41. また勇者が転生してきたけど、もう魔王はいない。

「……」


 バルクは巨大な虹がかかった空を見つめ、じっと立っている。


『ありがとうバルク。みんなの居場所を守ってくれて』

「!――タクミ!」


 見渡したがその姿はない。だが、とても近くにいる気がする。


「すまねェな。おまえだけ、守れなかった……」


 バルクは声を震わせながら謝罪をして、大粒の涙が流れ始めた。


『謝らないでよ。君は約束通り、リキュアを守ってくれたじゃないか』

「アルクラント城で、俺はタクミに怒りをぶつけた。全ては世界を守るためだったのによ」

『いつの話をしてるんだい? 君は正しい道を選んだのだからもっと胸を張るべきだろう』

「……」

(正しい道じゃねェ。本当はおまえも救いたかった……)

『それにバルク。魔王がいないからって平和になったとは言えないだろ?』

「ああ。魔王がいなくとも、また近い存在が現れる。居場所を守りあう戦いは続いていく」

『それが生きるってことだよね? しびれたなぁ』

「聴こえてたのかよ」

『その辺からね。魔王が動揺してたよ』

「へぇ、あの分からず屋も動揺してたのか?」

『うん』


 いつの間にか、バルクの涙は収まっていた。すると目の前に、小さな金の光玉が現れて浮上し始めた。


『……そろそろ、時間みたいだね』

「タクミ! ありがとな!」

『こちらこそありがとう! リキュアに来て本当によかった! これからも、みんなの居場所を守ってね!』

「ああ! 任せろ!」


 光の玉はどんどん上昇し、やがて見えなくなった。


「バルクー!」


 元気な声に振り返ると、ボロボロの制服を着たサヤが元気に走ってきた。後に続いて討伐隊の面々がゆっくりと歩み寄ってきた。



―*―……


「ここは……?」


 広いのか狭いのかも分からない上下左右真っ白な空間。そこに、白Tシャツにジーンズを履いたタクミが立っていた。


「――やぁ、浜中匠はまなかたくみくん。ご苦労さまでした」


 突然、黒髪ロングで白いワンピースを身にまとう少女が目の前に現れた。


「……お久しぶりです、リキュアの創造神」

「ご名答。やはり記憶が戻っているようですね?」


 創造神はタクミの顔を下から覗き込んだ。幼女の声と姿とはうって変わり、堂々とした立ち振る舞いだ。


「わたしは、あなたが地球で死ぬ一週間前から、アルクラントの訓練場に転生するまでの記憶を消したはずでした」

「……」


 神はタクミの周りをウロウロと歩き始めた。


「しかし魔王を討伐した三年前。あなた以外にも思わぬよそ者がリキュアに入りました。イレギュラーにイレギュラーが重なり、あなたの記憶を戻す出来事までもが起きたのです」

「転生人の魔王化ですね」

「その通りです。これは、リキュアで初めて起きた事例なのです」

「そして全ての元凶である黒幕が、まだリキュアに潜伏せんぷくしてるんですね?」

「ふふふ、やはり気付いていましたか」

「魔王を通じて気付きました。ガランドルは討伐隊を倒した後に始末するつもりでしたが、黒化の呪いをかけられました」

「現在、その魔王や神の目をあざむく存在がリキュアをかき回しています。ですが心配はありません。勇者と真勇者の二人がいれば、世界はあるべき姿へ向かうことでしょう」

「ええ、そうですね」


 神は立ち止まり、タクミへ真っすぐ向き直した。


「勇者タクミ、心からお礼を申し上げます。あなたが魔王の魂を封じ込めなければ、再び危機が訪れたことでしょう。リキュアを救っていただき、ありがとうございました」


 神はタクミへ深々と頭を下げた。


「いえ、むしろこちらからお礼を言わせてください。リキュアに転生して、人として生きる本当の喜びを思い出すことができました。ありがとうございました!」


 タクミも神より深い角度でお辞儀をした。


「ふふふ、どういたしまして」


 神はタクミの顔が上がるのを待った。


「それでは、あなたにもう一度、三年前と同じ質問をしましょう。人が生きるというのは、つらく悲しいことばかりですか?」


 タクミは満面の笑みを作り、口を開いた。


「生きる限り、つらいことは必ず起こります。だけど――」



―*―*―*―……


 魔王討伐から数日後のアルクラント近郊の墓地。『勇者浜中匠 世界を託し安らかに眠る』と彫られた白い墓石が設置された。今回の討伐メンバーとココ、そしてアルクラント王や兵士たちが並び、車椅子に乗ったテュラムが花束を置いた。そして全員が祈りを捧げ、数分が経過した。


「……まったく、肝心なことは言わずに去っていくヤツだ」

「テュラムも魔王の話は聞いてなかったのか?」

「本人の口からは聞いとらん。だが、怪しい言動はずっとあった。最後に会った時には、完全に悟っておったよ」

「……俺は事実を知るまで、タクミを理解してやれなかった。あいつはあいつの戦いをしてるのに、それも分からずに怒りをぶつけた。『イロアス』の活動を始めておきながら、タクミに偏見を持ってた自分が情けねェよ」

