『DRL』奇行学生日記

拾捨 ふぐり金玉太郎

烈風!!部活棟二〇三号室

「しまった、寝過ごした!」


 飛び起きるなり一瞬で状況把握した俺は開幕ダッシュ。


「おー、あさひ、おはよう」

「よく寝てたね天原あまはらくん」


 廊下ですれ違うクラスメートが声をかけてくるが、今は返事する間も惜しい。

 早く、早くしなければ。


――購買のパンが売切れてしまうその前に!



「あらまあ、お気の毒」


 揚げて砂糖をまぶしたパンの耳(一袋30円)をモソモソ咀嚼する俺に、やたらガタイのいい男が声をかけてくる。


彰吾しょうごてめえ、後ろの席なんだから起こしてくれよ」

「どうして委員長のアタシが昼休みまで爆睡イネムリしてる問題児のモーニングコールしてやんなきゃいけないのヨ」


 このオネエ口調のガチムチ野郎は、宇頭芽うずめ彰吾しょうご


 子供ガキの頃から腐れ縁で、二人してここ採掘都市立・堂理流ドリル学園に進学した。

 受験勉強で燃え尽きた俺は落ちこぼれ寸前だが、コイツは二年生の今まで学年トップを維持し続けている。


「そんなオヤツ感覚のパンで足りるの?」

「足りるワケねえだろ。放課後、ラーメン付き合えよ」

「残念だけど今日はパスね」

「部活か。別に強制でもないってのに、ご苦労なこった」

「三年間しか無いンだから、時間は有意義に使わないとネ。居眠りと買い食いだけで毎日過ごすなんて勿体無いじゃない?」


 この野郎、毎日飽きもせずお決まりの言葉を投げてきやがる。相手にすりゃ腹が減る。無視だ無視。


 パンの入っていたビニール袋を丸めてゴミ箱へ投げ入れると、フチに跳ね返って床に転がる。

 俺は舌打ちして不貞寝を決め込んだ。



――ああ、それにしても腹が減った。今の俺は、何腹なにばらなんだ?


