということを彼らは身を持ってよく知っている。
そんな彼らの様子を黒い壁の外のすぐ近くで水晶で見ている人達がいた。その内の一人は腕と足を組みながら一人首をかしげながら呟いた。
『のう、グリムス。これで彼奴ら降参する筈じゃなかったのか?彼奴ら全然諦めておらぬではないか』
そう言ったのは白銀の髪に紅い瞳を持つ美女で現魔王のシエナ。
『おかしいですなぁ、抵抗など無意味だと思えるほどの圧倒的な力を見せつければ降参すると思ったのですが…。やはり半分ほど押し潰してみては如何ですか魔王様?』
そしてシエナの言葉にしゃがれた声でいち早く反応したのは小さな男。グリムスは普段シープズの参謀役として仕えており腰の曲がった背の小さな老人のような姿の男だ。ローブで顔まで隠しているため顔は分からないが腰が曲がっているせいもあり、背はシエナ半分ほどしかない。
『それはダメじゃ!一人も殺さないというのが絶対条件だと玲に言われておるのじゃ。作戦の初手で妾が躓いては他の者に示しがつかん』
作戦会議中に玲に何度も人は殺すなと言われ、それほど自分を信頼していないのかと不満に感じたことを思い出しシエナは少し意固地になる。
『左様ですか。私は少ししか目にしておりませんので、かの者の力量とやらを計り兼ねましたが、最高顧問殿はそれほどの人物なのでしょうか?』
『妾は他の幹部達と同じくらいに玲を信頼しておるよ。あやつのいた日本という戦争の無い国の考え方は、戦争をしている妾達にこそ必要な考え方なのじゃ。しかし妾達の世界にその考えに辿り着ける者はおらんじゃろう。だから玲を最高顧問にしたのじゃ』
シエナは真剣な眼差しでグリムスに返答する。シエナの紅い瞳に見つめられると、その瞳に吸い込まれるように視線を外せなくなる。
『魔王様が信頼しているというのであれば、私が口を挟むことはありませんな。我々も玲殿を信頼いたします』
シエナの自信に満ちた返答を聞き、グリムスは納得したと大きく頷いた。シエナが他の幹部達と同じくらいに、その男を信頼しているというのであれば、それだけでグリムスには十分だった。
『それでこの後はどういたしましょうか?血を流さずに降伏させる方法とやらは他にもあるのでしょう?』
グリムスの隣でずっと黙っていたもう一人のシープズの側近が口を開いた。その側近の名前はカーマインといい、古くからシープズの側近を務めている。カーマインは爬虫類のような鱗に覆われた黒い体を持ち。鋭い目つきに尖ったギザギザの歯をしている。グリムスとは対照的に背は高く引き締まった体つきの男だ。一見するとカーマインは粗野な印象を受けるが、実際には冷静で口数が少ない。
『ふむ、そうじゃのう…』
シエナはそう言って再び水晶を覗き込み思案する。そして何か決めると一度頷く。
『…この女にしようかの。ささこの青と黄色の瞳を持つオッドアイの女に参ったと言わせようか』
『はっ、それでどのような策を用いるのですか』
『奴らの様子を見る限りこの軍の責任者は3人。ツルツル頭の翁と赤髪の男、そしてこのオッドアイを持つ金髪の女がそうじゃろう。』
『えぇ、その3人は五大聖将軍と呼ばれる普通の将軍よりも強い権限を持つもの達でしょう』
情報通のグリムスがシエナの言葉にすかさず答えた。
『ツルツル頭と赤髪の男は勝ち目が完全に無くなっても、命懸けで突破口を開こうと突っ込んでくるタイプのような気がするのでな。此奴らには退場してもらう』
『引き時も弁えない愚か者ということですか。流石にそこまでの愚か者を軍の頭に据えるとは思えませんが、退場とは如何様に?』
グリムスが退場と言った瞬間、周りで作戦を聞いていたもの達がにわかに殺気立つ。グリムス自身もフードで顔は隠れているが、フードを捲ればニヤリと不気味に笑っている。
『お主らに言っとくが殺すわけではないぞ、ただ退場してもらうだけじゃ。結界の中に閉じ込めるでもして無力化すればそれで良い。そして残ったこの女が降伏するよう仕向ければ終わりじゃ。』
『では、我々の部隊で2人の将軍を確保しましょう』
カーマインがそう言って一歩前に進み出る。今この場にいる中でシエナの次の実力者であるカーマインが名乗り出て、文句を言うものは一人もいない。むしろカーマインが適任だろうと皆が思っていたので、皆納得したような顔をしている。
『ならばお主に任せよう。女の方は妾が直接出向いて説得する』
シエナが直接出向くと言った瞬間側近達は急に慌てた。
『魔王様自ら行く必要などありません。これだけ力の差があるのです、敵地わざわざ行かずともよいと思われますが…』
『心配いらん。妾の体に擦り傷一つでも付けれるようなやつは明奈くらいしかおらんじゃろ』
シエナの言葉は確かに間違ってはいない、圧倒的魔力を持つシエナに傷を付けられるものなど勇者以外には存在しない。そんなことここにいる全員理解しているが、それでもシエナを止める義務が彼らにはあった。
『止めても行くぞ』
なんとかシエナを説得しようとしていたシープズの側近達にシエナはすぐさま釘を刺した。尚も食い下がろうとしていたグリムスも説得を諦めるよりほかなかった。
『ならばせめて護衛には私直属の連れて行ってください。命を捨てでも御身をお守りいたしますゆえ』
『わかった、そうしよう』
グリムスに懇願されシエナは不承不承頷いた。正直自分に護衛はなんか不要だと思っているが、部下にここまで言われては仕方ない。
『では急ぐとしようかの。カーマインよすぐに行けるか?』
『5分あれば敵将を捕らえられます』
カーマインは自信満々で即答する。
『10分やるからお主の部下にも敵将を無傷で捕らえるようきちんと説明するのじゃ』
『はっ、かしこまりました』
こうして魔王軍に上陸したル・リビレイア聖王国軍を降伏させるための作戦の第二段階が開始されたのであった。
俺は単なる勇者の幼馴染ですが 三國氏 @sangokushi
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