3 逃避

 左腕の肩から先がない。その事実を俺の頭が認識するのには、時間がかかった。認識すると同時にやけるような激しい痛みが襲ってきて、思わず叫び声を上げて転げ回る。


「ぐ、が、うああああああああああ!?」


 太い血管を切っているためか血がだくだくと切り口が溢れ出る。


「止まんない止まんないどうすんだどうすれば!?」


 俺は半ばパニック状態に陥った。血を止めようと行動を起こそうとするが痛みで力が抜けて動けない。心臓の鼓動が早くなる。余計に血が出る。ますます慌てる。そのスパイラルにおちいる。俺はしばらく転げ続けた。


 俺は痛みが引くと、やっと起き上がり、シャツを脱いで肩の傷口をしばる。まだ血が出ているが、直に止まるだろう。ふと、目の前にいるはずのおばちゃんのことを思い出し、前をみた。そして、固まった。


 ゲギャッ、ゲギャッ


 掠れたような、甲高い笑い声を上げた。いや、正確にはという方が正しいだろう。顔はまだおばちゃんのままだ。相変わらず笑っている 。しかし、手には鋭い爪が生えている。まだ、変化は続く。皮膚が緑色のウロコに覆われ、目は爬虫類のような瞳孔の形、色になり、尻尾がはえた。俺はただ呆然と、その様子を眺めている事しか出来なかった。


「なんだよこれ、もう意味わかんねえよ……」


 目の前の怪物は、まだ笑っている。凶悪な爪には血がついていることに気が付いた。つまり、俺の腕を切り落としたのはこいつだということだ。もはや、こいつはおばちゃんなんかじゃない。怪物なんだ。おばちゃんは普段は温和で穏やかな人柄だからだ。俺は、そう思うことにした。


 1つ問題がある。目の前の怪物は、俺の腕を切り落とした。ということは、俺に害意があるということである。しかも、殺す気だ。俺はとたんに恐怖が湧いてきて、足がすくんでしまった。


「逃げなきゃ……、逃げなきゃ……」


 逃げようと頭は訴えてくるが、動けない。俺が焦燥に駆られていると、ヤツに動きがあった。ゆっくりと、こちらに歩いて来る。それにあわせて、俺も少しづつ後ずさる。走って逃げればいいのだろうが、恐怖でそれが出来なかった。


「来んな、来んなよ!」


 しびれを切らした俺は、そう叫んだ。すると、ヤツの姿がぶれた様な気がした。


 直後、


 俺の体は後ろに吹き飛んでいた。肺から空気が抜ける。宙に浮き上がりながら、ヤツの方を見ると足を振り抜いた体勢で止まっていた。数メートル飛んで、硬いアスファルトの上に激突する。今度は声すら出せなかった。腹を蹴られたため吐瀉物を周囲にまき散らしながら、無様に転がるだけだった。


「……かっ、は、ゲボッ……うげえええええ」


 コイツやばい。ようやく、おれは逃げ出した。這いずりながら、一生懸命に逃げた。痛みが引いて立てるようになると、よろめきながらも走り、逃げた。ヤツは何故だか追いかけてこない。すぐ近くの角を曲がり国道方面に向かった。


 国道の交差点にある、歩道橋に登った。反対側の住宅街に行くためだ。周りには高い建物が無いため街が一望出来る。


 そこで、みた。


 同じような怪物が周りにたくさんいる。どこに逃げても襲われるということだ。俺は足を止めた。さっきの怪物はおばちゃんが変化した物だ。他の怪物も同じようにして変化して生まれたのではないか?逃げ場は無いということではないか。……諦めよう。もう意味が無い。


「もう、無理だ」


 どんなに足掻いてもいつかはやられるだろう。それくらいヤツらとは力の差があった。ならばいっそ、


「死ぬか……」


 幸い、下は国道だ。ほとんどの車が60km/s以上出しているだろう。そんなのに当たれば多分即死出来る。俺は、沈みゆく朝日を背に、手すりに足を掛けた。


 下に向かって飛ぶ。地面が、迫ってきて、








 不意に服の襟をつかまれた。一気にに歩道橋の上まで、戻される。見付かったのだと思った。俺は目を閉じる。止めの一撃を待った。


「なんだコイツ、バカなのか?飛び降りたりして……」


「この子新人くんっしょw飛び降りたって死ねないのにね♪」


 話し声が聞こえた。



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異世界デスゲーム(仮題) @4694

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