私は、小さい頃から人と話すのが苦手だった。



 名前を聞かれても答えられなくて、全部お母さんに任せきりだった。



 お父さんはそんな私を見て、情けないとか惨めだとか、思ったのかもしれない。


 議員を仕事とするお父さんからしたら、確かに私の存在は、見ていて変だった。


 お父さんに、自分の子供だと認識してもらえていないと感じることも、幼い頃の感覚だけど何度もあった。


 名前でなんて、「サキ」なんて呼んでもらえない。


 お父さんは私に冷たくあたって、そのことがきっかけで、お母さんと別れてしまったのかもしれない。



 そうだ、いつか聞いたお母さんとお父さんの口喧嘩。


 いや、口だけじゃない。お父さんはお母さんに怪我をさせたこともあったと思う。



 そんなにお父さんは私が嫌いだったの?


 私を大事にしてくれる、お母さんも嫌いだったの?


 私が嫌いなら、私を殴ればいいじゃんか。


 なんでお母さんなの?


 ねぇ、私には分からないよ……。



 あのとき、私は泣いているお母さんに代わって、お父さんになにか言いたかったけれど、私にはそんな勇気はなくって。



 お母さんは、私のせいで起きるお父さんの暴力で別れた。



 私の頭の中でできた、証言は含まれない不確かな物語だけど、これしか私には思いつかなくて。


 というか、これ以外ないと思うから、ほぼ確信だよ。



 私のせいでお母さんは今もあんなに苦労しているし、私のせいでお父さんを不快にさせてしまった。



 だから私は、変わらなきゃ、って、思った。


 変わらなきゃ、変わらなきゃ……。



 

 そんなとき、お母さんの仕事の関係で、ここに連れてこられた。


 小4の春、桜の季節。



 都会あたりに生まれ育った私にしたらあまりにも田舎なので、ちょっとわくわくした。可笑しいかな?



 公園に遊びに行ったら、誰もいない。


 すごく静かな公園。



 私が住んでいるところとは全然違くて、ちょっとびっくりしたなぁ。


 風と、遠くを走る車の音しかしない。


 あっあと、鳥の鳴き声も聞こえたかな。



 けど突然、足音がして。



 最初は、恐怖。


 誰か来る、誰か来るって………。


 なんて思っていると、風に紛れて、声がした。



 女の子の、どっちかというと低めな声。



 私に、かな?



 緊張したけど、思い切って振り返ってみた。


 そして、そこに立ってたのが、れいちゃん。



 苗字なんて知らないけれど、私の最初で最後の友達だと思われる女の子。


 この子の前でなら、私はちゃんと喋れるんだ。



 なんでかな? なんでもいいや。


 もっと喋りたいなぁって。



 早く来年の春にならないかなぁ…。




   *  *  *




 私には、友達がいない。



 小学校の頃からずっと、いない。


 まぁこんな田舎なところだから、もともと子供の人数は多くはないけど、まずきちんと笑って話せるような人もいないんだ。


 浮かべられても、上面だけの愛想笑い程度で。



 感情を表に出さないわけじゃない。


 ただ、表に出すような感情がよくわからない、っていうか、そもそも、名前すら覚えてもらえてない気が……。


 「れい」なんて呼ばれたこと、数える程しかないって。



 なんだか、私に人が近寄りにくいのか、私が嫌われているからか、分からないけど本当に友達がいないんだ。


 別にいじめられているわけでもないから、特に苦痛ではないと思っている。


 学校でボッチなのは、もうホント慣れっこだし。



 それに、家族がいる。父さんと母さんは、私を気にかけてくれる優しい人だし、おばあちゃんも若干ぼけてて面白い。


 4人で囲う食卓はすごく楽しくて、学校の話題なんてなくたって話はいくらでも続くから。



「将来都会に行ったら、お友達いっぱい出来るよ」って。


 都会出身の両親は言う。



 私も、昔は友達を多くつくろうって頑張ったけど、今はその言葉を信じて諦めた。


 だっていつかは、ここを出ていくから。



 そんなとき、なんとなく公園に行ってみようと思った。


 本当にただ、思い立っただけ。



 そしたら、知らない女の子が1人、桜の前に立っていた。



 歳が近そうで、話しかけなきゃって、なんだか思った。


 だから、ちょっと緊張したけど声をかけてみたんだ。



 そう、その子が最初の友達のサキ。


 緩い2つ結びの女の子。



 私は、サキに出会って思ってしまった。


 サキと毎年会うたび、何かを話すたび——友達ってこんな良いものなんだ、って。


 思ってしまった。



 サキと話すのは変に力が入らない。


 学校の人とは全然話せないんだけどな…。



 なんでかな? なんでもいいや。


 もっと喋りたいなぁって。




 あぁ、早く来年の春にならないかなぁ……。



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