空の2人旅
『長い会議だったなぁ。でもまぁようやく話がまとまったな』
『そうだね玲ちゃん。上手くといいね』
休憩含んで5時間以上にも渡る長い会議がようやく終わり、玲と明奈は城塞内の庭園にあるベンチに腰掛け一息ついている。
なぜ城塞に庭園があるかというと、ここの最高責任者のシープズの趣味だからだそうだ。
しかもかなり几帳面に管理されていてなかなか落ち着ける場所だった。
『ところで玲ちゃん?大事な話があるんだけど…』
明奈は少し言いづらそうにもじもじしているが、言いたいことは大体わかる、なんせ赤ん坊の頃からの付き合いだ。
『どうした?まぁ、明奈の言いたいことは大体わかるけど』
『うん。この作戦が終わったら一緒に帰ろ。元の世界に』
やはり玲の予想通りの話だったので、特に驚きもしない。
それもそうだろう、魔法があって魔族がいてさらに戦争までしているこんな訳のわからない世界にいたくないと思っても不思議ではない。
しかも明奈は勇者などと呼ばれあれこれ厄介なことに巻き込まれている、一刻も早く元の世界に帰りたいと思っているのも当然だろう。
明奈とシエナの話を聞く限り、聖剣の力を使えばこちらの世界に召喚されたように元の世界に帰ることも可能なようだ。
しかしその言い方はちょっとまずい気がする。
さすがに死亡フラグとは思わないが、失敗フラグではないだろうか。
玲はそんな不安に駆られる。
とはいえ玲だって元の世界に帰りたいと思っているのも事実である。
この作戦が上手くいけばシエナへの恩返しも十分果たしているはずだし、作戦が終了したらシエナにも伝えるつもりでいる。
『そうだな。さっさと終わらせて家に帰ろう。きっとみんな心配してる』
玲は安心させるように明奈の頭をポンポンと叩きながら言い聞かせる。
『そんじゃあ、俺たちも準備するか』
『…うん』
二人はベンチから立ち上がり庭園を後にする。
数時間後全ての準備が整い、作戦の最終確認のため幹部達で集まっていた。
最終確認といっても、今回の作戦におけるそれぞれの役割と注意点を軽く確認する程度だった。
『ではぬし達の武運を祈っておるぞ』
シエナそう言って手を差し出してくる。
『なるようにしかならないっしょ。失敗したらごめんね』
玲は軽口を叩きながらシエナの手を握り返す。
『くふふ、その余裕なら心配ないのう。ぬしなら上手くやると信じておるよ。明奈、ぬしも気をつけるのじゃぞ、あまり無理はせんで良いからな』
『うん、大丈夫だよ。私には玲ちゃんがついてるから』
『そうじゃな、なら心配いらんな』
『うん、大丈夫!』
勇者として召喚されたもののその国では酷い目にあい逃げ出し、勇者なのに魔王と仲良くなり手を組むという一風変わった状況ではあるが、明奈の笑顔を見ると結果としてこれでよかったのだろうと思える。
明奈もシエナにかなり心を許しているようだし。
とても魔王と勇者の会話とは思えない二人の会話を聞きながら玲は微笑む。
そこで玲が笑っているのに気づいたシエナが尋ねた。
『何にやけておるのじゃ?いいことでもあったのか』
『いやいや、何でもないよ』
玲は笑顔のまま否定する。
『そろそろ、作戦開始の時間でございます。玲殿今回はお知恵をお貸しいただき誠にありがとうございました』
シープズが軽く会釈しながら作戦開始の時間を告げる。会釈一つを取ってもシープズというこの男の立ち振る舞いは品があり、まさに紳士であった。
『では皆の者頼むぞ』
そうしてシエナに送り出されそれぞれが持ち場へと向かう。
ちなみに今回立てた作戦は3つのチームに分かれて行うことになっている。
玲、シエナ、シープズの3人がそれぞれの指揮をとる予定だ。
作戦の第一段階を簡単にまとめるとこんなところだ。
シエナはシャアズナブル要塞に残り第一陣の敵を出迎える。
シープズは飛行できる魔族と水中で行動できる魔族を率い第二陣の軍を乗せた船を海上で抑える。
そして玲とシエナは、水中で行動できる魔族をル・リビレイア聖王国の東にある港に忍ばせ待機するというものだ。
さすがに玲はヒレのついた魚人達とともに海を泳いで渡るわけにもいかないため、玲と明奈は明奈が魔王城に来るときにやったように、港の近くまで明奈の聖剣の力で空を飛んで行くことにした。
玲が指揮することになった魚人部隊は魚人のリーダーに任せ、作戦決行まで水中深くで待機してもらう段取りである。
海一つ越えるためかなり遠い距離ではあるが、シエナから貰った魔力の込められた指輪には通信機能のようなものがあるので、互いの状況を逐一知ることができる。
指輪をもらった時はこちらの世界の言葉を使える魔力が込められているとしか聞いていなかったが、通信機能だったり他にもいろいろな便利機能が魔力として込められているらしい。
ちなみに明奈は勇者なので玲のようにそういった指輪がなくても、こちらの世界の言葉も使えるし不便なことはないらしい。
