犯人は貴方です【宰相探偵オーギュスト】

 少しばかり時を遡る。


 ル・リビレイア聖王国の首都にある白亜城では現在軍議の真っ最中である。


 そして軍議が行われている場所は、先程明奈が涙した会議場所である。


 ただミンフィアの隣の席、2番目の上座だけは今回空席になっている。


『ミンフィア様!一体何がどうなっているのか我々に説明していただけませんか?』


 普段声を荒げることなどほとんどないエンユーロが、若干声を荒げてミンフィアに質問を叩きつける。


 そして説明しろというのは勿論明奈が姿をくらましたということについてである。


(私だって知りたいくらいですよ。なんで明菜様は消えてしまったんですか?誰か教えてくださいよ)


『………明奈様は…。お連れの方を助けるため、単身魔王城へと向かわれました』


 ミンフィアは自分に言い聞かせるように全員に偽りを告げる。


 しかし返ってくる言葉は1つもない、皆が絶句し口を開いては言葉なく口を閉じるを繰り返していた。


 真相を知るオーギュストを除き他の誰もがミンフィアの言葉を理解できずに戸惑っていた。


『ほう、つまり勇者殿は一人で魔王と戦いに行ったということですかな?』


 この沈黙を最初に破ったのはこの中で最も血の気の多いであろう男、五大将軍の一人ジョルジオが口を開く。


 ジョルジオは齢60を過ぎるもまだまだ衰えを感じさせない老将軍だ。


 この男戦上手なのは確かなのだが頭に血が昇りやすく直情的なのがあまり良くない。


 軍の総指揮官であるにもかかわらず、魔法や矢が飛び交う最前線で暴れまわるという総指揮官らしからぬ戦い方をするのだ。


 しかしそれでも連戦連勝、小童の頃から戦場を駆け回ること100を超えるも受けた傷はただの一度もない無双の男。


 そんな無双の男から真っ直ぐ目を向けられても、ミンフィアは臆することはなかった。


『……そういうことです』


 そんなこと知りません!とミンフィアは心の中で悲痛な叫びをあげるが表情一つ変えない。


 たった16歳でありながらここまでの胆力を兼ね備えているのは、さすがは一国のトップと言えるだろう。


『元より式典が終わり次第攻め入る予定であったのです。軍の準備も整っております。我々は今すぐにでも全軍を動かせます』


 ジョルジオに続くように赤鬼の異名で敵味方から恐れられるガンガーラが威勢良く立ち上がり言い放った。


 そしてガンガーラの言葉に勿論とでも言うように五大将軍の残りの4人が力強く頷く。


『姫様、物資の準備も整っております。食料に武器弾薬、船、すべて問題ありません』


 大臣の一人デスカルゴがそう言うと、五大将軍以外の大臣達も準備万端であるという風に頷く。


『…わかりました。直ちに明奈様を追いましょう。細かいことはオーギュスト卿貴方に任せます』


 ミンフィアが告げるとオーギュストはいつも通りの冷静な態度で会釈する。


『では、一言よろしいですか』


 オーギュストが言うと部屋にいるすべてのものの視線がオーギュストに集まる。


『ほんの少し進軍が早くなったというだけですべて予定通りいっている。前々から練っていた作戦通り進めば我らの勝利は揺るぎはしない。魔王を滅ぼしこの世界に平和を』


『世界に平和を』


 オーギュストの掛け声にすべてのものが続く。


 すでにこの部屋の中には動揺や不安を抱えているものは一人もいない、人類の平和のために命すら惜しくないという決意の表情すら浮かんでいる。


『少しの時間も惜しまれます。皆様直ちに持ち場につき役目を果たしてください』


 ミンフィアの言葉に一同は大きく頷く。


 そして五大将軍の全員はそのまますぐに立ち上がりミンフィアに一礼すると部屋を後にする。


 ミンフィアが見送る将軍達の背には背中からでも伝わるほどの強い闘志が漲っている。


 さらに将軍達に続いて大臣など他の者達も続々と部屋を退室していく。


 そんな中オーギュストが口を開いた。


『エンユーロ殿、デスカルゴ殿、ディンゴ殿少しお聞きしたいことがありますので残ってください』


 皆が続々と退室していく中オーギュストはその3名だけを呼び止めた。


 すべて予定通りだと言ったばかりであるにもかかわらず、自分達に何の用だろうかと3人は振り返る。


『…何でしょう?』


 エンユーロが3人を代表して呼び止められた理由を尋ねる。


『まずは席に』


 オーギュストはそう言って辺りを見回す。


