A girl is not a girl.(2)


連休は、海斗にとってとても苦しいものだった。

若菜は、楽しげなツイートを続けていた。土曜日は案の定、パソコンのことに集中していたらしい。最初のうちは困惑や苦労をツイートしていたが、夜には自信と喜びに満ちたツイートになっていた。

日曜日はショッピングモールに出かけたようだ。元々自撮り写真などはアップしない子ではあったし、人が映ったりはしていないが、ひとりで出かけて嬉々としてツイートする、ということはあまり考えにくかった。もともと休日の行動などはツイートしないほうだ。

そして月曜日は、高速道路のサービスエリアの写真をアップした。家族が車を持っているのかどうか、家族で出かけたりするのかどうかということは海斗にはわからない。けれど、そのようには思えなかった。

(ずっとあいつといるのか…)

あの黒いスポーツカーを思い出した。あれに乗って出かけているのか。あの男が若菜の彼氏なのだろうか。若菜は一体あの男のどこを好きになったのか。金を持っていることだろうか?


そんなふうに過ごしたのだが、海斗は火曜日になっても学校にいくことはできず、若菜を避けるように水曜日、木曜日と休んだ。だが、また土曜日がやってくる、と思った時、いてもたってもいられず、金曜日は午後から出席した。

若菜に会って問い詰めたかったが、その勇気はなかった。下校時間に若菜と鉢合わせたのは、完全な偶然だった。海斗はむしろ早めに帰ろうとしたのだ。

若菜は海斗を認めると、はっとしたような顔のあとうつむいて、二歩後ずさり、そして背を向けて早足で立ち去った。海斗は思わず走りだしておいかけたが、数歩であの男の言葉が鳴り響き、足が止まった。


わざと時間をずらしたつもりだった。下校を遅らせて、若菜と会わないようにしたつもりだった。

重い足取りで歩く海斗の横をあのクルマが走り去った時、湧き上がった震えるような感情を叫ぼうとして、ただ震え、涙が出た。



我は過ぎ去る風である。

全てを置き去りにする者である。

何度言い聞かせただろう。

轟き叫ぶエンジンも、軋み啼くギアも、この魂に与えられた肉体の一部だ。

泣く人がいる、ということはとうに知っている。どれだけ残酷なことかも、今や知っている。

けれども、ひとたびこの世界に魅入られ、選ばれたものは、もはや目を背けることすら叶わない。

我は過ぎ去る風である。

全てを置き去りにする者である。

黎明に彩られた騎馬が赤い閃光を残して消えていく。

引き戻す声が残る。いつしか二度と戻らなくなるまで、全てを置き去りにするまで、その愛だけがこの魂をつなぎとめる。


男はスロットルを強く回した。



けれど偶然というのはあるもので、土曜日、少し遠出して横浜駅まで出てぶらぶらしているとあの男と若菜を見つけた。

一方的に見つけたのであり、気づかれてはいなかった。だが、海斗にとっては「やっぱりあのふたりは付き合っている」という結論になるものではなかった。

なぜなら男のまわりには、全部で五人の女がいたからだ。

若菜のほかは、大人の女が二人と、もうひとりは若そうだった。単に男女五人のグループ、という印象ではなかった。付き合っているはずの若菜とあの男との距離が最も遠く、他の三人のほうがずっと親しげだったからだ。特に若い女は腕に抱きついたりとかなり積極的にくっついているように見えた。皆楽しげで、男が何かを言うと女たちが笑う、という構図だった。

しばらく見ているともうひとつ気がついたことがあった。近くにいる小さな女の子も、そのグループのひとりなのだ。歩いている時、大人の女のひとりと手を繋いで歩いている。男と手をつなぐこともあった。

海斗はまず、大人の女がバツイチで、女が子連れであの男と一緒にいる、ということを考えた。そして、いや旦那はいるけれどもあの男と遊んでいるのかもしれないと考え、さらにあのふたりの子供である可能性にも思い当たった。

その二人以外では若菜が女の子に積極的に話しかけていた。若菜も楽しそうだ。それ以外の二人は、小さな女の子にはほとんど話しかけていない。若い女は、男と、子連れの女以外の三人とは基本的に話していないようだ。

(全然わかんねぇ)

グループはビッグエコーへと消えていった。しばらく待ってみたが待ちきれると思えずに海斗は立ち去った。もはや若菜は自分の手の届かない世界にいると、認めざるを得なかった。