「バルク……」


 サヤは自分を責めるバルクの背中へ手をやった。


「それもタクミの望みだった。自らの努力を見せるのを拒み、周りに気付かれずに強くなる方法を常に考えておった。特に三年前は、よく机にかじりつきながら効率的な鍛練を考案していたものだ。だから剣の持ち方にも口出しせんかった」

「戦闘センスの塊だと思ってたが、努力センスの塊だったんだな。だけどよ、なんで堂々と見せねェんだよ」

「多分恥ずかしいんだし。格好悪い姿は見られたくないけど、強くなりたいプライドはあるんだろうね」


 急にエックスが会話に入ってきた。


「ガハハ! 誰のことを言っておるのだ?」

「さ、さぁ? 知らないし」

「さてはエクスくん、『ジュリーさんの修行は嫌だ!』って言いたいんだね!」

「なんだいエックス? 言うようになったじゃないか? それも男のプライドってヤツかい?」

「……うん。そうだよジュリーさん」

「――!」


 エックスがキッパリと言うと、予想外の返答に視線が集まった。


「……フン、やっと大魔導士の息子らしい顔になってきたじゃないか」

「うっそ! ジュリーさんが褒めた!」

「ありえないネ! 何かの間違いだ!」

「ガハハハハ! エックスもジュリーも成長しておるわい!」

「う、うるさいねぇ! 魔法使いにはプライドや思い込みも大事なんだよ!」

「またまたー。ジュリーさんも恥ずかしがり屋さんなんだから……」

「なんだい小娘? 文句があるならもう一度戦うかい!」

「いいけど負けないよ? じゃ、あっちの山に行こうか!」

「おいサヤ! やるなら違う日にしろ!」

「あ、そうだった」

「ククク……」


 ジュリーはしたり顔で笑っている。


「ガハハハハ! みんな元気でなによりだわい!」



―*―*―……


「セット……」


 アルクラント城の十階前方に位置するプールデッキ。夜に水着姿でスタート地点に並び緊張が走る中、箒に乗って浮かぶエックスが火の魔法を爆発させて合図をすると、『イロアス』のメンバーは一斉に飛び込んだ。


 最初は横一線だったが、徐々にプラノとココが抜け出していく。ゴール地点の上に先回りしたエックスは、タッチの瞬間を確認した。


「1位プラノ! 2位ココ! 3位サヤ! 最下位バルク!」

「はぁ、はぁ……やりましたわ!」

「速いぜプラノっち……完敗だぜぃ」

「うぬぬ……悔しい……」

「プラノ速すぎだろ。ていうかみんな速ェ」


 水着姿の四人がプールサイドへ上がってきた。すでにイロアス以外の討伐メンバーはこの場にはいない。


「それにしても自分勝手な連中だよな。アルクラントの祝勝パレードには参加しねェなんてよ」

「仕方ありませんわ。皆様お忙しいでしょうから」

「僕はむしろ、タクミの追悼ついとう式にそろったのが意外だったし」

 

 タクミの追悼式には討伐メンバーが勢ぞろいしていたが、パレードはイロアスのメンバーのみで行った。


「でもバルクもバルクじゃない? いくら発言する場があるからって、『魔王がいない環境に甘えたら駄目だ!』とか、『平和は自分たちで居場所を守りあって掴むものなんだ!』なんてさ。いきなり言われてみんなキョトンだよ」

「そうでもねェよ。拍手してる人もたくさんいたぞ」

「今分からなくてもいいんでぃ! いつか当たり前にしてやろうぜぃ!」

「ああ! そういうことだ!」


 バルクはプールサイドから城下町を見下ろした。いろいろな場所でお祭り騒ぎになっている。


「……今日になって、やっと実感が湧いてきたな」

「私も思った! これだけの人たちに喜んでもらえるんだって感動した!」

「こうやって歴史が作られていくんだし。サヤの活躍も、バルクの虹化も、未来へ語り継がれるんだ」

「えへへ、恥ずかしいな」

「あんまり覚えてねェんだよな。うーん、意識して使えるといいんだがな……」

「検証してみる価値はあるし。何かあるのは間違いないはず」

「私、次の敵は魔王以上にやばい気がする。だから、バルクの虹化をマスターするのはとっても大切だと思う」

「次の敵を倒しても、さらに強い敵が現れるかもしれねェ。平和を目指す本当の戦いはこれからだ。生きる戦いが続くからこそ、イロアスの活動を広めるんだ」

「うん!」

「はい!」

「がってんでぃ!」

「そうだね!」


 五人の目的は合致している。


「サヤっち! 翔空艦レースも頼んだぜぃ!」

「うん!――てかさ、その前に水泳リベンジしたい!」

「ふふふ、いいですわ!」

「なにその自信! 次は絶対負けないから!」

「へへん! 俺っちも次は負けないぜぃ!」

「まだやるのか? 俺はまだ体が回復してないんだが……」


 負けず嫌いたちの水泳大会はこの後も続いた。そして、プールの外でも彼らは戦い続ける。戦いの先に平和はないけれど、互いの居場所を守りあえる環境が平和なのかもしれない。どの世界でも、生きる戦いはずっと続いていく。

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また勇者が転生してきたけど、もう魔王はいない。 京国 辰典 @Aki_Kashiwagi

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