こいつら悪い顔してやがる
玲、明奈、シエナの一行が向かったのはシエナの治める大陸、アシュトラアナリス大陸の西方に位置する城塞である。
この城塞はシャアズナブル城塞という名の城塞で先代魔王の代からシープズが管理している。
この城塞の敷地面積は非常に広く東京ドームがすごくたくさん入るくらい大きい。
過去にはこの城塞から人が治めている大陸に魔王軍を送り出し戦禍を拡大していた。
しかし現在はその逆で人が魔族の土地に入るのを防ぎ戦乱を引き起こさないために機能しているのだ。
シャアズナブル城塞の最上階にある、シープズが司令室として使う部屋の中心に、突如として赤く光る文字で書かれた魔法陣が浮かび上がる。
『おや、思ったよりもお早い到着ですね』
そう言ったのはこの城塞の管理者であるシープズだ。
シープズは紳士風の雰囲気でスーツをバッチリ着こなしているが人ではない。
白い羊のようなツノに赤い瞳、歯はギザギザとした牙がびっしり生えている。
暫くすると魔法陣の中から3人の人物が現れる。
玲、明奈、シエナの3名である。
3人が到着するとシープズは片膝をつき頭を下げて出迎える。
『わざわざご足労いただきありがとうございましたシエナ様』
『うむ、気にするな。早速じゃが詳しい状況を聞かせてくれるかの。…いや、その前に挨拶が先かの、こちらは勇者の明奈じゃ』
角度的にシエナには見えなかったが、勇者という言葉に僅かに明奈は反応し苦々しい顔を作っていた。
シエナが言うとシープズは立ち上がり一歩前に踏み出す。
『初めまして勇者殿。私はこの城塞を預かるシープズと申します。以後お見知りおきを』
シープズは紳士に相応しい立ち振る舞いで一礼する。
しかしそんなシープズの態度とは対照的に明奈は引きつった表情で困惑するのみであった。
魔王城で魔族たちと挨拶した時の困惑に比べれば遥かにマシだが、それでもやはり異形の魔族たちにまだ慣れていないのである。
(仕方ないよなシエナと違ってこいつらの見た目人間じゃないし…)
『明奈?』
玲はそんなことを思いながら肘で明奈をつつく。
そこで明奈はビクッと反応しようやく我に帰りシープズに返事をする。
『初めまして早見明奈です』
玲の背に少し隠れながら明奈は一言挨拶する。
そんなシエナは明奈の態度を気にすることもなく話を進める。
『では詳細を聞かせてくれるかの』
『はい、ではこちらに』
シープズはクルリと反転し机に向かって歩き出す。
シープズが向かった机の上にあるのは二枚の地図。
一枚はル・リビレイア聖王国の東にある港とシャアズナブル城塞、そしてその間にある海の描かれた地図。
もう一枚はル・リビレイア聖王国の東に位置する港を拡大したより詳しい地図である。
『かの国の軍勢は総勢約50万はいると思われます。かの国の兵がおよそ30万、さらに幾つかの隣国からも援軍として兵が送られそちらが合わせて20万ほどの混成軍のようです』
シープズはスラスラと説明していく。
『全くあの小娘にも困ったものじゃ。しかし50万とはよく集めたものじゃの』
呆れ果てたとでも言いたげな表情でシエナはつぶやいた。
『かの国の新たな王は本腰を入れて魔族と戦争をするつもりのようですね』
シープズもシエナの考えに同意のようでしきりに頷いている。
『そのようじゃ。シープズ続きを』
『はい、海を泳いだり空を飛んだりしてこちらに来れない彼らは、船を使うしかありませんので、現在複数の港に大量の船が用意されておりました』
『そうじゃろうな、奴らは船でくるしかできんじゃろうからな』
『はい、それに相手方はかなり焦っているのか大急ぎで準備を進めております。おそらく勇者殿がこちらにいると知り慌てて追いつこうとしているのでしょう。あとは物資の積み込みが完了次第出航するものと思われます』
シエナとシープズが作戦会議をする中、玲と明奈はただただ立ち尽くしている。
(50万ってものすげぇ大きな戦争じゃん!そんなのがいまから始まんのかよ!)
