くそっ、魔王共に先手を取られた

『もしもしシエナ、こっちは無事到着。一先ず宿をとってくつろいでる』


 玲はまるで携帯電話で話すかのように、右手の人差し指にはめてあるシエナに貰った指輪に向かって話す。


『うむ、では時が来るまで待機しててくれ』


 指輪から返ってきたのはシエナの声だ。


 どうやってかは知らないが指輪は音を振動させ、まるで電話のように玲と明奈に音を伝える。


『あいよー。何か問題起こったらまた連絡するよ』


『明奈。玲に変なことをされたらすぐに妾に言うのじゃぞ』


『えっ!あっ、うん私は大丈夫』


『くふふ、そうか』


 シエナは二人をからかうように言ったが、明奈だけがどきまぎしながら返答する。


 おそらく、いや間違いなく明奈の言った大丈夫とはシエナの思っている意味とは違う。


 あんまり変なこと言うなよと玲はシエナの軽口にため息をついた。


 そうして報告を終えると指輪の通信が切れ部屋に静けさが戻る。


 二人は港町に着いてからすぐに宿を確保し休息を取っていた。


 しかも明奈の要望通り借りた部屋は一つだ。


 二人はこの宿に3日ほど泊まり作戦開始まで待機する予定である。


 本来ならこんなに早く来て待機する必要も無いのだが、明奈は異形の魔族たちが闊歩するシャアズナブル要塞にいるのがあまり好か無いようで早めにこの港町に来ることになったのだ。


 つまり二人は3日ほど暇を持て余さなければならないということだ。


『今日はもう日も暮れそうだし、明日から町を散策でもするか』


『そうだね。お母さん達にもお土産買って帰りたいな』


 そんなこんなでその日は何事もなく過ぎていった。


 だがその日の夜になって大問題に気づいた。


 それは部屋にベッドが一つしかないということだ。


 玲がそのことに気づいたのは夜も更けそろそろ寝ようという話になった頃だった。


 宿の主人にはちゃんと二人部屋でと告げたはずだったが、恐らくベッドは一つでも大丈夫だろうと判断したのだろう。


 随分と余計なお世話をしてくれたものだと、玲はあやふやながら宿の主人の顔を思い出す。


 どうしたものかと玲がフリーズしていると明奈が先に動いた。


 明奈はベッドに横たわるとベッドの隅に移動して一人分のスペースを空けた。


『ベッド一つしかないし床は木で硬いから一緒に寝るしかないね。この宿の主人のおじさんもおっちょこちょいだね』


 明奈は当然かのように玲にベッドを勧め非常に嬉しそうな表情をしている。


(こいつ最初からベッドが一つしか無いことに気づいてたな)