 オーギュスト、ミンフィアそして呼び止められた3人を除く他の人もまだ幾人か残っている。


 皆すでに席を立ち出口へと向かおうとしている最中である。


 しかしオーギュストのピリピリしたオーラに気づいた一同は足早に部屋を出て行った。


 ミンフィアも口には出さないがかなり深刻そうな顔をしている。


 暫くして部屋の中は5人だけとなり、ようやくオーギュストが口を開く。


『あなたがた3人には早見明奈殿を毒殺しようとしたという嫌疑がかけられております。私としても信じたくはありませんが、結論が出るまで暫く謹慎していただきます』


『───なっ、仰っている意味がわかりません!我々がそのようなことをするはずがない!』


『そのようなデマを貴方ほど聡明なお方信じるというのですか!』


 エンユーロとデスカルゴが口を揃えて反論する。


『先程の会議の後エンユーロ殿が明奈殿の部屋の前で口論していたのを見たという者がおります。その後デスカルゴ殿とディンゴ殿がエンユーロ殿を連れてデスカルゴ殿の部屋に向かったそうですね』


 今まで口を開き惚けていたディンゴがようやく口を開いた。


『確かにそうです。しかし毒を盛る計画を立てるためなどではありません。明奈殿を説得する方法を話し合っていたのです』


『そもそも明奈様が毒殺されそうになったとは誠なのですか?この国にそのような狼藉を働く者がおるとは信じがたい話です』


 デスカルゴも続けて反論する。さすが防衛大臣も表情に必死さが見受けられる。


 しかしオーギュストは眉一つ動かさない。冷静に3人を見つめ返し口を開く。


『今回使われたのは魔族の住む土地にしか住んでいないチュパライヤの毒です。そのようなものを入手できる人物は限られております。さらに徹底的に管理され安全を保障された料理に毒を忍ばせるのも城の内部に精通してなければできないことです』


 3人の額には脂汗が滲む。このままでは本当に自分達のせいになってしまうと必死に頭を回転させる。


『我々は本当に知らない。それに我々以外にも可能な人物だっているはずです』


 エンユーロは必死に訴える。今はそのような冤罪で捕まっている場合ではないのだ。


『まだ、確定というわけではありません。徹底的に調査しますのでそれまで部屋で謹慎願います』


 有無を言わさないオーギュストの態度にこれ以上の口を挟む余地は無い。


 それに3人には自分達が犯人では無いという確信がある。


 有能なオーギュストが調べるというのであれば、自分達が無実だと証明されると納得する。


『わかりました。我々の無実がすぐにでも証明されることを願います』


 3人はほとんど同時に立ち上がり部屋を後にする。


 部屋に残るのはオーギュストとミンフィアの二人のみになった。


 ミンフィアは4人の会話を眉をしかめながらただ聞いていた。


 眉をしかめていても可愛らしい顔はやはり可愛らしいままではある。


『オーギュスト卿。全て片付いた後でもよかったのではないでしょうか。これから大事な戦だというのに不確定な判断材料で処罰するのは、やはり良くなかったと思います。それにあの3人が毒を盛るなどありえないことです』


 ミンフィアは感じていた不満をオーギュストにぶつけた。


『大事な戦の前だからこそ必要だったのです。全て内々に処理させますのでご安心ください』


 オーギュストはそう言い残し部屋を後にする。


 部屋に残ったのはミンフィアただ一人。


 ミンフィアは誰もいなくなった会議室で一人頭を抱え込んでいる。


(どうしていなくなられたのですか明奈様…。貴方には勇者としての責務があるはずです。なぜ自分の立場をご理解してくださらないのですか)


 この国の王になってまだ3ヶ月の16歳の少女には重すぎる負担がのしかかっている。


 異世界から召喚された勇者の明奈の逃亡、勇者の毒殺未遂、そしてその首謀者がこの国の忠臣達かもしれないという状況。


 さらにこれから魔王軍との一大決戦すらも待ち構えているのだ。


 望んで王になったといえどまだまだ華奢で小さな少女にはあまりにも酷な状況である。


(今すぐ戦を仕掛けねば明奈様は魔王側に回るというのは誠なのですかオーギュスト卿。やはり王になるのは貴方が相応しかったのかもしれませんね…)


 頭を抱え込みながらミンフィアはそう思う。


 美しい青色の瞳の少女の目に薄暗い影が灯る。薄くではあるが確かにその目は闇に包まれていた。

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