 孤独なグルメ野郎ボーイこと天原あまはらあさひは、つまり俺は、空腹のうちに午後の授業を耐え抜いて今。

 ラーメン屋か牛丼屋の二択を思案しながらフラフラと校舎の階段を下っている。


 腹が減ると、どうにもいけない。考えはまとまらないし、注意力も散漫になる。


「きゃあ!?」


 だからこんな風に、不幸にもはち合わせた女生徒とぶつかってしまうのだ。

 しかも制服のスカーフの色からして、上級生センパイだ。


「あ、す、すんません……!」


 ふらついて歩いていたから、人とぶつかれば前のめりに転んでしまうわけで。

 ぶつかったのは不幸だったのだが、部分的には幸運ラッキーだったと言えなくもないわけで。


 要するに、気がついたら俺は眼鏡の似合うクールビューティーな先輩を押し倒す格好になっていたのです。

 ええ、ええ。セミロングの黒髪からはシャンプーの良い匂いがしました。


 きょとんとした顔の女生徒と目が合う。彼女も自分の置かれた状況をようやく把握したようで、色白の頬にうっすら紅がさす。


「ねえ、早くどいてくれる?」


 見た目通りの涼やかな声に、いろんな意味でボンヤリしていた思考が現実に引き戻される。

 気がつけば、通りがかった生徒たちの視線は俺達に集中していた。特に俺に向けられた視線の中には割と殺気も感じる。


「すんませんでした!腹減ってて、前よく見てなくって!」


 立ち上がり即、全力で頭を下げる俺。メガネの先輩女子生徒はゆっくりと立ち上がり、スカートの埃をはらいながら俺の後頭部を見下ろす。


 突き刺さるメガネ越しの視線の冷たさ鋭さときたら、どうだろう。


 わかるだろうか。

 メガネ女性のメガネを通して出る力が。メガネは力なんだ。この宇宙を支えているものなんだ。それを――


「言い訳は結構よ。公衆の面前で女性に恥をかかせたのだから、それなりの償いはしてもらうわ」

「あ、すんません。聞いてませんでした。その、ちょっと右脇腹にある浪漫回路がですね」

「……いい度胸してるじゃない。ちょっとついて来なさい」


 踵を返した女生徒の黒髪がひるがえり、またしても良い匂い。


 一体俺はどこへ連れて行かれるのだろうか。

 示談の条件を言い渡されたりするのだろうか。


 これから起こるであろう不穏な仕置きに、俺の胸は高鳴って。

 あれほど難儀していた空腹感も、いつの間にか霧散していたのだった。



薙瀬ながせ先輩?ここって」


 道すがら互いに自己紹介を済ませ、辿り着いたのは本校舎の北にある旧校舎だ。

 現在は文科系の部活動が部室として使用しているので、通称『部活棟』と呼ばれている。


ゆうでいいわ。私も旭君って呼ぶから。あなたには私達の部活動を“体験”してもらう。それが、“許す”条件よ」

「体験……そんだけッスか」

「ええ。ただぶつかって転んだだけだもの。それくらいが妥当でしょ?」


 そう言って薙瀬ながせゆう先輩は、メガネのブリッジに細い指先を添えて微笑む。なんてメガネっ娘指数スピリットが高い人だ。

 許しの条件も拍子抜けするくらい普通だし、今日のことは良い思い出になるかもな。


「ここが部室よ」

「総合……偏修へんしゅう部?」


 名前から内容が想像できねえ。

 

 先輩に続いて部室へ入ると、既に一名、先客が居た。


「遅くなりました」

「いつも一番に来る君にしては珍しいな、薙瀬……おや、彼は」


 ホワイトボード近くのパイプイスに掛けていた教師の視線が俺を捉える。


「私は穿地うがち穿地うがちげん。これから先、お前に地獄を見せる男だ」

「いや担任だから名前知ってるって」


 変人国語教師と評判の担任教師。

 なぜか白衣を着て現代文の授業をやる変態である。部活の顧問やってたんだこの人。


「帰宅部筆頭の天原がここへ来るとは、どうした」

「ああ、それはッスね――」


「穿地先生、彼、今日から入部するそうです」


――なに言ってんの、この人。


「今日、いきなり廊下で押し倒されたんです」

「穏やかではないね」

「おい、ちょっと待って」


「とても怖かったです」

「それは辛かったろう」

「待てって」


「私には既にお付き合いしている人が居ると伝えたら、それならせめて同じ空間に居させてくれと言うので。ギリギリの交渉の結果です」

「そんなこと言ってねえ!ちょっとぶつかった詫びに体験だけって話だったでしょうよ!?あと、彼氏居るんスね……」


 夕先輩の人望は厚いらしく、穿地は彼女の話に疑うことなく耳を傾けている。

 これってアレか。美人局ってヤツか。どうにかして逃げ出さないと。


「お願いです、部を抜けさせてください!」


 ちょうど俺が言おうとしていた言葉が、薄壁隔てた隣の部屋から聞こえてきた。


「ボクたちは薙瀬先輩のメガネに惹かれてきただけなんです!」

「お願いします、国主くにぬし部長!退部を――!」


 二人の男子生徒が口々に悲痛な訴えを叫んでいる。

 どうやらこの部の部長が向こうの部屋に居るらしい。


「そうか。君たち、そんなに部を辞めたいのか」


 怯えすら滲む退部希望者の声とは対照的な、落ち着いた爽やかな男の声が壁越しに響く。


「一度この総合偏修部の内部を知って――あまつさえ僕の薙瀬夕かのじょに色目を使って――タダで抜けられると思っているのかぁ~!」


 爽やかボイスが一転して荒ぶる鬼のようになる。


「ヒィィ!まだ一回しか妄想ズリネタにしていないです!」


 バリィ、と顔の皮でも剥がしたような音と悲鳴。

 直前に口走ってた内容的には、まあ、うん。妥当。


「ぼ、ぼくはメガネっ娘では妄想かないようにしています!」


 ガタガタと物音足音がする。向こうの部屋にはもう幾人か生徒が集まっているようだ。


「目だ!」


 国主とかいう部長の鋭い声。目に何したんだろう。


「耳だ!」


 続けて耳。更に。


「鼻!」


 どうしたんだよ。目と耳と鼻をどうしたんだよ!?


「ワイドショット!」


 最後のはどういう事だよ!?光線出せるの?

