1.全ての始まり

1 異変

 俺は扉を開け、廊下に出た。そして、そのまま目の前にある階段を下り、一階の洗面所に向かった。


 蛇口を捻り、顔を洗う。ふと顔を上げ、鏡に映る自分の顔を見る。


「なんか……、しまらねえな」


 少々寝癖のついた、長めの黒髪に、灰色の瞳、他にはこれといった特徴のない平凡な顔だ。顔は整っているとは良く言われるが、あくまでもイケメンだとかそういうのではない。良く外人ハーフと間違われる事があるが、俺の親は正真正銘日本人である。多分、突然変異だかなんだかなんだろう。詳しいことは知らないので、よくわからないが。


 名前も、平凡としたものだと思っている。工藤という苗字に、博人という名前、本当に特徴がない。近場の高校に通っていて、現在二年生である。部活には、入っていない。中学生の頃は、剣道をやっていたが、止めてしまった。


 洗面所を出て、リビングに入る。特に、テレビをつけるといったことはせず、併設されたキッチンに向かう。冷蔵庫を開け、中身を見る。


(はあ、なんにもねえな……)


 とりあえず、そばにあった食パンに中にあったバターを塗り、砂糖をまぶしてトーストした。そうして作ったバタートーストを食べながら、少しぼんやりする。時計はまだ6時を指していた。

 

 食べ終わると自室に戻ってジャージに着替えた。玄関に行き、靴を履いて外に出た。少しストレッチをしてから走り出した。

 

「うっし、今日も始めるか!」


 学校までランニングするのが日課である。部活に入ってないのに、と思われるかもしれないが、特に意味はない。習慣でやっているだけだ。

 

 気合いを入れて、鈍い光が照らす道をペースを上げて走った。が、違和感があるのに気付く。朝なのに、空気が生温いように感じた。


(なんか、朝なのにあったかいな……、まあ、そんな日もあるか)

 

 でも、その程度ですむような些細なことだった。全くありえないわけじゃない。


「おばちゃん、おはよう!」


 一軒の家の前を通り過ぎながら、挨拶をした。近くに住んでいる、おばちゃんの家だ。顔なじみなので、毎朝挨拶をしている。しかし、返事が返って来ない。いつもなら、返って来るのだが、どうしたのだろうか?

 

「あれ、おばちゃん?いないの?」

 

 しかし、これもたいして気にも留めなかった。T字路に差し掛かったので、曲がろうとした。


 いきなり、車が通り過ぎた。


「うわっ!なんだよあの車……、大丈夫かよ」


(それに、今日はなんかおかしいぞ)


 何かが、おかしい。俺はそれに気づきながらも、まだ楽観的に考えていた。

 

(まあ、いいや)


 目の前を女子中学生が通り過ぎる。で、だ。

 

(は?何やってんだ、こいつら)


 頭がおかしいんじゃないのか、とも思ったが、それは違う、と思った。


「やっぱりおかしい」


 今頃、異変に気付く。


「おい、君たち……」


 声を掛けるが、返ってきたのは、


『&%&*@&##$&#*@#*#$&##&#$&』


 ビデオを逆再生したような異常な声だった。


 呆然とした。なんでこんな、まるで逆再生してるようではないか。


 俺は、何か焦燥に駆られ、大通りへ走り出る。そこで、見る。


「なんだよ、これ」


 理解、出来ない。これは、どういうことだ?


「は、なんで俺は……、おかしくなっちまったか?」


 分からない。薬なんかやった覚えはないはずだ。引き返す。とりあえず家に戻ろう。

 

 家につく。時計を確認する。5時30分を指している。やっぱり戻っている。テレビをつけた。


『最新のニュースをお伝えします。午後3時頃、東京都足立区で14歳の少女が行方不明になりました。名前は……』


 今日?これは見たはずのニュースだ。何故今やっている?そもそも朝ですらないのか?窓を見る。いまさら、気付く。本来、西向きの窓から朝なのに光が差し込むはずがない。少し、考えれば分かることだ。俺には、夕飯を食べて寝るまでの記憶がある。それが昨日の、それも夕飯を食べる前まで時間が戻っている。


「畜生!どういうことだよ、ありえないだろ。こんな……」


 何で。何で俺がこんな目に。意味が分からない。俺が、一人だけが、いや、他にもいるかもしれない。現に俺がこうなっているのだから、ありえない話ではない。探そう。


「誰か……、誰かいないのか!」


 家を出て、必死に人を探した。さっきより少し強くなった夕日が静かな道を照らしている。俺にはそれが、不気味に映っていた。



 

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