第二章 遠い世界
aoyama地区、南部ブロックの第三区画。この区画には1990年の、バブル時代に建てられた古ぼけたビルがまだいくつも残っている。
大通りから一歩入ったこの場所は、平日の午後3時だというのに人影はまばらで静かだ。
その古ぼけた一つ、4階建ての白いタイル張りのビルに近づく一人の人間。
正面入り口の手動のガラス扉を押し開け、トボトボと、ビルのエントランスの中へ入って行く浮浪者のような身なりの年老いた男、宮崎。
(この時代、路上生活者は存在していないのだが…)
エントランス内の知能カメラは、すでに来客者の認識を済ませていて、エレベーターは扉を開けたままの状態で1階に待機させていた。
ゴ、ゴンとちょっとぎこちない動きでエレベーターは動きだし、常連の来客、宮崎を3階へと運ぶ。
照度不足気味の旧型LEDに照らされたエレベーターホールにでた宮崎は、少し歩いたところにある入室用のドアに向かい認識板に手をかざし認証を待つ。
カメラによる顔データと市民IDの照合が行われ、認証がおりる。
オレンジに淡く光っていた板が明るくブルーに光り、ググッと、少しきしんだ後、ドアが静かに開く。
室内は意外に明るく、四つの個室に仕切られていて機械音が静かに聞こえていた。現在の来客は宮崎だけのようだ。
男は、慣れた歩きでその中の1つに入り、粗雑な椅子に座る。
そこには小さな20インチほどのモニターと、かなり旧式なコンピューター複数台が接続されていて訪問者が椅子に座ったことを感知し自動で起動しモニターが光った。
いつものようにタッチパネルとキーボード操作を行い、宮崎は息子、敏夫を呼びだす。
数秒、画面が途切れブレが続いた後、一人の男性の姿が現れ、その男も椅子に座りこちらを見つめていた。
「父さん…うれしいよ。ありがとう。い…つも会いに来てく…れて」
「…そっち(現実世界)は、どう…だい。父さん」
また、数秒、画面が途切れブレが続く。
敏夫の表情は、不鮮明な画面上で見てもわかるほどに苦痛にゆがんでいた。
今日もつらそうだ。
「こっち(現実世界)も似たようなもんだ。何にも無いよ」
と、いつもの面会で繰り返される一連の男同士の親子の会話が続いた。
規定のアクセス時間は、あっという間に終わる。
来週来る約束をして、宮崎は、ビルを出てチリ一つ無い《ルート246》の歩道に戻った。再びトボトボと歩き始める。
あいつ(敏夫)は、今日も泣いていた…
安定した常春(とこはる)経済の日本。
長年連れ添った妻は、去年 死に、神さまから授かった一人息子の敏夫も、今は、遠い別世界で苦悩の生活を送っている。
トボトボと歩道を歩きながらまた宮崎は思い出していた…
20歳だった息子が流行していた科学技術を絶対神と崇める狂信集団の、とりこになった昔の事を…
当時、開発され、実用化になったばかりのコンピュータの中の仮想世界への人間の意識、人格の移住。
敏夫は、狂信集団の仲間と一緒にデジタル世界の中へ行ってしまった。
自分自身の生身の体を処分して…
その後、すぐに意識変換時の発展途上特有の技術的で致命的欠陥が見つかった。
が…時は、すでに遅く、移住した人間はリアル世界に戻る事も出来ず、不完全な楽園で苦悩の生活を送る事となった。
しばらくして狂信集団は自然解散、残された息子たち被害者463名。
「あの時…なぜ私は、息子を止めなかったのか…」
歩道の真中で立ち止まったまま、宮崎は、これまで何度繰り返したか知れない言葉をまた…つぶやいていた。
もう涙も何も出てこない…ただどうしようもない絶望感だけが宮崎の心を掻き毟る。
ふと視線を向けた宮崎は、歩道の脇に横たわっていた白い小さな物体が目に止まった。
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