40. 世界に必要なのは、人間の皆殺しでもモンスターの絶滅でもねェ!

「グルルルル……何ダコレハ?……チカラガ溢レテクル」


 タクミの体は黒いオーラに包まれ、モンスターのようにうなりながら片言で話し始めた。


「とぼけんな! 黒化は貴様の仕業だろうが!」

「知ラヌ……我ハ今日目覚メタ……シカシ、素晴ラシイ」


 魔王は自分の両手を閉じたり開いたりしている。


「エックス、どういうことだ? 黒化はコイツが発生源じゃねェのか?」

「黒化は力を得る代わりに正気を失うはずだし。それを分かって自分にかけるとは考えにくいね」

「ククク! 面白いねぇ!」


 冥闇めいあんの大魔導師は、不敵に笑っている。


「グオォォォーン!」


 魔王が全身に力を入れて叫び出すと、黒いオーラが包む身体に魔族の角や羽根が生えてきた。深爪だった両手の爪までもが伸びた。


「何あれ! 超気持ち悪いんだけど!」

「三年前の魔王には角と羽根があった。タクミの体が、魔王になり始めちまってる!」

「グルル……モウ我ノ体ダ!」

「きゃ!」

「うわっ!」

「プラノ! エックス!」


 魔王は目に見えないスピードでプラノとエックスを蹴り飛ばすと、二人は数百メートル以上真横へ飛ばされていった。


「ただの力の足し算じゃなさそうだねぇ。ま、そもそもタクミの力も入ってるけどさ」

「感心してる場合じゃねェだろ! 来るぞ!」


 魔王は再び高速で移動し、身構えている全員の背後へ蹴りをお見舞いした。


「ガルルル……素晴ラシイ……」

「――魔力を取り込み圧縮せよ! ダークホール!」


 誰もいないはずの位置からジュリーの声がすると、黒い球体が現れて魔王を吸い込み出した。ジュリーは自分の幻影を作って攻撃を避けていた。


「ググル……闇ノ封印魔法カ……」

「魔力がある者であるほど引き寄せる空間さ! アンタの膨れ上がった力を封じるにはもってこいだね!」

「グワァ!」


 魔王が気合いを入れると、ダークホールをかき消した。


「ガルルル……シャー!」


 魔王はジュリーへ蹴りと爪攻撃で襲いかかった。ジュリーは幻影やテレポートでかわしている。


「やっぱりねぇ。得たものと引き換えに知能を失っているようだ」

「グオォ!」


 ジュリーは幻影に強力な設置魔法を仕込んでいると、魔王は爆発をくらった。


「ククク、この程度かい?」

「ガウオッ!」


 爆発に巻き込まれたはずの魔王は、再びジュリーを追いかけ回した。


「フン、そうこなくっちゃね。あの程度じゃ不満かい?」

「ガガガッ!」

「――!」


 急に魔王は何もない位置へ蹴りを入れると、身を隠していたジュリーが吹っ飛ばされ、姿を現した。


「や、やるねぇ――うっ!」


 魔王は吹っ飛ばされたジュリーの首を片手で掴んで持ち上げた。強く握った爪の力で首から血が滴り落ちた。


「勘違イスルナ。我ハ冷静ダ」


 ガランドルは空いた手の爪をジュリーの腹へ突き刺した。


「――!」


 地獄突きが体へ刺さったように見えたが、魔王の手から三大魔女の姿が消えた。


「もう、誰もやらせない!」


 ジュリーをテレポートで逃がしたサヤが、連続で出現させる火の設置魔法をミラーソードの回転で打ち出した。


小癪コシャクナ娘メ!」


 魔王は空中で高速移動しながら魔法をかわし、ミラーソードへ向かった。上下左右に打ち分けてくる火炎玉の千本ノックを避けきれず、ガランドルはいくつも被弾しつつ金の小手で受けながらも、最後にはミラーソードを蹴飛ばした。


