2 変異

 高く登った日差しが、照り付ける。


 俺は、まだ探し回っていた。もう、6時間になるだろうか。そうだ、まだ誰も見つけられていない。誰に話しかけても反応してくれはしない。異様な声、いや、音を発するだけだ。


「ちくしょう!やっぱり……、やっぱり一人なのかよ」


 くそっ。なんなんだよ、ありえないだろ。分からない理解できない。時間が逆行すること自体ありえるはずがない。


「いったん、家に戻ろう」


 来た道を引き返し、家に向かい歩き始める。大分、疲労が溜まっていた。喉も渇いている。少し、フラフラとした足取りで道を行く。




 家に入り、キッチンへいって、冷蔵庫をあける。麦茶があったので、コップに入れて、一気に煽った。冷たい麦茶が疲労の溜まった体に染み渡るような気がした。そのまま、ソファーに腰を沈める。力が抜ける。もう、動きたくない。しばらく、黙考にふける。


 学校にも、行ってみたが、結局人は見つけられなかった。いや、実際にはたくさんいたのだが、誰も俺には反応を返してくれはしないし、何よりまともに話せるわけもないのだから、いないのと一緒である。俺は話が通じる人間を探しているのだ。それが見つからない今、俺は大分消沈していた。


「克人……」


 親友の名前を呼んでみる。こいつも、例に漏れず、呼びかけに反応することはなかった。よく笑う、ちょっとチャラい感じの『いまどき』な高校生だ。


 いつも通り笑っていた。だけど、異様な声で、耳障りな笑い声だった。俺にはそれが、嘲笑っているように聞こえた。


「なに、笑ってんだよ、てめぇ」


 そのときはつい、カッとなって殴ってしまった。少し気が滅入っていたと思う。克人は、殴られたのを気付かなかったかの如く笑い続ける。おそらく、本来なら克人がギャグを言ったのだろう。周りのクラスメイトもこっちを見て笑い出した。しかし、俺は、みんな俺を嘲笑しているように聞こえていた。耳に響いて来る雑音と機械的な視線に耐えられなくなり、学校を後にした。


 これが、昼までの出来事で一番響いた。後は、街をうろつくばかりで体力を消耗しただけだった。結局、今までの行動は何の意味も成さず、こうしてソファーで座り込んでいるだけだ。


 何とも無しに、テレビをつけてみる。相変わらず、逆再生されたように、ヒルデスワが映っている。司会が、何か言っているが聞き取れるわけもない。ビデオに切り替える。もう、30年も前に流行った、(歴代アニメ映画興収第二位だったっけ?)金曜ムービーでやっていた、古いアニメ映画の録画を選択する。これも、同様だったが、逆再生してみる。出来た。若い高校生の男女がセリフを言っている。たしか、中身が入れ代わってしまう云々、とかいう内容だったと思う。


 俺は、その映画を見ながら、少しぼんやりした頭で取り留めもないことを考えはじめる。


 親はよく言っていた。科学技術は20年くらい前から頭打ちになっていると。今の生活と親が子供の頃とそう変わらないらしい。スマートフォンも今でも普通に使われているが、親が生まれる前からあったようだ。もちろん、性能は比べものにならないくらい上がっているし、昔より使い勝手も良くなっている。だが、それだけだ。それよりも、医療技術は年々発展を続けているそうだ。エイズなんかは、不治の病だったらしいが、ワクチンができて、今では完治するようになっている。


 と、思考の方向性がズレていることに気づき、俺は慌てて思考をストップさせた。


「何だかな……、疲れた」


思考がまとまらない。襲い来る睡魔に身を任せ、意識を手放した。




東向きの窓から、陽が射し込んでいる。俺はどうやら寝ていたらしい。テレビに目を向けると、映画はもう終わっていた。


お腹がすいた。とりあえずソファーから立ち上がり、キッチンへむかった。


棚にはカップラーメンがあったので、それを手に取り、フタを開けてお湯を入れる。3分経ったら、粉末スープを入れ、よく混ぜてから麺を啜る。その一連の動作をしてから、気付く。何故かカップラーメンは食べられる。にもかかわらず、だ。


「なんで食えるんだ?そもそも……、完成する筈がない」


疑問が次々と浮かんでくる。だが、今は考える余裕がない。黙々と食べ続けた。


「……」


俺は、 食べ終わって一息ついた。時計をちらりと仰ぎ見ると、8時を指していた。


「もう1回、探して見ますか」


気分は落ち着いた。行こう。俺は、もう1度生存者?を探しにいくため、玄関から外に出る。いなけりゃもう1度戻って来りゃいい。

そんなに気にして騒ぎ立てても意味が無い。気にかけてくれる人は、その時は居ないからだ。


外に出ると、今度は通勤、通学の人が歩いていた。もっともまともなヤツは見渡した限り見当たらないが。


おばちゃんの家の前をまた通りかかった。今度はいるようだ。花壇の手入れをしている。夕方だったからいなかったらしい。他の知り合い、友人はもう居ない。一縷いちるの望みをかけて声を掛けた。


「おばさん」


すると、おばちゃんは振り向いた。俺は遂に見つけた、と思った。思わず駆け寄る。振り向いたおばちゃんはニッコリと笑った。俺は、嬉しさで声を弾ませながらさらに声を掛けた。


「おばちゃん大変なんだ!みんなおかしくなってて、会えて良かっ……」


突如左肩に違和感を感じた。俺は、眉をひそめつつ、肩に目を向けた。






左腕の 、肩から先が無かった。






 


 

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