 玲の読み通り明奈はベッドが一つしか無いことを部屋に入った時点で把握していた。むしろ部屋に入って一番最初に確認したのはその点だった。


『はぁ…』


 玲はおもむろに溜息をつき観念する。


 別に明奈と一緒に寝ることが嫌なわけではない。ただ明奈が今までになく積極的なことに玲は困っている。


 玲はもう明奈と男と女の関係に戻るつもりは毛頭ないというのに…戻るといっても急に明奈が避け出したため特に何があったわけではないが。


 玲が観念してベッドに横たわる。


 ベッドのサイズはセミダブルぐらいで二人で寝ても狭くは感じない大きさだった。


 二人用のベッドを準備するくらいなら、ベッドを二つ用意しておけよな、と思うがもうすでに後の祭りだ。


『…腕枕して』


 小さい声だが十分聞き取れる声で明奈は腕枕を要求してくる。


 そして玲が無言で腕を差し出すと、明奈は当然であるかのようにちょこんと頭を乗せてきた。


 はっきり言って腕枕はしんどい。昼寝程度の長さなら問題ないが、朝までとなると話は別だ。


 人が高所から落下した場合重みで頭から落下するように、人の頭は非常に重い。当然長時間の睡眠となれば腕が痺れてくる。


 さらに腕枕されている側も首が痛くなってくるので、ぐっすり寝たい場合は腕枕は避けるべきである。


 まぁ、今の明奈には何を言っても無駄のような気がするが…


 その後も明奈は色々と注文してきたが。玲は腕枕だけで勘弁してくれと断った。


 そうして玲は三日間明奈を腕枕して夜を明かすこととなった。


 幸いなことになんとか腕枕だけで済んだ。今の明奈ならさらに要求し迫ってくるのではという予想は外れた。それは単に明奈が腕枕だけで十分満足したからというだけの話だったが…。




 そして玲達がレヴゥナートの港町に着いてから4日目の朝、ついに作戦開始を告げる声が指輪から響く。


『玲、明奈、シープズ準備は良いか?』


 指輪からシエナの声が部屋の中に響く。シエナの声は大声でなくてもよく響く。


『勿論でございます』


『あっ、はいはい大丈夫』


『私も大丈夫』


 シエナの声に皆が反応する。準備は良いかというのは今から作戦を始めるということなのだろう。玲は覚悟を決め息を呑む。


『人間どもは予定通りに動いてくれた。後は作戦通りに動くだけじゃな、では幸運を祈る』


 そう言うとシエナは通信を切った。通信が切れ静まり返った部屋で玲と明奈は静かに見つめ合う。緊張に強張る明奈に玲は子供を諭すように優しく語りかける。


『大丈夫、全部上手くいく』


『…うん』




 シャアズナブル城塞から南西に数十キロ離れた場所には、現在およそ20万の大軍勢が陣を築いている。


 その軍勢はル・リベレイア聖王国から出兵した第一陣の軍で、五大将軍のうちのジョルジオ、ガンガーラ、レイナースの3人が率いている。


 そして残りの10万は同じく五大将軍のレイモンド、ガルティモアが船を使いこちらの大陸へ向かって出航している。


 50万の軍勢のうち残りの20万は隣国から援軍として借り受けた兵で、同じ魔王討伐という目標のためこれだけの兵が集まった。


 勿論今回が初というわけではなく、魔族との争いがあるたびにル・リベレイア聖王国は隣国から、兵や武器物資など惜しみない援助を受けている。


 実際には魔族を恐れる隣国が、ル・リベレイア聖王国に魔王との争いを全て押し付ける代わりに、援助を快く引き受けているわけなのだが。



 大陣営のほぼ中心に位置する、周りにあるものよりだいぶ大きい天幕には現在ジョルジオ、ガンガーラ、レイナースの五大将軍をはじめとする主だったものが集まり、軍議をしている最中である。


 通常、軍議であれば周囲の地形や攻める城塞の地図があるのだが、この天幕の中にはそういったものは見当たらない。というよりそもそも存在しないのである。


 シャアズナブル城塞ができたのはおよそ200年ほど前と言われているが、人類が最後にこの大陸に出兵したのはそれより遥か前のこと。そのためシャアズナブル城塞の見取り図など存在するはずがなかったのだ。


 さらにシャアズナブル城塞の周囲一帯は遮蔽物のないどこまでも続く荒野で、彼らは地図を必要だとは考えなかったのだ。


『後続部隊が来る前に一度仕掛けるぞ、そのまま制圧してやってもいいがな!』


 そう言って鼻を鳴らしたのはツルツルの頭で顔には深いシワを刻んだ眼光の鋭い男だ。名をジョルジオ・グスタフといい最も血の気の多い将軍と言われており、60半ばを過ぎてもそれは未だ健在である。


『賛成です。何も情報がないまま後続部隊と合流しても無為な時を過ごすだけですしな』


 ジョルジオの言葉に賛成の意を最初に示したのは、褐色の肌に真っ赤な髪、赤鬼の異名で敵味方からも恐れられる大男ガンガーラ。


 血の気の多いこの二人が、味方が揃うまでのんびり待っているはずがないということは、ここにいるものならば皆わかっていることだったのだろう。二人の意見に驚きを表すものは一人としていなかった。


