重い女の重い想い

蒼山皆水

重い女の重い想い

「ごめん。俺、スレンダーな人がタイプなんだ」

 目の前の女の目に、涙が溜まっていく。

 いやいや、ふざけんな。泣かれても困るんだよ。今、かなりオブラートに包んでフッたぞ。本音は『失せろ、デブ』だぞ。


「そう……ですよね。すみません。どうしたら、先輩と付き合えますか?」

 おとなしそうな見た目とは裏腹に、かなりしぶとい女らしい。というか、話が通じてない。彼女に聞こえないように舌打ちをする。


 バッサリ切り捨てなかったのがダメだったのだろうか。そんな女には、無理な要求を突き付けてやればいい。自分に可能性がないとわかれば、おとなしく身を引くだろう。


「今、体重はどのくらい?」

 普段なら女性に体重など決して聞かないが、今だけは別だ。これで嫌われても、痛くもかゆくもないし、むしろ都合がいい。

「63キロです」

 彼女は、真っすぐに俺の目を見て答えた。嘘は言っていないようだ。


「一週間で8キロだ」

「え?」

「お前が一週間で8キロやせることができたら、考える」


「本当ですか?」

 目をキラキラと輝かせる。もうそこに涙はない。

 この女、バカなのか? 一週間で8キロなんて、無理に決まってるじゃないか。でも、彼女の希望に満ち溢れた表情は、俺をぞっとさせた。


 俺、保科研斗ほしなけんとは、モテる。

 そこまでイケメンというわけではないけれど、雰囲気というか、オーラみたいなものが女性の心をくすぐるらしい。過去に付き合っていた女性の9割がそう言っていた。

 ただ、その女たちはことごとく、飽きたと言って別れを切り出すのだ。誰も俺をずっと好きではいてくれない。でも、それでいいと思っていた。俺は、人に愛されることを諦めた。


 大学三年生の現在、特定の恋人はいないけど、週末は女性に誘われるまま、デートに出かけていた。相手は、とっている授業が一緒の子だったり、バイト先のフリーターのお姉さんだったり、飲み屋で偶然知り合った社会人だったりした。俺の女癖が悪いという噂でも広まっているのか、遊び相手だと割り切られているのかはわからないが、不思議と交際を申し込まれることはなかった。


 そんな中、俺に告白をしてきたのが、彼女だった。名前は都亜澄みやこあすみ。俺の所属するテニスサークルの後輩で、大学一年生。

 よく言えばぽっちゃり、身も蓋もない言い方をすれば、デブ。ただ、顔立ちは悪くない。というか、痩せればかなりかわいくなるのではないかと思った。

 それだけに、どうしても体型が気になってしまう。あのときはすっぱり断ったけど、もし本当に一週間で8キロ痩せたら付き合ってもいいんじゃないか、くらいには思う。




 あのやり取りから六日が経った。約束の一週間まで、あと一日だ。

 都亜澄とは会ってもいなかったし、全く連絡も取っていなかった。週に3日あるサークル活動にも顔を出さない。


 無理なダイエットでもして、倒れていなければいいと思った。彼女を心配しているわけではなく、俺のせいになるのを恐れているだけだ。俺が痩せろと言ったせいで彼女が倒れた、なんてことになったらまずい。こういうときの女子の団結力といったら、国一つ滅ぼせるんじゃないかっていうくらい強大で、俺がサークルにいられなくなることは確実だ。もしかすると、大学でも居心地が悪くなってしまうかもしれない。


「先輩、お久しぶりです」

 後ろから声をかけられて振り返ると、都亜澄が立っていた。彼女は見違えるように痩せていた。


「み、都か?」

「はい!」

「その、かなり痩せたな」

 体だけではなく、顔の輪郭もシャープになっていた。元々整っていた目鼻立ちも相まって、普通にかわいいと思ってしまった。


「4.5キロ減です」

 彼女は嬉しそうに報告する。体重も相当減っているようだ。

「かなり頑張ってるみたいだな。でも、結構厳しい数字じゃないか? あと一日で3.5キロは、奇跡でも起こらない限り無理だろう」


「奇跡は起こるものじゃなくて、起こすものですよ。私、絶対先輩の彼女になりますからね」

 そんな風に、ストレートに好意を伝えられることに、俺は慣れていたはずなのに、今までにないくらいドキッとしてしまった。


 その笑顔は、本当に奇跡を起こせるんじゃないかと思えるくらいに輝いていた。

 頑張る彼女の姿に、俺の心は動かされていた。そんな彼女に、少し惹かれていたことも認めなければならない。




 翌日、彼女は俺の家に来ていた。

 一人暮らしの男の家にのこのこやって来るなんて、大丈夫なのかと思ったけれど、俺に好意を抱いているのだから別に問題はないのか。


「それじゃあ、測りますね」

 彼女の前には体重計。

 俺は、それを右側から見守っている。

「ああ」


 55キロより下であれば、ダイエットは成功。都亜澄は、俺の彼女になる。

 正直、絶対に無理だろうと思っていた。けれども彼女は諦めずに、俺と付き合うために努力をした。


 この子なら、一途に俺のことを好きでいてくれる。そんな気がした。

 俺は、彼女のダイエットの成功を心の底から願ってしまっていた。


 彼女が体重計に右足を乗せる。左足を乗せようとして、彼女はよろけた。

「大丈夫か?」

 慌てて横から支える。

「はい、すみません」

 どのくらい食べていないのだろうか。昨日からさらに痩せた気さえする。


 体重を測り終えたら、彼女と何か食べに行こう。もし彼女が8キロ痩せていたら、恋人としての記念すべき初デートだ。仮に痩せていなくても、残念会と称して食事に誘い、その帰りに俺から告白しよう。


 彼女は体重計の上に立った。

 デジタルの表示が、増加と減少を繰り返す。

 俺は胸の前で手を組んで祈っていた。

 彼女は目をつぶって動かない。


 そして、表示が止まった。


「……都、お前……」

「やっぱり、ダメでしたか?」

 沈んだ声。

「いや、見てみろ! ちょうど55キロだ」

「えっ!?」


 奇跡が起きた。

「じゃあ、私、先輩と――」

 涙を流していて、続きは聞き取れなかった。今度はうれし涙だ。

「ああ。よろしくな、亜澄」


「そうだ。これからずっと一緒にいる人なので、このことを知っててもらわないとですよね」


 彼女は、セーターのを持ち上げて、はにかんだ。


「私の左腕、ちょうど3.5キロだったんです」


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重い女の重い想い 蒼山皆水 @aoyama

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