第三幕 Shall we dance? 5

 場内は混乱を極めていた。

 窓の外に目を向けると、空を埋め尽くすように大量のコクーン量産機が待ち構えている。それだけでも招待客の面々は恐怖に震えるばかりだが、あいにくそれだけではなかった。内部にいたグラン軍の伏兵が招待客数名を人質にしてしまったのだ。


 彼らの要求は至って単純だった。

 新型エル・システムのデータと引き換えにすること。


 その二択を突き付けられているティーは、ぼんやりと新エル・システムを眺め、それから側にいたマリアンの肩を叩く。


「お前としてはどう思う。新型エル・システムの出来栄えは」

「あなたはどう思うの?」


 質問に質問で返すのはマナー違反だと分かりつつ、マリアンはそっと囁いた。

 ティーの中ではすでに答えが決まっている。


「パンツァー・エイドに近いシステムなんか搭載してしまったら、左院特吏の必要性がなくなるだろうが」

「……、分かったわ」


 残念だけれど、とマリアンが肩を落とした。

 ティーは苦笑し、それからゆっくりと前に出る。


「わかった、そちらの要求を受け入れる」

 ティーはいつになく真剣な面持ちで続ける。「しかし分からないことがある。エル・システムは本来貴国のコクーン・システムと対になるもの。こちらでカスタマイズしているのと同様に、貴国も機構に手を入れているだろう。……、お前たちは誰の指示で動いている。愚弟ではないな?」


 そこまで言ったとき、唐突に会場の扉が開いた。

 白のドレスに、長い金髪。ヴィルがようやく戻ってきたのだ。


 伏兵がヴィルに向け発砲するが、ヴィルはテーブルを楯にしてかわし、その間にドレスの裾を切り裂いて大きくスリットを作った。脚には、愛用の短銃がホルスターに収まった状態で足にくくりつけられている。それを抜くと、ヴィルはわざと相手の頬を掠めるように発砲した。

 乾いた音が何発か耳を貫き、相手は思わずたじろいだ。


『ティー。聞こえる?』


 ピィン、と耳鳴りがして、ヴィルの声が聞こえた。

 ああ、とティーが無言のままに答えると、ヴィルはさらに続ける。


『おれ、あの戦闘機に乗るよ。いい?』

『そう言うと思っていた。その価値、自身の腕で確かめてこい』


 後半の発言は全く意味がわからない様子で、ヴィルはエル・システムのハッチを開けた。そしてコックピットに飛び込む。

 中は既存のエル・システムと大差ない構造だった。ヴィルは操縦桿を握る。


『搭乗者データ不明。キーを解除してください』


 その電子音声を耳にし、ヴィルはパンツァー・エイドとは違うということを思い出した。先ほど渡された黄色いカードをスロットへ挿入する。


『解除成功。搭乗者、データ登録開始』


 電源が徐々に入りはじめ、その影響で会場内に大きな気流が発生し始める。


『搭乗者、ヴィル・ブランクーシ。データ照合、完了しました』

「よし」


 その声を聞くや否や、ヴィルは勢いよく操縦桿を前に倒した。

 機体は天井を突き抜け、大空に高く飛び出す。


『ブランクーシ!』

 無線からギアの声が聞こえた。『聞こえますか、応答願います』

「聞こえるよ、右官」


 ヴィルは右サイドにあるボタンを押下し、外部スクリーンを投影する。途端に司令室の様子が映し出され、オペレーターであるギアのしかめっ面がこちらを見据え睨んでいた。


『よく動きましたね、それ……。あくまで展示用なので、電力供給が不十分なのですが』

「うん。だから短時間で終わらせよう」

 モニタの端に映る電源供給状態を示す表示が、半分欠けた状態となっている。「数は?」

『コクーン量産型がおよそ四百程度ですね。ビータイプは出撃していないようです。こちらも現在通常のエル・システムを派遣しています。パンツァー・エイドも送りますか?』

「いや、いらない。これで片付けるよ。パンツァー・エイドが来るのを待っていたら、ここが陥落してしまう。それは得策じゃないよ」


 ヴィルは笑って、それから付け足した。


「それから、壊しちゃった建物の修理費は、経費で落ちるよね?」

『……善処します』

「さすが。任せたよ!」


 ヴィルは左腕部を銃器に変形させた。

 モータが回る甲高い機械音が脳を貫き、徐々にそれの形がなる。そんな光景を、ヴィルは物足りなさそうに眺めていた。

 普通の技術なら、これが限界だろう。そう割り切って考えなければ、この時間、暇すぎて仕方がなかったのだった。慣れとは恐ろしい。ヴィルの場合、初めからパンツァー・エイドに乗ってしまったせいで、十分素晴らしい技術であるエル・システムの姿がかすんで見えてしまったのだ。


