肆
私は、小さい頃から人と話すのが苦手だった。
名前を聞かれても答えられなくて、全部お母さんに任せきりだった。
お父さんはそんな私を見て、情けないとか惨めだとか、思ったのかもしれない。
議員を仕事とするお父さんからしたら、確かに私の存在は、見ていて変だった。
お父さんに、自分の子供だと認識してもらえていないと感じることも、幼い頃の感覚だけど何度もあった。
名前でなんて、「サキ」なんて呼んでもらえない。
お父さんは私に冷たくあたって、そのことがきっかけで、お母さんと別れてしまったのかもしれない。
そうだ、いつか聞いたお母さんとお父さんの口喧嘩。
いや、口だけじゃない。お父さんはお母さんに怪我をさせたこともあったと思う。
そんなにお父さんは私が嫌いだったの?
私を大事にしてくれる、お母さんも嫌いだったの?
私が嫌いなら、私を殴ればいいじゃんか。
なんでお母さんなの?
ねぇ、私には分からないよ……。
あのとき、私は泣いているお母さんに代わって、お父さんになにか言いたかったけれど、私にはそんな勇気はなくって。
お母さんは、私のせいで起きるお父さんの暴力で別れた。
私の頭の中でできた、証言は含まれない不確かな物語だけど、これしか私には思いつかなくて。
というか、これ以外ないと思うから、ほぼ確信だよ。
私のせいでお母さんは今もあんなに苦労しているし、私のせいでお父さんを不快にさせてしまった。
だから私は、変わらなきゃ、って、思った。
変わらなきゃ、変わらなきゃ……。
そんなとき、お母さんの仕事の関係で、ここに連れてこられた。
小4の春、桜の季節。
都会あたりに生まれ育った私にしたらあまりにも田舎なので、ちょっとわくわくした。可笑しいかな?
公園に遊びに行ったら、誰もいない。
すごく静かな公園。
私が住んでいるところとは全然違くて、ちょっとびっくりしたなぁ。
風と、遠くを走る車の音しかしない。
あっあと、鳥の鳴き声も聞こえたかな。
けど突然、足音がして。
最初は、恐怖。
誰か来る、誰か来るって………。
なんて思っていると、風に紛れて、声がした。
女の子の、どっちかというと低めな声。
私に、かな?
緊張したけど、思い切って振り返ってみた。
そして、そこに立ってたのが、
苗字なんて知らないけれど、私の最初で最後の友達だと思われる女の子。
この子の前でなら、私はちゃんと喋れるんだ。
なんでかな? なんでもいいや。
もっと喋りたいなぁって。
早く来年の春にならないかなぁ…。
* * *
私には、友達がいない。
小学校の頃からずっと、いない。
まぁこんな田舎なところだから、もともと子供の人数は多くはないけど、まずきちんと笑って話せるような人もいないんだ。
浮かべられても、上面だけの愛想笑い程度で。
感情を表に出さないわけじゃない。
ただ、表に出すような感情がよくわからない、っていうか、そもそも、名前すら覚えてもらえてない気が……。
「
なんだか、私に人が近寄りにくいのか、私が嫌われているからか、分からないけど本当に友達がいないんだ。
別にいじめられているわけでもないから、特に苦痛ではないと思っている。
学校でボッチなのは、もうホント慣れっこだし。
それに、家族がいる。父さんと母さんは、私を気にかけてくれる優しい人だし、おばあちゃんも若干ぼけてて面白い。
4人で囲う食卓はすごく楽しくて、学校の話題なんてなくたって話はいくらでも続くから。
「将来都会に行ったら、お友達いっぱい出来るよ」って。
都会出身の両親は言う。
私も、昔は友達を多くつくろうって頑張ったけど、今はその言葉を信じて諦めた。
だっていつかは、ここを出ていくから。
そんなとき、なんとなく公園に行ってみようと思った。
本当にただ、思い立っただけ。
そしたら、知らない女の子が1人、桜の前に立っていた。
歳が近そうで、話しかけなきゃって、なんだか思った。
だから、ちょっと緊張したけど声をかけてみたんだ。
そう、その子が最初の友達のサキ。
緩い2つ結びの女の子。
私は、サキに出会って思ってしまった。
サキと毎年会うたび、何かを話すたび——友達ってこんな良いものなんだ、って。
思ってしまった。
サキと話すのは変に力が入らない。
学校の人とは全然話せないんだけどな…。
なんでかな? なんでもいいや。
もっと喋りたいなぁって。
あぁ、早く来年の春にならないかなぁ……。
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