玲はその話を聞いて勇者に選ばれた明奈と巻き込まれただけの凡人では、こうも差があるのかと不貞腐れたように不満をこぼした。
とにかくそういうわけで離れていても作戦に支障はない。
『それじゃあ行こうか』
『わかった、じゃあ空飛ぶね』
明奈が答えると同時に二人は丸い光に包まれ、玲の足の裏から急に地面と触れている感触が消える。
『うおっ、マジで浮いた!やべぇ!』
玲は生まれて初めて味わう感覚につい声を上げる。
『明奈マジで勇者だったんだな!すげぇよ!俺も自由に飛んでみたいわー。俺に飛行能力貸すとかできないもんなの?』
興奮を抑えきれない玲は明奈に詰め寄る。
『う、うん、たぶん無理だよ。その指輪に飛べるようになる魔力は込められてないの?』
なぜか顔を赤らめながら答える明奈に残念そう玲は残念そうな顔をする。
『シエナに聞いてみたんだけど、この指輪にそういう力はないってさ』
『そうなんだ。でも玲ちゃんが飛びたい時は、私がいつも一緒に飛んであげるから』
二人の身長差から自然と上目遣いになる状態で明奈は玲にそう言った。
珍しく立場が逆転して明奈に慰められる玲は、まだ名残惜しそうではあるが渋々納得する。
『はぁ。じゃあとりあえずル・リビレイア聖王国とやらに向かうか』
『うん』
明奈が返事をするとともに二人が包まれている光の玉が一気に上昇する。
『うおぉぉ!たけぇー!!』
隣で興奮する玲を尻目に明奈は少しずつ加速していく。
そのまま二人を包んだ光の玉は陸の上を離れ海の上へと繰り出していく。
『うひょーー!はぇーー!』
飛行機やジェットコースターとは違い何も遮るものがない中での飛行に玲は興奮する。
ジェットコースターの何倍もある爽快感に、玲の興奮度はとどまることを知らない。
『なぁ明奈!ターンしてくれターン!』
『え、ターン?えーっと。こんな感じでいいの?』
明奈は玲の要望通り右に左にクルクルと回転してみせた。
時速でいえば200キロほどは出ている、そんなスピードでターンすればかなりのものだろう。
(無風ってのがちょっと寂しいな)
残念なことに光の玉のお陰で風が全く感じられなかった。
とはいえ風が直接当たっていたら呼吸ができずに窒息しているだろうが。
暫くしてようやく落ち着いてきた玲は、明奈と他愛もない会話をしながら目的地に着くのを待った。
本来船で渡るのであればかなりの時間がかかる距離が大陸間であるのだが、明奈の飛行の最高時速はマッハ3すらも越えるのですぐにル・リビレイア聖王国のある大陸が見えてきた。
ちなみにマッハ3のスピードで玲に風が当たった場合、空気の断熱圧縮により玲の体は熱で溶けてなくなっていたわけだから光の玉に感謝すべきだろう。
明奈はル・リビレイア聖王国のある大陸近くまで行くと光る玉を外部から見えなくして近づいた。
光っていた玉は空や雲に完全に同化する。
『この玉何でもありかよ』
『私もよくわからないけど、頭の中で飛べとか見えなくなれって思うとそうなる』
『すげぇ便利だなこれ。とりあえず着陸して宿探しするか』
『えっ、あっ、う、うんわかった』
(こっちに来てからよそよそしい態度するときがあるんだよなぁ。でも聞きたくないなぁ)
玲は急に俯いて顔を赤らめる明奈を見て訝しく思うが 、3年前二人が恋人だった頃の嫌な記憶を思い出し見なかったことにしようと決めた。
玲の中で明奈は幼馴染で妹のような存在、ということで解決しているのだから。
玲が自分で自分を納得させている間に明奈は高度を下げ、人目につかないところで着地する。
『明奈の顔知ってる人もいるかもしんないから気をつけろよ』
玲は妹を心配する兄のような表情で言う。
大きな港のあるこの町には今、大軍勢が控えておりごった返している。
明奈と空の旅を満喫している間に兵士を乗せた大船団を目撃しているが、第一陣に乗り切れなかった軍はこの港近くに陣を敷いている。
そして第一陣の船が帰ってき次第兵士を乗せ再び出航するのだ。
もしかするとその兵士の中に明奈の顔を知っている人間もいるかもしれない、という話を明奈から聞いていたための忠告である。
『うん、わかってる。早く宿探ししよ』
お金も勿体無いし私は相部屋でも全然大丈夫だよ。玲ちゃんも相部屋の方がいいよね。何かあっても私が守ってあげるから。
明日の遠足が楽しみでうずうずしているようなそんな雰囲気でブツブツと独り言を言う明奈に若干引き気味になる。
『ん、あぁ。宿を探そうか』
(明奈さんなんか歯止めが効かなくなってませんかねぇ)
再開してから暴走気味の明奈にそんなことを思うが、やはり面倒くさいことになりそうなので玲は大人しく黙っておくことにする。
(作戦開始まで約2日。何事もなければいいんだけど…)
こっちの世界に来てから嫌な予感だけが当たりまくる玲は、一抹の不安を抱えたまま宿探しに向かったのだった。
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