「駆動時間を削るなら、もうちょっと丁寧にプログラム組めばいけると思うけどね……」


 そう呟いた刹那、白銀の光が眼前で弾けた。何が起こったのだろう。強い光により視界を奪われたヴィルは思わず目を閉じる。視力が戻った頃にのろのろと瞼をこじ開けると、驚くことに左腕の銃器が完全な形に換装されていた。

 ヴィルは驚きのあまり目を剥いた。


「えっ、なんで? あり得ないんだけど」


 思わず呟いた。

 あの駆動速度なら、完全に変形しきるまでもっと時間がかかるはず。しかし、今目の前でそれを簡単にクリアしてしまった。通常ならば到底考えられないことだ。

 ヴィルは少し考えて、結果、「まあいいか」ということにした。

 不思議な出来事という意味ではもっとすごいものを見てきている。それに比べたら、こんなものは足もとにも及ばない。


 ヴィルは勢いよく操縦桿を前に倒した。

 コクーンが四方八方から飛びかかってくる。それを、機体自体を大きく飛び上がらせ、軽やかに回避する。

 上空からコクーンを見据える。眼下を埋め尽くす繭色の機体。


「……行きます」


 刹那、左手のマシンガンを乱射。その弾は全弾コクーンの脳天と鎖骨部に命中し、硝煙と共にそれらの機体は墜ちてゆく。

 ヴィルの機体はそのまま急降下し、別のコクーンの脇腹に入りこむと、顎下に弾を一発撃ち込んだ。だらりと力の抜けるコクーンを盾にし、あっさりと他の機体も墜落させた。


『訓練の成果が出たか?』


 嬉しそうなティーの声が脳裏で響いた。ヴィルは鼻で笑い、


「訓練の方が難しかったですよ。今回は一体何のつもりなんでしょうね? 本気で心臓を狙ってくる兵士が少ない、少なすぎです」

『ま、そうだろうな』


 ティーが訳知り顔で呟くのが容易に想像できる。ヴィルは短く尋ねた。


『要は二重スパイだ。グランの兵士と思わせて、あいつらは他国からやってきた伏兵。グランの総司令は一切関与していないだろうな』


 それを聞き、ヴィルは先ほど遭遇した男のことを思い出した。確か彼は「勝手に動いた部下を止めに来た」という旨を話していたはずである。


「……、ティー。今聞くことでない気もするけれど、右目が青い短髪の男、と聞いて誰か心当たりある?」

『……、ああ、一人いる。会ったのか』

 ヴィルが肯定する。『弟だ。グラン国総司令官、スピアル・E・レイ』


 なるほど、とヴィルは思った。どうりで雰囲気が似ている訳だ。おそらくその人物に会ったという旨を伝えると、ティーは微かに唸り声を上げる。


『あれは何か言っていたか』

「今回の件については本当に関与していないらしい。それと、起動カードの複製品をもらった」


 がこん。

 そこまで言った瞬間、妙な音がコックピットに響いた。

 驚いたヴィルが側面のランプへ目を向けると、何箇所かランプの色がグリーンからレッドに変わっていた。

 要するに、内蔵バッテリーが切れたのである。予備電源に急いで切り替えたが、それが持つのもあと少し。もって十分がいいところだろう。

 エル・システムが派遣されるといっても、本部からここまでの距離がかなりあるので、正直期待できそうにない。

 ヴィルは一か八かの賭けに出ることを決意した。


「……すみません、総帥。ちょっと交信を切ります」


 コンフェッション・システムを切断し、外部スクリーンも切った。


『ちょ……ブランク』


 ギアの声すら無視し、無線も切断。

 完全に外部からの交信を遮断した。

 これで少しは節約になるだろうか。そう呟いたヴィルは、再び外の世界へ目を向ける。


***


 窓辺に佇むティーは静かに外を眺めていた。

 コンフェッション・システムを強制的に切断されてから、一抹の不安、それから好奇心のようなものが湧き上がるのが分かる。間近で見られないのが至極残念だった。


「さて、」


 それはそうと、こちらの仕事を済まさねばなるまい。

 ティーは先ほどまで暴れ回っていたグラン軍の兵へ目を向け、それから小さく息をついた。結論から言うと、ティーはなにもすることがなかったのである。

 臙脂色の軍服に、黒い軍靴。ティーと心なしか顔立ちは似ていたが、瞳の色が彼とは異なり、青と黒のオッドアイだった。

 ヴィルが新型エル・システムに乗り飛び出したのち、彼がゆっくりとした足取りでこの場所へ現れたのである。

 彼のことを知らぬ者は、少なくともこの会場にはいなかった。

 彼はにこにこと笑いながら事件を起こした兵士へと目を向け、それからマリアンとティーへこのように話しかけた。


「悪かったね、邪魔をして。どうにもうちの兵は統率がとれなくてさ、結構困っているんだよね」


