20.I can not die until I see this prosperity.

 辺りが見渡せる丘の上、一人の青年と少女が木陰で休んでいた。少女は気に背を預けて、青年はその前に座っている。

 温かい日差しが注ぐ昼下がり。紅茶とお菓子が食べたい、そんな時間のことである。

「すごぉい、お兄ちゃん、お話うまぁい!」

「ああ、ありがとう。もっと聞く?」

 無邪気に笑う少女は、その彼の肩にちょこんと乗っている綺麗な羽根の妖精に目を奪われる。

「ケイティ。僕の肩に乗ることはやめてくれ」

「なぁに? 私のご主人はそんなに心が狭かった?」

 肩に妖精が乗っていることを気づいて、彼は肩を手で払う。少女には彼らは仲がいいように見えなかった。彼が彼女を一方的に迷惑がっているように見えたからだ。

「そうじゃないけど」

 でも、本気で振り払っているようには見えないから、険悪の仲ではないのだろう。

「心が猫の額よりも狭い、私のご主人様はほっといてあっちで違うお話しましょ。そうしましょ。それがいいわ」

「ちょっ! 僕が悪かったよ、ケイティ!」

「なら初めから拗ねないで欲しいものだわ。いつまでもお子ちゃまのアン坊ちゃんは、何百年前からちっとも変わらないんだもの! 全く困ったものよ! その捻くれた性格と、根性を叩きなおしてあげたい」

「僕の名前を呼ぶな!」

「何度も言ってあげるわよ、アンちゃん。慣れないんでしょう? 照れちゃうんでしょう? 可愛いものね、語感的に女の子の名前みたいなんだもの!」

「違っ……、僕は!」

「何が違うの、アンちゃん」

「やめろぉ、ケイティ! 悪かったよ! 僕が悪かったって!」

 アン――、と呼ばれている青年は、顔を手で覆って隠している。耳まで真っ赤にして、明らかに恥ずかしがっているのが一目瞭然。照れ屋なのか、憤りなのか、分からない。

「アンちゃん」

「ちゃん付けしないでよ」

「あら、それを怒ってるの?」

「違うよ。名前は――、別にいいけど……、何度も繰り返されるのはなんだか恥ずかしい。理由は――、分からないけど」

 そう言う青年は、一見すると十六か十七くらいの、少年と青年の中間のような年。中途半端に大人とは言えない、そんな青年だった。でも、話し言葉や雰囲気でその見た目以上に大人びているのが分かる。

 笑うと一気に幼く見る顔も、真剣な表情になると大人に見える。――そんな不思議な青年だった。

「まだ慣れないのかしらぁ。ほら、アンちゃん。アンちゃん、アンちゃん、アンちゃん!」

「うわぁぁぁぁっ! やめて! やめてくださいっ! ごめん! 僕が悪かった! 本気でやめてよぉっ!」

 顔を赤らめながら、青年は飛び回る妖精を追いかけている。

 そんな様子を、私はしばらく見ていた。青年は肩で息をしながら、また木陰に腰かけた。どうやら追いつけなかったようで、妖精を睨みつけたままである。

 そして、ふと思い出したようにこう言った。

「アメリア、そろそろ時間だよ。アメリーおばぁさまが、クッキーを焼いているって言っただろう。ほら、さっさと行けばいい。彼女のクッキーは美味しいからね」

「アメリ―? 私のおばあさまの名前は、そんな名前じゃないわよ? 寝惚けているの?」

 呼吸が乱れているから、まだ本調子ではないのだろう。そう思って、私は笑いながらこう言った。でも、彼は真顔になって、考え込む。

 そんな遠い目をして、何を考えていたんだろう。

「ああ、そうだっかい。でもほら、君のおばぁさまがクッキーを焼いているのは違わないだろう。同じものを食べるんだから、誰が作っても変わらないさ」

 同じもの、彼はそれだけ繰り返して私の背中を押した。風になびかれて、自分の赤毛が揺れている。

 丘の下に自分が住んでいるお屋敷が建っている。

 渡り廊下を燕尾服の使用人が歩いていた。手に持っていたのはペストリー。甘いにおいも漂っている。

 アフタヌーン・ティーの準備は整っているようだった。



「誰かが誰かに話を伝えるように、母親がクッキーの作り方を娘に教えるなら、それは同じものの作り方を伝えていることになるだろう? そうして、教えられた作り方で作られたものは同じ味になる。同じレシピで作られているんだから、そりゃ同じ味になるのさ。僕は、そういう使命を任されたということなのかもしれない」

 魔法使いの青年は、綺麗な羽根を持つ妖精を使い魔に持っていた。不老不死の、死なない彼は、ただこの世界を旅するばかり。巡り巡る永い歴史を、漂うは浮草。

「でも、たまにはアレンジをしたくなるよね。そうして書き加えられたレシピは、前のものとは違うものになる。本当にあった神話も、信じる者がいなかったらそれはただのフェアリーテイル。お伽噺なんだ。だから僕は、嘘だと言われようが、この話を話し続けなければいけない気がするんだよ」

 町並みが変わって、新しい乗り物が出て、石炭で空気が霞む街をひたすら歩くことになろうとも――。

 町から街を歩いて、家を渡る。知った顔は、どんどん少なくなる。去年尋ねた家のご主人が、先月死んだなどはよく聞く話で、年を取らない彼を置いていく。

 最近、都心部の空気が綺麗でないから、彼の使い魔は都心部に行くのを嫌がっている。魔法を信じるものも、段々と少なくなった。もう少しで自分のお客はたった一人もいなくなるかもしれない――、そう考えながら彼は空を見上げた。

 青空が白煙に覆われたのは、もう何十年も前の事。

 この大英帝国が「日の沈まない国」と言われ始めたのは、数年前の事。



 この繁栄がどこまで続くか、僕はまだ知らない。

 それを見届けるまで、僕は生き続けなければならないのだと――、今の僕は思う。ただ、それを見届けるのが、楽しいから見届けるんじゃない。

 辛いから――、それだけだ。

 神さま、僕を無駄に生き続けさせるのなら、退屈に流れる年月に身を任せる僕の目標にしてもかまわないだろう? 目標もなしに生き続けるのが辛いだけだ。退屈に押しつぶされそうな僕を守るためだけに、そんなことを目標にする。

 僕の片割れの十三番も、きっとこんなことをしているのだろう。僕に彼は殺せなかった。何故だか、彼を殺せば、師匠が悲しむ気がした。僕がとんでもないことをしてしまう気がした。その理由は分からないが――、彼と僕の顔は本当によく似ていた。たまに僕はふと考える。

 師匠に時間を巻き戻す以外の魔法なんて使えたのだろうか。なんであんなに顔が似ていたんだろう?

 まるで、元から似ていたみたいだった――。

 ねぇ、十三番。

 君は知っていたんじゃないのかい。

 師匠は僕には保険をたくさんかけて、何人もの実験の後に僕に魔法をかけたんだよ。君は更に後にかけたんだ。

 だから成功体は僕と君だけだった。

 師匠は、僕と君には死んでほしくなかったんじゃないのかい。元から名前が無いのは僕と君だけ。身元が分からないのは僕と君だけだったんだ。僕らは同じ年だったろう。

 それって偶然なのかな。

 ねぇ。十三番。僕らって、本当はさ――。




This is the old story of me that will live forever. 

2016年12月執筆


END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

And I have no name, I can't seeing her. 虎渓理紗 @risakuro_9608

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