マクドナルドを出た時、ふと何かひっかかって左をほうを見た。

若菜が、男の後ろに隠れていた。女たちが男と若菜をかばうように前に立った。男は若菜に、そして女たちに何かをいうと視線を外し歩き出した。



海斗はほとんど学校にいかなくなった。

学校に行ったとしても若菜を避けるようになったし、なるべく教室から出ないようにした。若菜が自分を嫌っていることへの配慮というよりも、それによって自分が傷つきたくなかったし、その事実に向き合うことを恐れてもいた。

家から出ないようにもした。それでも、若菜のツイッターをみることはやめられなかった。

若菜は急速にあの男に傾倒を深めているようだった。男っ気のあるツイートなど以前はまったくなかったのだが、思い人がいることを匂わせるツイートがどんどん増えていった。

当然ながら学校の時間は若菜がツイートをすることはないのだが、学校にいかなくてもひたすら若菜のツイッターを見ているようになっていた。これではいけないと思いはするのだが、他にすることがあるわけでもなく、気づけば眺めている。


『大好きな人といられることってほんとにしあわせなことなんだね。。』

『今日はバイクに乗せてもらった!すごい!楽しい。。!(((o(*゚▽゚*)o)))』


「ん?バイク!?」

夢の光景が蘇った。紛れもなくあの男は夢のあの男で、そして夢の中であの男はバイクで走り去った。夢の光景が、現実に迫ってきた気がした。

理由はわからない。だが、海斗は確信した。あの男は悪だ。あの男は危険だ。助け出さなくてはならない。

助け出す?どうやって?

わからない。それでも救い出さなければ。そんな気持ちに突き動かされ、海斗は自転車を漕ぎ出した。


だが、自転車を出したところで、若菜が、あの男がどこにいるのかわかるはずもなく、会える確証などなにもない。

とにかくがむしゃらにこいで、こいで、こいで、疲れ果てて足が止まった。

そして改めて気づく。海斗に与えられたものは、ツイッターの情報だけなのだと。


海斗はツイッターを開き、若菜のツイートをチェックした。


『今日は水族館でデート✨💕忙しいのにいつもありがとう💕🎶』


初めて目にする「デート」の言葉が突き刺さったが、水族館といったら八景島しかない。距離はだいぶ遠いが、水族館なら時間はかかるはず。きっと間に合う。

車なのか。バイクなのか。ツイートを遡る。


『明日はまたバイクにのれるっ(⋈◍>◡<◍)。✧♡』

『ほんとはふたりきりがいいな〜、とか贅沢言ったらだめだよね😔↓↓↓』


バイクだ。そして、ふたりきりでないということは一台ではない。

これを目印に探せばいい。八景島は、自転車で行ったことはないが、電車でならある。ある程度駐車場の場所もわかる。

震える脚に鞭打ち、最後自転車を漕ぎ出した。



八景島についた時、午後3時前だった。

ふらふらになりながらバイクを探す。自転車置き場にはバイクがあったが、一台だけだ。

(どこだ…バイク…黒いバイク…)

一旦自転車置き場を出て隣のフェンスの中へと入る。バイクはぽつぽつではあるがまとまって置かれていた。

(あいつの…バイク…)

目に留まった瞬間確信できた。数台並べられたバイクの中で、闇そのものの漆黒が青く染まるグラデーション。巨大にして異形。まさに禍々しい。

隣に並べられているのは、銀と赤に彩られた小さなバイクと、それよりも大きなグレーのバイクだった。

はじめて間近でみるバイクだった。それはとても大きくて、体を硬直させるような迫力と気迫を放っている。

(これが…バイクなのか…)

他のバイクと比べて大きく、一層禍々しい。だがその存在感は、目を離せなくなる何かがあった。

あの男のバイクをのぞきこんだ。

(これに乗るのか…!)

バイクというのはもう少し小さいものだと思っていた。それはもちろん外観としての意味もあるが、人間が乗って操るものであるはずなのに、目の前に広がるものは圧倒する巨大さだ。

(無理だ…人間じゃない…)

吸い込まれるような魔力と脱力しそうな状態は拮抗し、やがて海斗はふらふらと後ずさり、座り込んだ。

(あいつは…人間じゃない…魔王だ…!)