「かかった! くらいな、メガエクリクシー!」


 ジュリーの声が聞こえると、地面に仕掛けられた闇と火を合わせた設置魔法が発動し、巨大な大爆発とともにキノコ雲が巻き起こった。


「やった……よね?」

「威力はアンタのシューティングデイスター以上さ」


 再び周囲を包む黒煙が徐々に晴れていく。そして、羽根と角が生えた人型が浮かび上がってきた。


「ククク!……ガハハハ!」

「嘘でしょ?」

「化け物め!」


 ジュリーは闇属性、サヤは金のレーザーを撃ちまくった。しかし、魔王には黒い膜が包み無効化している。


「効カヌ! 効カヌゾ! ココマデ差ガアルトハナ!」


 魔王は両腕を左右に開き、勢いよく前方で手を合わせて音を立てた。


「きゃあ!」

「くっ!」


 手を叩く音とともに、サヤとジュリーの体が爆発した。


「なに今の? 急に爆発するなんて……」

「厄介だ。魔力に反応する爆発だねぇ」

「ソノ通リ。ナンジラニ勝チ目ハナイ!」

「痛い!」

「くっ!」


 魔王は何度も両腕を広げては手を叩き、サヤとジュリーの体は爆発を起こした。サヤが金の膜を張ったが、体の内側から爆発をしているようで防ぐことができない。


「た……すけ……」

「グワッハッハッハ! 助ケナド存在セン!」

「やめろ!」


 魔王はバルクが背後から斬りかかったのを察知し、振り向いて白羽取りをした。


「フン、魔力ガ無クテ良カッタナ」

「そうだな。俺は魔法が使えねェからこそ、三年前の悔しさがあったからこそ、ここまで強くなれた!」


 魔王は大剣を突き放し、高速移動しながら爪と蹴りの攻撃を繰り出した。バルクは攻撃を大剣で受けながら、反撃するタイミングを伺っている。


「ククク、手モ足モ出マイ!」

「……ふっ」

「何ガオカシイ!」


 攻撃を受けながらバルクが不敵に笑うと、魔王は攻撃のスピードを上げた。しかし、バルクは大剣ですべてをさばいている。


「分からねェのか? 最初の蹴りで俺は無事だった。貴様がこれだけスピードを上げても、喋る余裕すらある」

「図ニ乗ルナ!」


 魔王が口から黒い炎を吐いた。バルクの方へ向かったが、体の近くで反射して魔王に直撃した。


「何ィ!」

「預かってきたからな。みんなの力を!」


 バルクは畳み掛けるように攻勢に出た。よく見ると、身体に圧縮された空気のような風をまとっている。


「マサカ、圧空アックウ波動流ハドウリュウカ!」


 魔王はバルクの連続斬りを受けきれず、黒いオーラの体に傷が入りだした。


「それだけじゃねェ! プラノとエックスの補助魔法、ベルガの特製強化ドリンクも飲んだ。――なにより俺は、みんなの思いを背負って戦っている!」

「思ウチカラナゾ、タダノ幻想ダ!」

「そういうことかい! アタイらも補助するよ!」

「うん! バルク受け取って!」


 ジュリーの身体能力強化魔法、サヤの継続回復魔法を受け、バルクの体はカラフルに輝き始めた。


「……コノ輝キ、ナンジハ何者ダ?」

「貴様が見下していた、ただの剣士風情ふぜいだ!」


 さらに身体のキレが増したバルクは、素早さや攻撃力において、魔王と互角以上に戦い始めた。魔王は羽根を使って空中へ回避をしたが、イルの力を借りているバルクは制限なくジャンプをして魔王を追いかけた。


「アリエン! 黒化シタ我ガ回避ニ回ルダト!」

「勇者の体も、黒化も関係ねェ! 貴様が全部間違ってる証拠だよ!」


 魔王は黒化したレーザーを全身から放ったが、バルクは大剣を一振りすると光を切り裂いた。そこに魔王は間髪入れず近接攻撃での反撃を開始した。


「生意気ナ人間メ!」

「貴様が誰であろうと、誰一人として他の人間を見下す権利はねェ! あめあられやいばの嵐!」

「ググギギギギッガァ!」


 バルクは無数の突きを四肢に繰り出して動きを封じ、嵐のように魔王を切り刻んだ。魔王の近接攻撃とは対照的に次々とダメージを与えた。


「ガハァ!」


 魔王は為す術なく連撃後の払い斬りまでまともに受け、動けなくなり仰向けに横たわった。その横に歩み寄ったバルクは、首元に大剣を向けた。


「俺は人間の可能性を信じ、世界一のパーティがくれた力を信じている。それが貴様と俺の差だ。そして今の技は、俺を人生のどん底から救ったテュラムの技だ」

「……笑止。信頼ナゾ一瞬デ砕ケ散ル」


 苦しみながらも魔王は答えた。


「砕け散るようなもんは本物の信頼じゃねェよ。――ちょっとやそっとじゃ砕けねェ、相手を信じて頼る気持ち。それが本物の信頼だ」

「人間ドモハ裏切リ合ウ。ナンジノ主張ハ夢物語ダ」

「俺も三年前、他人に絶望した日があった。けどすぐに、そうじゃねェ人もいるってテュラムに教えてもらった。俺たちが背中を預け合えるように、支え合って生きる人間関係は存在している」