玲はそんな大きな戦争が始まろうとしているこの城塞にノコノコやって来たことを今更後悔している。
(俺なんかが来てもなんの役にも立たないと思うけどなぁ)
この城塞に来る前にシエナにも尋ねたが、魔王軍の最高顧問とやらに就任した以上、これくらいの仕事はしてもらわねば困ると言われてしまったのである。
勝手に押し付けておいて責任も何もあったものではないが。
『それでシープズよ。そなたはどのような作戦でいくつもりじゃ?』
シエナがそうシープズに尋ねるとシープズはニヤリと口元を歪め、自信たっぷりといった表情で説明を始める。
『先ほども言いましたが相手方はかなり焦っております。それで彼らは物資より兵士を先にこの土地に送り込むようなのです。しかしいくら大量の船があろうとも、50万の兵と食糧を一度に全て運ぶことはできないでしょう。私めはその隙を突こうと思います』
シエナはフッと笑い何かを理解したようだが、玲と明奈は相変わらず惚けたままだ。
『さすがシエナ様、もうお分かりですか。いくら50万の兵士がいようとも食糧がなければ戦えない。彼らが50万の兵士を送り込んできた後、物資を運ぶ用の船となった彼らの船を沈めます。さすれば彼らはいきなりこの大陸に孤立無援するという寸法です』
『くふふ、このシャアズナブル城塞には多くの魔獣部隊があるからのう。水中戦を得意とする魔獣や空での戦いを得意とする魔獣が、海のど真ん中にいる船を襲えばいともたやすく沈められるであろうな』
(二人とも悪い顔してやがる…)
二人の会話している姿を見れば誰しも初めに思う感想であろう。何せ二人とも非常に楽しげであるのだから。
『船を失い帰ることすらままならなくなり食糧も心許ないとなれば、奴らは必死になってこの城塞を攻めてくるでしょう。しかし50万程度でこの城塞は絶対に陥落しません。物資が尽き敵が弱ったところで全滅させましょう』
『良い案じゃシープズ。既に準備も完了しておるのじゃろう?』
『当然にございます』
何かが…いや全てが間違っている。
『…いや、おっかしいだろっ!!』
突然の玲のツッコミに二人は目を見開く。
『急に大声をあげてどうしたというのじゃ?この作戦に何か至らぬところでもあったのか?』
本当にわからないという表情で質問するシエナに、玲は静かに問いかける。
『シエナ。君は人間と共存する世界を作るのが夢だと言ったよね』
『そうじゃ、それがわらわの夢じゃ』
『人間と仲良くしたいって言いながら、人間の兵士を50万人殺させようとするのはおかしくないか?君の望みは支配することなのか?』
『支配ではない。共存じゃ』
シエナは人と共存したいと言いながら、平気で50万の兵士を殺すと当たり前のように会話することが、玲にはとても信じられなかった。言っていることとやっていることがてんでバラバラにしか思えない。
シエナは顎を親指と人差し指でつまむようなポーズで考え込む。
人間の玲と魔王のシエナでは考え方に大きな違いがある。
これまでにお互いの常識がぶつかり合うことが何度もあったが、そのたびにシエナは自分達の常識が人とは違うことを思い知らされてきた。
だから今回もそうなのかもしれないと回転の早い頭をフル回転で回して考える。
そしてようやく結論に達した、何度もシエナの常識を打ち破ってきたこの男の真意をようやく理解する。
そのシエナが導き出した結論、それは。
『わらわ達は敵を全滅させ弱った聖王国に同盟を結ばせようとしたが、主の考えは違うらしいの』
『あぁ、違う』
『つまり主には50万の兵を傷つけずに降伏させ、さらに聖王国と同盟を結ばせるというそんな秘策があるということなのじゃろ』
シエナは美しく光る宝石のような瞳を真っ直ぐに向け確認するように尋ねる。
(…おい、どうしてそうなった?他の案を考えてくれってことだよ)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます