A girl is not a girl.

A girl is not a girl.(1)

海斗は高校一年生である。よって当然に学校に行かねばならない。

ただし、海斗が真面目に学校に通っているかというと、とてもそうは言えない。海斗はだいぶ引きこもっているし、出席日数がかなり危ういという認識はある。

それでもなんとか進級できそうな見込みであることは、ひとえに若菜の存在が大きいだろう。若菜とはクラスも違うので接点はほぼないが、運がよければ一日に四回くらいはその姿をみることができる。できるだけ帰りは時間合わせてその姿をみようとしていたり、気持ち悪いと言われるだろうがいじらしい努力をしたりしていた。

そもそも学校にきたところで話す相手もいるわけでもなし、授業中指されるようなことがない限り学校でも一言も発しないまま帰る。一年の三分の一も声を出していない、という確信があった。


この日も授業は退屈だった。休みがちなせいもあるが、明らかに授業に取り残されつつある。ノートはとってはいるのだが、ノートに書いてある意味を理解するのが難しくなってきている。中学の時はそこそこ成績はよかったのだが、高校一年目にして少し危うい気配がしていた。

だが、海斗の機嫌はよかった。登校時に校門前で若菜と一緒になったし、二時間目の移動教室でもすれ違ったし、休み時間は水飲み場で遭遇した。今日これで三回も若菜の姿を見ることができた。相変わらず頬はほんのり赤みがさして可愛らしく、スカートは他の女子よりも眺めで、女の子の友だちよりもちょっと下がって控え目に笑っている若菜は、とてもかわいいと自分だけが知るその魅力を噛み締めていた。


今日は金曜日。明日は土曜日で月曜日は体育の日なので三連休。三日は確実に若菜の姿をみられないだろう。とても残念なので、少しでもその姿を見ていたい。そう考えていた。若菜はどう過ごすんだろう、ということを想像してみたが、すぐにそれは無理だということがわかった。人の暮らしを想像できるほど、自分の日々に出来事はなにもなかった。しかし落胆しかけた時、移動教室の時の若菜の言葉を思い出した。

「あたしね、パソコン買うんだー」

明日にでも選びにいくのだろうか?だとしたら、この連休は慣れないパソコンと格闘しているのかもしれない。自分がパソコンに詳しかったら教えてあげるとか言えるのかもしれない、と考えたけれども、若菜より先に教えられるほどパソコンに詳しくなれるとは思えなかった。


日が傾く頃授業は終わり、今日も一言も口をきかないまま学校が終了した。いつものように若菜が出てくるタイミングに合わせて教室を出ようとしたが、若菜はまだ教室で友だちと談笑していて、なんとなく諦めきれなかった海斗は無意味にトイレにいき、一旦戻ってからタイミングみてもう一度教室を出た。

ちょうど、若菜が出てくるタイミングだった。若菜と歩調を合わせ、一定の距離を保ったまま歩く。つけているようだが、どうせ駅までのことで、電車が逆方向のため駅で見送るしかない。

夕暮れの中若菜の姿を見ながら歩く。幸せな時間だった。


だが駅までの道を半分ほど行った時、若菜は駅とは違う方向へと道をそれた。

あちらにはスーパーやコンビニもないはずだ。あるのは公園だけ。少し躊躇ったが、訝しむ気持ちが強く、海斗はそのあとをつけた。

2度曲がり、坂を少し下ると公園がある。若菜はその公園に向かっていた。海斗は若菜の姿を気にかけていたが、その視界にもう一つ特徴的なものを捉えていた。

公園の前に止まる、黒いスポーツカーだ。大きくて、みるからにとても高そうなスポーツカー。

若菜は公園に向かってどんどん歩いていく。ちょっと歩くのが速くなっている気がした。海斗は、ふと若菜がそのスポーツカーを目指して歩いているように思えた。

(そんなはずない)

馬鹿げた妄想だとその考えをすぐに振り払った。スポーツカーは公園にとまっているだけであり、単にそれが目立つから結びつけてしまうだけだろう。若菜は公園に向かっているのだ。

そう思ったのだが若菜はしまいには小走りになると、スポーツカーの右側に立ち、迷わずドアを開けて乗り込んだ。

慣れた動きだった。

海斗はつまずいて転んだ。自分がバッグを落とし、そのバッグにつまずいたのだ、と理解するまで、しばらく時間が必要だった。そのまま、長い長い時間が流れた。海斗はようやく立ち上がったが、ただ呆然と黒いスポーツカーを眺めることしかできなかった。


やがてスポーツカーの左のドアがあいた。スポーツカーは当然に走り去るものと思っていた海斗は困惑し、立ち尽くした。

(女…?)