 悲鳴も何も聴こえてこなくなったし。向こうの部屋で何があったんだ。


 隣室から漂うイリーガルでバイオレンスな気配に戦慄していると、ガラッと音を立てて扉が開いた。

 どやどやとなだれ込んでくる制服姿の男達数名。ヤバい。こんな大勢いたのかよ。


「う……ん、なんとすばらしい連続動作だ」

「すごいの一語に尽きる」

「流石、この部活棟が一部では『明彦あきひこの校しゃ』と呼ばれるだけのことはある」


 感心しきりに褒め称えるモブっぽい連中の中心に、いかにも爽やかそうな長身の男子生徒が居た。

 間違いなく、この人が部長なのだろう。国主くにぬし――明彦あきひこっていうのか。


「やあ、夕。来ていたのかい」


 名を呼ばれた夕先輩の表情がパァと明るくなる。さっきまでの物音どういう気持ちで聴いてたのかな、このヒト。

 向こうの部屋での鬼気迫る声から打って変わって理知的な感じの国主明彦が、見慣れぬ俺の姿を捉える。


「明彦さん、彼、天原旭君。入部希望者なの。ね?」


 無邪気に目配せしてくる夕先輩だが、眼鏡の奥の涼やかな眼は笑っていない。

 俺は、うなだれるようにして頷くしかなかった。


「へぇ。それは嬉しいな」

「あのー、国主先輩?向こうの部屋では一体何を――」

「アラ旭。部活始めるの?」


 意を決してマジで地獄見せてきそうな先輩に質問しようとした矢先、聞きなれた野太い声が割り込んできた。


「彰吾。お前まさか」

「まさか、って何よ。アタシも総合偏修部そうへんの部員ヨ」

「なるほど。君が彰吾がいつも話す旭君か」

「ちょ、ちょっと部長!それ、内緒って!!」


 彰吾がうろたえながらブッとい腕をバタバタさせる。

 やめろ。そういうリアクションはマジやめろ。顔も赤らめんな。


「べ、別にアンタの事なんか何とも思ってないンだからね!?」


 やめろや!


「まあまあ旭君、中指を収めて。せっかく来て貰ったんだ、今日は気楽に見学していってよ」

「それは、そのつもりッスけど……先輩、さっきは向こうの部屋で何を?」


 おそるおそる尋ねる俺を見て、国主先輩は爽やかに微笑んで答える。


「お仕置き、だよ」


 コワイ!


「部長。たぶんコイツ勘違いしてるワ。旭、アンタが想像してるような事やってないから安心なさい」

「へ?」

「幽霊部員にカツを入れただけヨ。スネに貼ったガムテープを剥がして、乳首から腹にかけて油性ペンで顔を描いただけ」

「最後のワイドショットは?」

「輪ゴムを飛ばしたのさ」


 ウィンクする国主先輩が、人差し指でクルクルと輪ゴムを回してみせる。

 彼が輪ゴムと称するゴムバンドは、幅が1センチくらいあった。ああ、ワイドってそういう。



 生徒同士の会話が一段落したのを見計らって、顧問の穿地が手をパンパン、と叩いた。


「さあ、始めよう。“批評会”を始めよう」

「批評会?」

「各自が持ち寄った個人作品を評価しあうのだ」

「評価してどうするんスか」


 未だこの部活が何をする部活なのか――制服姿で室内に居るってことは運動部じゃなく文化部なんだろうが――見当もついていないので、基本的なことを訊いてみる。


「きっと素晴らしいことだよ」


 いきなり終わるなよ。


「伝説未完――」


 終わるなよ!終わってねえけど!


