駅ーーその後

@kuronekoya

目撃者

 ターミナル駅で乗り込んだ電車には、エアポケットのように偶然ひとり分の席が空いていた。

「これはラッキー!」と思って座ろうとした時、隣のドアから乗ってきた老人と目が合った。

 老人は、連れ合いだけでも座らせてやりたいと思っているようで、挑むような目で私を見た。


 これは譲らざるをえないだろう、私は苦笑して歩みを緩めた。

 老人は僅かに目礼し、妻であろう老女を座らせた。


 と、その時老女の隣の男性がスッと席を立った。

 嫌味のない笑顔で手のひらで老人に席を指し、閉まっているドアの方へと足早に移動して手にしていた文庫本を開いて目を落とした。

 私と同年代くらいの男性だ。

 平日のこんな時間に私服で何をしているのか?

 ちょっとだけ、気になった。


 なので文庫本を読み始めた彼が、すぐにふたりの方へ目をやったのに気がついた。

 老夫婦は笑顔で会釈した。

 彼も軽く頷き、また文庫本へ目をやった。

 そして、老夫婦の隣りに座っていた女性が彼の方を見たことに気がついた。

 彼女も私たちと同世代くらいだ。

 なんとなく昔読んだ『電車男』を思い出して、私も彼の方を見た。

 彼も横目で彼女の方を見ていた。


 女性の前でカッコつけたいだけだったのか?

 彼女は既に手元の書類か何かに視線を落としていた。


 もう一度彼を見ると、彼はまだ横目で下を向いている彼女を見ていた。

 それでは、と彼女を見れば、また彼の方を見ていた。

 しかしその時彼の目線は文庫本へと戻っていた。

 彼女の彼を見ているようで、もっと遠くを見ているような視線、もしかしてこのふたりは知り合いなのか? とふと思った。


 手持ち無沙汰な電車の車内、結果的に私はなんとなくそのふたりを観察していた。

 何度も視線は行き来しているのに、みっつめの駅で彼女が席を立つ直前まで結局二人の視線は一度も交わらないのがなんだか可笑しかった。


 電車が減速し始めるとともに立ち上がった彼女は開かない方のドアの方へ行き、そこにいた彼に向かい、ため息とともに声をかけた。


「ねぇ、外ヅラだけはいいの、昔からちっとも変わってないのね……」


 そしてちょうど電車は停車し、開いたドアの方にひらりと向き直ると、ヒールの音も高く彼女は車両を降りていった。


 残された彼は、驚いた顔、泣きそうな顔、ホッとしたような顔、苦虫を噛み潰したような顔……およそそんな場面で考えられる顔を数秒のあいだに繰り返した後、最後に苦笑いして文庫本へと目を落とした。


 彼と彼女のを過去を想像したら、なんだか笑いがこみ上げてきた。



 なんとなく彼とは旨い酒が飲めそうな気がするな、と思いながら私はスマホを取り出してメモアプリを起動。

 今思いついた、彼と彼女の過去の妄想。

 クリスマスまでにはカクヨムに投稿できるだろう。

 ひとつでも☆がついたら、それは彼らから私へのプレゼント、と思うことにしょう。



 fin


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