第五章  遠い世界へ…

視線を向けた宮崎は、歩道の脇に横たわっていた白い小さな物体が目に止まった。


それは、10年前に製造されていた、ペッピーノ社製の初期型の真っ白の子猿のぬいぐるみだった。


「うへえーーー。懐かしいねえ」

白いぬいぐるみを拾い上げ、所得保護者用の単身者アパートの自宅へ向かった。

このままもう少し歩道に転がっていたら定期清掃ロボットに見つけ出され廃棄施設へ運ばれてしまい分解処理の末、各種リサイクルチップに姿を変えていた所だ。


2時間程、集中し作業をした。


宮嵜は、ペッピーノ社の商品開発部門に長年勤務していた。

そして定年をむかえ、もう、だいぶ経つ。

あの頃の夢中で仕事をしていた感覚が一時的だが甦り、時を忘れた。


こいつは、急激な情報の流入にオーバーロードを起こし動作を止めたようだ。


再起動させてみた。


「おーい。聞こえるかい!お猿さん」

呼びかけにぬいぐるみは反応し ぴくっ と体を動かした。

視界が回復したようで宮崎と目線が合う。

「ついでに最新のシステムを上書きしてやったからな」と男は人差し指でアメディオの小さなおでこをなでながら説明をする。

外界認知性能アップ、記憶メモリーも可能な限りデカイ容量をつけてあげた。


「ついでに、気になったところを直してやったからな!お前さんと同型の最新量産モデルの3倍は高性能だぞ。ハハハ!」

声には出さなかったが…もう少し時間が有ったらボディカラーを赤にするとこだったぞハハハ…と。


すくっと立ち上がったぬいぐるみは、軽く2回3回と宙返りをしてから周りをくるりと見渡した。



宮嵜は、立ちあがり玄関のドアを明けた。

そして…自分の今の思いを代弁したような言葉が無意識に出た。


「さあ行きな!大事な人のもとにな!!」

ぬいぐるみは大きくジャンプし、外へ飛び出していった。


この時、宮崎は、決意していた。

もうこの現実世界に思い出は必要無い。明日、息子の住む世界へ行こう。


次の日、朝早く起きた宮崎。お昼頃までかけて部屋の片付けを行った。


もう戻ってこれない部屋の片付けを…

ドアをロックし出かけようとしたとき1体の公共ロボットが尋ねて来た。

「宮崎さんですね。今日は、一人暮らしの方の訪問面談にまいりました…」


ていねいにアシモくんに今日は必要ない。これから外出するところだと、断りを延べ再び《ルート246》の歩道を歩き始める。


今は、良い時代だ。優れたロボット達がいつも人間社会を影で支えてくれている。

あのアシモくんもかなりのスペックを持つロボットだった。


1時間後、宮崎は、違法の処置を高額な価格で請け負う女の所にいた。

女に市民IDカードを渡す。

仮想世界の住人になる私には、もう必要の無いものだ。身分も口座も、資産もこの古ぼけた肉体も何もかもすべてくれてやる。


どうぞ何にでも使ってくれ。


こうして私は、息子と共に過ごす事を選んだ。


もう二度とリアルの世界には戻る事は出来ない。


アップロードされた私の意識はうまく目覚めることはできるのだろうか…

息子の事は認識できるのか…


デジタルの神は、私の最後の望みくらいは叶えてくれるだろう…


宮崎がこれから目覚める世界は、不完全のまま苦痛が永久に続く、病んだ世界。


…地獄の楽園なのだが…

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