「お互いに評価しながら作品の完成度を高めていくのよ」

「しかも、何を作るかは各自の自由なんだ」


 ちゃっかり隣り合って座っている国主・薙瀬ペアが端的に説明してくれる。


「ええと、一番、敷島。改造エアガン作ってきました」


 部員の一人が、持ってきたデカいバッグを開く。

 中にはどっちゃりと何だかよく分からないガラクタが詰め込まれている。


「まずは、この傘。見ていてください」


 敷島が誰も居ない方向の壁に傘を向け、柄のスイッチを押す。

 バシッ、という音と共にコウモリ傘の骨が前方へ飛び出し、合計八本が壁に突き立った。先端がモリみたく尖らせてあるようだ。

 他の部員たちからおお~、と声があがった。


「しかも残った部分は電気が流れます!」


 カサの先端もよく見れば電極のようなものがついていて、青紫色のごく小さな火花が散っている。


「あと、これもイチオシ。僕の腕を型取りして仕込み銃にしまして。自分の手と握手しながら弾が出ます」

「へぇ。発展させていけば全身作れそうだね?」

「はい部長。そのつもりで製作続けてます。目標はダッ○ワイフ型の複合武器です!」


 発表を終えた敷島君に一同が拍手を贈る。


「旭君。彼に何か質問あるかい?」

「へ?あー、えっと。弾の勢いけっこう凄かったけど、どうやってんの?ガス?」

「弾はねえ、まず花火を買ってきてね。それから」

「ああ、やっぱいい。それ以上言わなくていい。聞かせないでくれ!」

「おっと、いけない、いけない。これはナイショだった」


 肩をすくめる敷島。他の部員はといえば和やかに笑うだけだ。


「次は夕だね」


 部長に促され、この部室で紅一点の夕先輩がたおやかに立ち上がる。

 脇にはいつの間にかデカめのスケッチブックを抱えていた。


「先月に引き続き、絵を描いてます。今日はその経過を。まだ線画までですけど」

「あー、似合う似合う。夕先輩、美術部っぽいッスもんね」

「アンタ、眼鏡女性を美術部とか図書委員で括るタイプでしょ」


 何だかんだでこの雰囲気にも慣れた。彰吾と無駄話を挟む余裕も出てきている。


 しかし、夕先輩の作品が絵というのは本当にイメージ通りだ。

 イーゼルに立てかけたキャンバスに、絵筆でもって美しい風景を描く姿は想像するだにしっくりくる。


「絵って感想言うの難しいかもしれないけど、お願いします」


 控え目な言葉を添えてスケッチブックを広げる。


「こ、これは!!」


――描かれていたのは、鬼気迫る筆致で描かれた凄惨な拷問風景だった。


 二枚繋げて見開きにしたスケブの隅々にまで、血液を搾り取られ苦悶する人びとが描き込まれている。

 責め苦の方法も一様ではなく、巨大な万力で押しつぶされる者、トゲだらけの石臼に挽かれる者、手足を上下に固定されて雑巾みたいに絞られる者と。


 表向き涼やかなメガネ美少女のいったい何がここまでさせるのか、というほどの圧倒的な絵だ。


 だが不思議と――“ドン引きだ”などとは思えなかった。

 それどころか、俺は彼女の描き出した地獄の光景に最初は圧倒され、その次にじわりじわりと呑まれていくような――惹き込まれていくような。

 そんな心地さえして。


「フフ、ありがとう、旭くん」


 声をかけられ我に返ると。

 

 夕先輩が微笑みかけてきているのに気がついて、ぞくりとした。

 どきりとする場面だったかもしれないが、ぞくり、だった。


「おや旭君。まさか引き込まれてる?ねぇ?」


 そんでもって、部長の変な裏声の「ねぇ?」で一気に現実に引き戻された。それはとても静かに。


 批評会はその後もつつがなく続いて。

 最後は国主部長が10個くらい作ってきた植木鉢からチンコを生やした馬鹿オブジェを、一同が異口同音になじり締めくくられた。



「どうだ、天原。わかったか?」

「何を」


 なんかドヤ顔してくる穿地。

 今日一日の見学でわかったことと言えば、この学園にはヤバい連中がずいぶん潜んでいたんだな、ってことだ。

 ちなみに筆頭は国主部長だ。


「この部活の活動意義だよ」

「カツドー意義、か。んー……」


 ああ、そうか。


 そう訊かれると。

 なんとなくだけど、わからない、なんて言い捨てらんないかも。


「理解せずとも感じているようだな。いい反応だ、ああ、素質がある。お前の気付きを言語化してやろう」


 ようやくノッてきたのか、顧問の穿地は授業中によく自問自答の口癖を交えて話し始めた。


「そう、ここに集まった者たちは各々が極端に全力で物事に打ち込んでいるのだ」

「全力で、打ち込む……」

「ある人は言った――若者よ、真剣に取り組んでいるものはあるか?命がけで打ち込んでいるものはあるか?ドリームキャストしろ、指が折れるまで。あるいはLRトリガーの付け根が折れるまで――と」


 結構すぐ折れるじゃねえかソレ、と思ったがここでツッコむと俺が空気読めない感じになるので呑み込んでおく。


「既存の部活動の枠組みに興味の対象が当てはまらぬ学生に、真の青春を謳歌させる。そのためにこの部を作ったのだよ。ああ、そうだ。そうしなければ男子テニス部の顧問にさせられるところだった」

「大人特有の本音と建前が見事に融合していますね、穿地先生」

「レッドアンドブルーの非対称こそが人間の証だぞ、国主。ギルの笛の音をトンチで切り抜ける辺りに人生の真理があるとも言える」


 穿地と国主部長は二人でボソボソ何やら言いあい、ウフフ、アハハ、と小声で談笑し始めた。

 この二人、ずいぶん気が合うようだ。


「で、その穿地先生は何に打ち込んでんの?顧問なんだから活動にゃ参加するんでしょ?」


「私か?知りたいか、そうか知りたいのなら教えてやろうか。私が打ち込んでいるもの。偏って修める対象――それは」


「それは?」



「それは」

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