「モウヨイ。セイゼイ他人ヲ信ジテ裏切ラレルガヨイ」

「……」


 魔王は赤い目を閉じて覚悟を決めた様子を見せた。バルクは大剣を掲げ、振り下ろした。


「バルク! 危ない!」

「なにっ――!」


 バルクが後ろを振り返るのと同時に、転移魔法でピンクセーターの背中が被さってきた。さらに奥には紫色になった魔王がいて、片手が女子の脇腹を突き刺していた。


「……バルクは生きてね……私にとっての……勇者だから……」


 痛みがあるにもかかわらず、サヤは右手をバルクの胸に添えて金の補助魔法をかけた。


「サヤ! しっかりしろ!」

「ガガガゥ!」


 紫魔王はサヤを抱えるバルクの背後へ再び高速移動し、手で突きをした。


「――!」


 しかし、バルクを捉えたはずの手は空を切り、姿が消えた。魔王は首を振って見渡したが気配がない。


「――許せねェ……貴様だけは、絶対に許せねェ!」


 声がした方向を見ると、怒りに満ちた表情のバルクが突如現れた。補助効果を複合した虹色の光が輝きを増し、紫色の雲が覆う周辺をまばゆく照らしている。サヤはプラノの所へ避難させたようだ。


「……ソノ光ハ、一体何ダ?」

「……」

「――!」


 バルクは無言のまま魔王の背後を取り、戦闘が再開した。討伐隊の面々はサヤを治療するプラノの周りに集まり、戦況を見守っている。


「何だいあのスピードは! あれがバルクだって言うのかい!」

「速すぎて、まるで転移をしてるようだネ」

「強化魔法をたくさんかけたにしては効果があり過ぎるし! 金のシールドまで斬撃で引き裂くなんて有り得ないよ!」

剛強無双ごうきょうむそうの輝き。……まさか、真勇者伝説?」

「!――」


 イルの発言に、全員が言葉を失った。


「……『有なる者から無なる者へ、多大な有なる力が交わる時。神の力が宿り、真の勇者が降臨するであろう』――まさか、『有なる』と『無なる』は魔法の力を指してるって言うのかい?」

「だとすればバルクは『無なる者』だし。あの虹の輝きが神の力なら、真勇者伝説の通りじゃん」

「まるで相反する力だネ。黒化と紫化はネガティブな感情を集めて強くなるようだけど、バルクの輝きは期待や希望を集めたポジティブな力のようだ」

「バ……ルク……ゴホっ! ゴホっ!」

「サヤ! 話してはいけませんわ! お気を確かに!」


 プラノの回復魔法が効かず、サヤが血を吐いた。その様子を超高速戦闘中の魔王が見ていた。


「ククク、他人ヲカバウカラダ。短命ナ勇者メ」

「貴様に何が分かる!」


 バルクはさらに連続斬りのスピードを上げると、紫色の魔王は再び防戦に回った。


「サヤはな! 自分の故郷でもないこの世界を守るために、貴様と戦いに来た! 他人のために自分を犠牲にできる、素敵な女の子なんだよ!」


 魔王は大剣を両手の長い爪で止めた。力の押し合いでギリギリと音を立てている。


「ダガ死ンデハ無意味ダ! 勇者ラシイ行動ガアダトナルトハ、バカナ娘ダ!」

「バカなのは貴様だ! 人の可能性に気付かず、自分の殻に閉じこもり、関わりのない人間をも殲滅せんめつしようとしている! 世界に必要なのは、人間の皆殺しでもモンスターの絶滅でもねェ! 全員の居場所を守りあうことだ!」

「コノ速サ!……グオォ!」


 バルクが連撃を再開すると、魔王は止めきれずにダメージを受けた。


「それぞれの居場所を守ればリキュアは続いていく! 戦いの先に平和があるんじゃねェ! 互いの居場所を守るために日々戦うこと――それが生きるってことだ! だから俺は! 俺たちの居場所を! 全生物の居場所を奪おうとする貴様は絶対に許せねェ! しんあめあられやいばの嵐!」


 バルクの大剣に虹の光がまといながら、無数の突きと斬撃が繰り出された。


「そこだ!」

「グ、グホッ!」


 魔王は幻影を囮にバルクの背後に回ったが、振り向き斬りをくらった。


「……グルルルル……魂ヲモ切リ裂クチカラ……我モ手ニシテイレバ……」

「貴様じゃ、千年生きたとしても手にできねェよ」

「!――……」


 バルクがトドメの心臓突きをすると、魔王の魂とタクミの体は消滅した。紫雲が包んでいた空は一気に青空が広がり、世界を一周するかのような巨大な虹が出現した。

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