スポーツカーから降りたのは、背の高い、ショートカットの女であるように見えた。だがいささか違和感があった。その違和感が、女性としては体格がよすぎること、そしてスキニーを履いているがその脚が太いことによるものであるということを理解したのは、もうだいぶその「男」が近くまできてからだった。

「キミ」

意外にも、声は女性的ではなく、低い男の声だった。

「女の子の後をつけるのは、あまりいい趣味とは言えないな」

海斗は震えた。すぐに逃げ出したかったが、震えて動けなかった。若菜に感づかれていて、それをつけ口された…その事態にふるえているというのもあるが、もうひとつ理由があった。

(こいつは、あの男だ!)

夢にみた。女に囲まれ、女たちに微笑みかけていた。バイクで走り去り、海斗を嘲笑った、あの男だ。

「恋心からくるささやかな行動なのかもしれないが、彼女は気づいているし怯えている。もうやめておくんだ。これ続けるようでは、微笑ましいでは済まないぞ」

男はあくまでやわらかい表情ではあったが、毅然と言い放ち、そして踵を返して車へと戻った。空気を震わせる轟音が響いた。黒いスポーツカー。青い線。その車は風を巻き起こしながら、若菜を連れて走り去った。


震えが止まらなかった。

若菜が決して裕福な家庭でない、ということはなんとなく理解している。ではあの車の男は何者なのか?

おそらくものすごく高い車なのだろう、というのはぱっと見にもわかる。親戚か?それとも、若菜が援助交際を?

震えが止まらなかった。それは恐怖でもあったし、若菜に裏切られたという怒りでもあった。しかし両者どちらかといえば、圧倒的に恐怖が勝った。若菜の行動にも、あの車にもものすごく恐怖を感じた。しかしそれ以上に、あの男だ。

オーラがある、などという言い方を聞いたことがある。戯言だと思っていた。だが、あの男、決して大柄ではないし、どちらかといえば華奢だ。全体のイメージだけ見れば、女だと思ってしまいそうなほどに。だが、近づくほどに圧倒された。対峙することが、凄まじい恐怖だったのだ。

そしてその男によって、若菜は連れ去られた。しかも若菜が自ら、あの男のところへ行ったのだ。

海斗がようやく駅に向けて歩を進めたのは、四十分も経ってからのことだった。



家に帰ってから海斗はツイッターを開き、ずっと若菜のページを見ていた。


『最近学校の男子につけられてるんだよね。ちょっと怖いな。。』


そんなツイートは海斗の胸に突き刺さった。そんなふうに見られていたのか。可能性がある、なんて思っていた自分はなんだったのか。


『今日はパソコン買っちゃいます!詳しい人がついてるから安心だよ(*´ω`*)』


詳しい人というのはあの男か。ということは、あの男は何かの知り合いで、パソコンに詳しいから一緒に選んでもらうことになった、といったところだろうか。しかし、何の知り合いかが気になった。

(まさかネットで知り合った、とかじゃないよな)


『ちょっと休憩ー!いろんなこと教わりすぎて頭ぱんぱん( *・ω・)』

『やったぁぁ\(^o^)/ 買えたよぉぉぉ(o・v・o) 』


そんなツイートをただ眺めて過ごしていた。たくさんのことが頭を駆け巡り、もはや何をどう考えていいのかもわからなくなっていた。


『じゃーん♡これがわたしのパソコンくんなのです!』


写真を見て全身の血が冷たくなる気がした。

どこかの家の、どこかの部屋だ。

けれど、いつも写真をアップする場所にはない。明らかに、違うどこかだ。

フリーズがとけると、今度は過去に同じような写真がなかったかチェックをはじめた。そして、それはすぐに見つかった。


『今日は晩御飯がんばっていっぱいつくったよー♡👍✨』



ツイートひとつひとつにぞわぞわして、もうやめてくれなんて思っていた海斗だったが、写真を最後にツイートが止まると今度はじわじわと体が凍っていくような感覚になった。

あの男となにをしているのか?あの男とどんな関係なのか?

(まさか、あの男に無理矢理…!)

そんな思いがわいてきた。無理にでも近づいて説得するべきだっただろうか?そんなことも思ったが、実際にできたかと考えるとあっという間にその気持ちもしぼんでしまった。

(あの男、一体誰なんだよ…)

考えても答は出ないことは分かっていたが、それでも考えずにはいられなかった。寝られる気はとてもしなかった。

にもかかわらず、いつの間にかうつらうつらしていたようだ。握りしめたスマホに、新しいツイートが表示されていた。


『今日は大好きな人といっぱい一緒にいられてすっごく幸せ♡』

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