『あの城塞の地形や敵の数を調べるのであれば少数による威力偵察で良いでしょう。本格的な戦いは味方が揃ってからにしましょう』


 熱くなってきた二人に釘を刺したのは同じく五大将軍のレイナースだ。レイナースはこの国唯一の女将軍で、27歳という若さで五大将軍に選ばれる実力を持つ。芯が強くジョルジオやガンガーラに対しても一歩も引かずに意見を言えるほどである。


『硬いことを言うなレイナース。あまり少数で行っても敵の力がわからぬではないか』


『敵の力がわからないからこそ、大軍で攻めるのは危険だと思います。重要な戦だからこそ慎重に攻めるべきではないでしょうか』


 ジョルジオとレイナースの両者は一歩も引かない。


『レイナース殿の意見も一理あるが、ある程度は数も必要だ。何万で攻めるのがいいか?』


 このままでは意見がまとまらないと判断し間に入ったのは、ジョルジオの副将であり息子でもあるエンポリオだ。


 エンポリオ広い視野を持ち堅実な戦いとジョルジオの暴走を上手く抑えられることで、周りからの信頼も厚い優れた将である。


 レイナースは少しの間考える。レイナース自身も数が少なすぎては敵の力を計れないと考えていたので、エンポリオの言葉は渡りに船だった。レイナースは多すぎず少なすぎない適正の数を頭の中で計算する。


 そしてレイナースの考えがまとまった。そしてレイナースが口を開こうとしたその瞬間、大きな地響きとともに大きな地揺れが起こった。


 外では地揺れの影響で尻餅をついたり、立ち上がれなくなっているものさえいるほど強い地揺れだった。


 地揺れは数十秒ほどで収まったが天幕の中で外の状況は分からない。さすがに悲鳴をあげるようなことをするものは天幕の中にはいないが、緊張と不安が駆け巡る。


『今のはなんだ!地面が揺れるなぞ何事だ!』


 ジョルジオとガンガーラが叫ぶ。するとすぐさま一人の兵士が天幕の中へ転がるように駆け込んできた。


『たたたたたっ、たいへんですっ!』


 入ってきたのはレイナースの部下でハンスという30歳ほどの男。伝令や偵察などの任務を得意とし、短い時間で正確な情報を伝えるためレイナースからの信頼も厚い。


『どうしたハンス。何があった』


 慌てるハンスにレイナースはいつもと変わらぬ落ち着いた態度で尋ねる。しかしレイナースも理解できない状況の中で緊張しているようでほんの少し声が震えている。


『巨大な壁が現れました!しかも我らの陣を完全に囲っています!あと敵兵もたくさん現れて、数もわかりません。皆混乱しており収集がつきません!』


 正確な情報を伝えることに定評のあるハンスも混乱のあまりひどく不明瞭な情報を伝える。だがひとつだけわかることがあるそれは、状況がわからないほど大変な事態が起こっているということだ。


『落ち着けハンス。私たちも直接見に行きましょう』


 レイナースが言い終える前に将軍達は立ち上がり既に行く構えをとっていた。


『くそっ!魔族共に先手を取られた。行くぞ!』


 天幕の中にいた将軍達は駈け出すように天幕から飛び出る。そして全員が外の異様な光景に息を飲む。


『何が起こっているというんだ?』


 魔王の支配するアシュトラアナリス大陸は元々直接日が差さず薄暗い。レイナース達が到着した時も昼間だというのに夕暮れ時を過ぎたような暗さだった。


 しかしそれを踏まえても暗すぎる。時間で言えばまだ日が暮れる時間ではない。この暗さの正体は影、それも20万の大軍が陣を張る一帯を、丸ごと飲み込むような巨大な壁の影だった。

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