待っている

笛吹ヒサコ

ソレ

 ソレは待っている。


 ずっと待っている。


 ソレは、ニンゲンが必ずやってくる事を知っている。


 だから、待っている。


 ずっとずっと待っている。


 ソレは最初にやってきた大好きなニンゲンの願いを叶えるために、待っている。


 ずっとずっと、ずっと…………。




 ソレは笑う。


 近づいてくる3人のニンゲンの気配を感じ取って、笑う。




 誰もよりつかないような鬱蒼とした竹やぶの中に、小さな空き地があった。


 少年たちがここまでたどり着くことは、決して楽ではない冒険だっただろう。


「うっわぁ、帰ったら新しいスニーカー買ってもらお」


 生意気な太っちょは、汚れているとはいえ、明らかに真新しい黒いスニーカーを見下ろして口をとがらせる。


「ボク、早く帰らないと。塾があるし」


 ヒョロヒョロののっぽは、ズボンのポケットに押しこんでいた携帯ゲーム機に手をやる。壊れていないか、気が気でないようだ。


「うん。お願いごとしたら、帰ろう」


 おっとりとしたメガネは、生い茂る雑草の中で朽ちかけているほこらを指差す。

 太っちょは予想していたよりもボロボロになっている祠を見て、ますます不機嫌になった。


「ほんとうに、なんでも願い事が叶うんだろうな?」


「うん。忘れられた神さまは、さみしくてしかたないんだって。見つけてくれた人間のお願いごと、何でも叶えてくれるんだって」


 コクリと頷くメガネの言ったとおりならば、この朽ちかけた祠は最適だといえよう。


「さっさと、すませて帰りたいんだけど……」


 メガネの話を聞いて、ここに朽ちかけた祠があること言ったのは、のっぽだ。

 先ほどから、いや、竹やぶの前で集まった時から、のっぽは太っちょの背中を何度も暗い眼差しでうかがっている。今もそうだ。


「だよなぁ。お願いごとって、この前で手を合わせてすればいいのか? まいっか、どうせただの噂だしな」


 鼻で笑った太っちょに、少しだけメガネは嫌そうな顔をする。


 3人が横一列に並んで手を合わせる。


「来週の算数のテストがなくなりますようにっ!」


 大きな声で願いごとを口にした太っちょの隣で、のっぽはバカにしたように静かに唇を歪めた。


(バカの太っちょが死にますように)


 なにかと自分を子分あつかいする太っちょに、のっぽは嫌気が差していた。

 どうせただの噂だという意見だけは、嫌いな太っちょと同じだった。


(ママが早く元気になりますように)


 ただ1人、メガネだけは真剣だった。

 遠くの病院にいる大好きな母親が、早く元気になって帰ってきて欲しいと、すがるように祈っている。


 もういいだろうと、目を開けるが真っ暗だった。


「え?」





 ガブリ。


 ソレは3人まとめて頭から食べ始める。



 バキボギガリッ……


 ソレは骨を噛み砕く。



 ビチビチバチャバチャ……


 ソレが食い散らかした内臓が血溜まりに飛び散っていく。





 ソレは待っていた。


 ずっと待っていた。


 必ずニンゲンがやってくる事を知っていた。


 だから、待っていた。


 ずっとずっと待っていた。


 ソレは最初にやってきた大好きなニンゲンの願いを叶えるために、待っていた。


 ずっとずっと、ずっと…………。


 だが、待てども待てども、ニンゲンはやってこない。


 ソレは次第にこう考えるようになった。


 最初にやってきたニンゲンを食べてしまおう。

 気の遠くなるような孤独に追いやった、恩知らずのニンゲンどもを食べてしまおう。

 憎い憎いニンゲンどもを食べてしまおう。




 ジュルリズズズズズ……


 ソレは骨も肉も食べ尽くした後、あたりを染め上げる血をすすり始める。

 1滴たりとも、残さないよう、丁寧に、丁寧に。



 ゲッポ……


 ソレは腹が満たされると、大きなゲップとともに自らの血と肉にならないモノを吐き出す。




 あたりは何ごともなかったかのように、静けさを取り戻した。


 かろうじて形をとどめているスニーカー、携帯ゲーム機、メガネが生い茂った雑草の中に転がっている。






 ソレは待っている。


 今日もまた、待っている。

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待っている 笛吹ヒサコ @rosemary_h

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