 そして彼は瞳を輝かせ、腰を抜かした兵士の頭上に一発蹴りを入れる。顔面蒼白。まさしくこのような状況に陥った彼らには、もうなす術もなかった。

 しばらくして、彼の部下だと言うグランの高官数人が現れ、彼らを連行していく。

 そんな様子を、ティーは何とも言い難い表情を浮かべた。


「おい、スピアル」


 そしてティーはようやくその名を呼ぶ。

 彼――スピアルはにこやかに手を振りながら連行される彼らを見送っていたが、その声に反応し怪訝な顔をした。


「ああ、僕はもう帰るよ。マリアン嬢によろしく言っておいてくれ。お前にも後ほど詫びの品を贈ろう」


 いらん、とティーは一蹴する。


「毎度のことながら、お前らには呆れるというかなんと言うか」

「型にとらわれないと言ってくれ」


 スピアルは力なく笑い、それから思い出したように声を上げる。


「そういえば、君の新しいお嫁さんに会ったよ。随分な人を連れてきたじゃないか」


 ティーは先ほどヴィルが言っていたことを思い返し、のろのろと口を開く。


「嫁じゃないが……、こうなったのははっきり言ってお前のせいだからな」

「まあ、広く見たらそうだね。あれは正直すまなかった」


 しかしだ、とスピアルは口角を吊り上げ、ティーの胸元で揺れる飾り紐を引いた。


「ぼんやりしていると、誰かさんがあの子を連れ出してしまうかも。精々気をつけることだ」

「……、あいつはその誰かさんを選ばないよ」


 絶対にだ、とティーは言い、スピアルの肩を掴み身体を引き離す。

 赤と青の眼光が一瞬、しかし確かに交わった。

 はいはい、と適当な返事をし、スピアルは会場を後にする。ティーはしばらくその背中を眺めていたが、ふと腕を突かれた感触に気づき左側へ目を向けた。

 マリアンだった。


「あの方は相変わらずですわね」

 ああ、とティーはのろのろと頷く。「でも、助かりました。ちゃんとあの輩を回収してくださいましたし」

「……、」


 ティーは何かを言いかけ、そして止めた。水を差すのも悪いと思ったのだ。

 彼女は、そしてこの場にいる誰もが知る由もないこと。それをわざわざ今この場所で言うことはない。


 何故グラン国の兵がたびたび「見世物としての戦争であるにも関わらず無謀な奇襲を仕掛けるのか」――。


 今回の場合は他国が絡んでいるが、彼らだけではここまでのことはできない。つまり、内通者がいたのだ。

 ティーは思う。


「あれは我が弟ながら、かなりの莫迦だ」

 ――彼らが真に求めているのは、扉でも国の勝利でもない。

 つまり、彼らはあくまでを前提にしているのである。


***


 ティーが会場の外に出ると、ちょうどヴィルがエル・システムのハッチを開けたところであった。

 自国から輸送したエル・システムが到着するまでなんとか持ちこたえたものの、その後は電力不足により会場近くに不時着したのだ。

 ティーが迎えに行った頃にはすでに大半のコクーンは退却し、エル・システムも拠点へ帰還し始めていた。


 ヴィルが下へ降りようとしたところ、ティーが下から「そのままでいろ」と合図を送った。ヴィルがきょとんとしていると、ティーが機体脇に備え付けられているメンテナンス用の扉を開ける。中には作業用に簡易的な梯子があり、彼は梯子を登ってヴィルの隣までやってきた。


「どうだった? この機体は」


 ヴィルは金髪を掻きあげながら微かに唸り声を上げる。


「普通のエル・システムの方がマシです。実用化はしない方がいいと思いますよ」

「そうか」

 それじゃあ、とティーは笑う。「まだお前の手を借りないといけないな。頼んだぞ、左院特吏」


 ヴィルはええ、と微かに言葉を濁し、それからぽつりと消え入りそうな声色で尋ねた。


「あの、会場はどうなりましたか」


 乱闘騒ぎがあったあの場所で発表会など続けることなど到底無理な話であった。そのままお開きになったことを伝えると、ヴィルは「よかったぁ」と心底安心した様子で機体にもたれかかる。

 怪訝な顔をしたティーに、ヴィルは言う。



 その一言に、ティーはようやく納得した。本来ならばダンスの催しが式の後半に予定されていたのである。要するにヴィルは本気で踊りたくなくなかったのだ。


「お前、下手だもんな」


 そう言い放った刹那、ヴィルの拳が飛んだのは言うまでもない。

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青のスクルプトル 依田一馬 @night_flight

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