夕焼けの中、若菜たちは姿を表した。若菜と、魔王と女が二人、そして小さな女の子だ。いずれも頑強な鎧に身を包み、若菜もまたそうである姿は、もはや若菜もまた魔王の一味であるのだということを強く感じさせた。

若菜は怯えた表情を浮かべ、魔王の後ろの隠れた。魔王は女たちに声をかけ、全員をその場に留めさせ自らのみが海斗に近づいてきた。

「キミも、なかなかしつこいね。痛い目をみないとわからないかい?」

「…魔王」

「…魔王?」

魔王は可愛らしくきょとんとしたあと、くすりと笑った。

「ああ、キミにはそういうふうに見えているわけだ」

「水上さんを返せ」

「返せもなにも、若菜は元よりキミのものではないし、キミのところに行きはしないよ」

呆れたように魔王は返す。こいつを倒さなければ若菜は解放されない。そう確信した海斗は立ち上がり、そして拳を握りしめて魔王に殴りかかった。だが、魔王は殴られる寸前肩をすくめたかと思うと、次の瞬間海斗は空を見ていた。

「挑戦するのは自由だけれど、無様なだけだと思うよ」

海斗は歯をかみしめ、飛び起き、そして飛びかかった。だが、たしかに魔王を見据えていたはずなのに、視界は回転し、また空を見ていた。

「若菜に説明してもらうのが早いのかな。わかった上でやってるなら警察に突き出すか?」

「若菜さんが騙されているとか洗脳されているとか思い込んじゃってたら、どう説明しても無駄なんじゃないかしら…」

「永久さんがやれというなら、あたしはっきりいいます」

海斗は立ち上がれなかった。どれほど無様でも、どれほど悔しくても、もはや圧倒的な恐怖が海斗の指先まで染め上げ、若菜を救い出したいどころか、今すぐこの場から逃げ出したかった。

若菜たちが海斗のそばを離れ、準備をし、エンジンをかけ、立ち去ることも、ただ空を見上げたまま過ぎるのを待っていた。その音が完全に遠くなって、ようやく海斗は上体を起こした。


もう随分と経ってからゆるゆると立ち上がるとき、駐車場に一台のバイクが滑り込んだ。

カラフルなバイクだ。白、赤、青。白と黒のウェアに包まれたライダーは、小柄な男であるようだ。

その男はまっすぐ海斗に向かってきて、目の前でとまった。海斗は固まっていたが、そのまま停止せず弾き飛ばされるものと思っていた。

ライダーはグローブを外すとバイクに叩きつけ、勢い良くヘルメットを脱いだ。ひどい勢いで睨みつけられた。

「おい、お前」

魔王のように女性的な顔というわけではないが整った童顔の男は意外なほどに低い声で静かに怒鳴った。

「ヘタれてる場合じゃないぞ。お前が誰にケンカ売ったか、わかってんだろ?」

意味がわからない。困惑したまま立ち尽くしていると、男はバイクを置き、降りて海斗の目の前に立った。

「世界トップクラスのミュージシャン。億万ドル長者。バイクで世界選手権を走る男。4人の女を侍らせるクソ野郎。ムカつくくらい絶対の存在。人を挫きまくる天才。この世界を私物化する魔王」

男の目が目の前にあった。怒りに燃えるような瞳。そして口角を上げた。

「俺は関俊介。お前のまえにあのクソ野郎にケンカ売って、粉々にされた弱虫雑魚チキンだよ」


「バイクに乗れ。火曜日の19時、モトファンタジスタってバイク屋で待ってる。お前がチキンでも、負け犬でも、とりあえず来い。諦めるなら、同じ舞台に立って、ぼこぼこにされてからにしな」



「関さんがなんとかできるのかしら…」

希美は心配そうに呟いた。ごはんはいつものラーメン…ではなく、落ち着いた蕎麦屋になっていた。

「関くんはあれで現実をしっかり受け止めてるし、面倒見もいいからね。罵声三昧だったけど、多分彼のところに行っていると思うよ」

永久の隣では彩佳が行儀よく少量ずつ蕎麦をつけてはすすっていた。

「あたし、関さんってよく知らないんだけど、ましろさんの彼氏だよね?」

「智香と知り合う前の出来事だったからなぁ。ましろんが騙されて俺と一緒にいると思い込んでしまったのさ」

「本当はあたしみたいな感じだったんですか?」

「違う。ましろんとは時々ツーリングに行ってバイクを教えてただけさ。ましろんが関くんに興味があったわけでもないけど。まぁ、中学校からの知り合いではあったらしい」

永久、希美夫婦も、智香も、結構食べる。時々メガ盛りにも行ってしまうぐらいだ。話しながらも三人共どんどん山積みのそばを減らしている。若菜はあまり食べられないほうだから、普通盛りの蕎麦に懸命に戦いを挑んでいる。

「あたしのせいで。ごめんなさい…」

「若菜は悪くない。そもそもこれは、俺の業だ」

「浮気性をかっこよく言おうとしないでくれないかしら…」

希美はなれっこなのか、さらっとつっこんだ。

「まぁいいわ。あなたを失うのはもう嫌だから。二度と置き去りにされたくない。それだけよ」

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Enthusiasm Engine Refurbished #2 水樹悠 @reasonset

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