常春(とこはる)の世界で…

アンクロボーグ

第一章  小さな猿

フルルルルーンーーーーとわずかに聞こえるモーターの作動音。

透き通るように美しい白色の生体ボディ製、水素自動車レクサス308が首都高速都心環状線を走っていた。

完全自動運転技術が確立しネットに常時接続された自動車が普及していた。

その白いレクサス308は、自動走行レーンからマニュアル操作レーンへと進路を変えた。かなり強引な運転だった。


「ジャーァアーン!!!」という警告音が車内に流れる。

「今の走行は、道路交通法違反です」と、かなり厳しい口調でナビ知能が運転者、高畑眞瑠子(たかはた まるこ)20歳に、素早い指摘を行った。


高畑眞瑠子の運転免許証のデータからは即座に減点処置が行われ、同時にメインバンクの、みずほ銀行オンライン口座から反則金が支払われた。


容赦の無い、行政政府の手先、ナビ知能 相手に怒鳴りちらす眞瑠子。


しかし、その時、眞瑠子は、まったく気付いていなかった…


斬新なボディデザインの最新オープンカー、レクサス308の後部座席から先ほどの強引な進路変更での車体の揺れにより、こぼれ落ちた1体の知能ぬいぐるみの事を…


眞瑠子にとっては大切な大切な思い出のぬいぐるみ。

10歳の時、父からもらった誕生日プレゼント…


レクサス308から落ちた、白い子猿のぬいぐるみは、首都高速都心環状線の立体交差道路から地上へと落下を続けていた…

落下途中、立体交差道路の下段走行のガードフェンスの一部に、お気に入りの真っ赤な服を引っ掛かけ裂けてしまった。

「ああ僕のベストが!!」と、さらに落下を続けながらぬいぐるみは、声を出せずに叫んだ。


この真っ白のぬいぐるみは、アメディオと名がつけられていた。

10年前に製造されたペッピーノ社製の初期生産型の子猿のぬいぐるみ。


あらかじめ登録された言葉のみを組み合わせて発声するタイプ。

思考回路と発声回路のリンクが不完全な構造。


かなりの高さからの落下だった。

しかし、運が良かった。この区画には、まだ自然の樹木が残っていたおかげで枝葉がクッションの役目を果たし、何とか壊れずに済んだ。


薄暗い高架下倉庫の屋根に落ちたアメディオは、ゆっくりと立ち上がる。

ぐるりと周りを見渡し、今落ちてきた遥か上の高架橋を見つめた…

眞瑠子は、行ってしまった。僕を置いて…


自分のメモリー内に登録してある眞瑠子の住所を呼びだしてすぐさま帰巣機能を稼動させる。

ココからは、かなりの距離だったがアメディオは眞瑠子(まるこ)の元に少しでもはやく戻るため倉庫の雨どい管を伝って一気に地面へ降り、走り出した。


しかし、この時、アメディオは知らなかった。

子猿が体内に搭載している地図データは、製造当時のものだった。 しかも、眞瑠子のユーザー登録の住所も古い自宅のままなのだ。


一度も休むことなく懸命に登録されていたマンションへ向かう。

かなりの距離を移動し、大通りの歩道を歩き続ける小猿のぬいぐるみ。

子供用のおもちゃのぬいぐるみが歩ける距離を当に超えていて、歩きは徐々に頼りなくなっていた。


可愛い小さいぬいぐるみだけで歩くアメディオの姿を見た、すれ違う一般市民が時々声をかける。

すれ違う 人型2足歩行ロボたちもが時々、興味半分でアクセスを仕掛けてくる。

散歩中の生きている犬たちが不思議そうに鼻を寄せてくる。


だがアメディオは、一生懸命に前方の一点のみを見つめ続け歩いていた。

大好きな眞瑠子(まるこ)の元に戻る事だけを願って…


この時、気づいていなかったが、古いシステムで動いているおもちゃのぬいぐるみであるメモリーの記憶情報にはかなりの欠落部位が発生し不具合も生じていた。

アメディオの捜し求めていた眞瑠子(まるこ)の画像データは、初めて出会った時の10歳の眞瑠子の姿だけが機能していた。

10歳の眞瑠子を思い浮かべ更に歩き続けた…


その時、


ピッピッ!


体内の電源マネージメントが不満を訴えた。

バッテリーの残量が10%を切った合図だった。


視点が強制的に次の通りの公衆充電ボックスを見せ、方向を変えさせる行動優先命令を出した。


フリーの公衆充電ボックス内で急速充電をしながら考えた。

充電ボックスに付属のネット接続ソケットにアクセスさせてみようかどうかを…


僕のネット接続能力には、かなりの制限が有る。

しかも僕に載せてある時代遅れのソフトウエアでは、接続させた場合どんな障害が起こるかわからない。


…でもやってみよう…


左わき腹にある有線ケーブル端子に公衆充電ボックスのネットケーブルを接続。

恐る恐る少しずつ情報ゲートを開放し情報の行き来を承認させてゆく。

眞瑠子(まるこ)に僕がココにいることを知らせるのだ…


ピィーーーッ!!


異様な音が頭脳チップ内にこだまし、すべての記録ブロックが分解、ぬいぐるみは、機能を停止した。


回路が焼き切れる寸前にケーブルを抜いたが、すでに遅かった。


公衆充電ボックスから2,3歩移動した所で倒れてしまう。


チリ一つ無いルート246の歩道の脇にアメディオは、横たわった。

ゴミのように動かない白いぬいぐるみ。


急激な情報の流入にオーバーロードを起こし動作を止めたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る