第452話 皆が忙しい時に素知らぬ顔でコソッと紛れ込んで
悪魔の群れは、いま前の方に見えている道路に沿って移動していき、途中から急に向きを変えて動いていく。その先にあるのは、下手をすると見落としそうなぐらいの防衛ラインだった。群れの流れは、明らかに何かに操られているようであった。
「どうしたものかな……」
最初、亘は七海から聞いた集合場所に向かった。そこでキセノン社対策が行われると聞いたのだ。行ってみると皆が整列しており、挨拶やら訓示などが行われていた。
ちょっと気兼ねして顔を出すのを躊躇したのが良くなかったのだろう。どうも自分が死んだ扱いされていると亘は知ったのだ。
あげくにチャラ夫の素晴らしい、お言葉も良くなかった。それですっかり恥ずかしくなった亘は皆の前に出れなくなってしまったのだ。だから、そっと見つからないようにして離れて隠れた。
たとえば物事に失敗したとき、人は失敗そのものを恥ずかしがるのではない。失敗して恥ずかしいと感じていることを他人に知られることを恥ずかしく思うものだ。
それと同じで、恥ずかしく感じていることを知られることが恥ずかしく、さらに出るタイミングを逸して失敗したと思ったことを知られることが恥ずかしくなっている。
以上のようなことを丁寧に説明すると、神楽は一瞬言葉に詰まった後に、心の底からといった様子で息を吐いた。
「ほんっーーーとうに、面倒くさいマスターだよね。とっとと皆の前に出ちゃえばいいのにさ、なんでマスターはこうなんだろね。ボク信じらんないよ」
「うるさい、この繊細な気持ちは神楽には分からんのだ」
「あーそーですか」
神楽と言い合う亘の肩にはサキがしがみついたままで、せっせと頭を擦り付けたり噛みついたり味見したりと、マーキングする猫のような動作を続けている。
一方で七海はちょっとだけ不満そうに、皆がいる方向を見やった。
「五条さんを死んだと思って、しかも内緒にしてたんですね。正中さんも志緒さんも酷いですよ。チャラ夫君も同じだったわけですか。なるほど、そうでしたか。ええ、本当にもう。なるほどなるほど、そうでしたか」
「七海? どうした」
「いえ別に大丈夫です」
「そうか? 何か悩んでるなら一人で悩まず言ってくれ。その……一緒に悩むから」
亘に心配され、七海の心の中のわだかまりは刹那で消えた。それで複数が救われたという事実を亘は知らない。
悪魔の群れが地面を一色に染めるようにして押し寄せてきた。
「ほらさ、悪魔が来てるよ。皆のとこ行かなきゃ、マスターの大好きな戦闘ができるよ」
「人を何だと思ってんだ」
「聞きたいの?」
神楽がとても優しい顔で問いかけてくるので、亘は拗ねた。
「いや、別に聞きたくない」
「あーそーなの、残念」
「と言うかな、どうしてせっつくんだ。あの程度の悪魔なら、ちょっと数が多いだけで別に問題ないだろ」
皆が必死で決死の覚悟で臨む悪魔の群れでも、亘にとっては多少数が多くて手こずりそうだが、全部倒してDPが回収できるといった程度しかない。
神楽は両手を勢いよく振り回して一生懸命訴える。
「ボクはマスターに活躍して欲しいもん。マスターの活躍を皆に見て貰いたいもん。分かんないかなー、そーいう気持ち」
「分かるわけなかろうに」
「なんでさ」
呑気な会話を他所に、向こうでは戦闘が始まった。まず最初に、悪魔の群れに炎が叩き込まれ爆発。それから藤源次を戦闘としたテガイの皆が突っ込んでいく。
「もーっ、マスターがのんびりしてるから始まっちゃったじゃないのさ。DP欲しいんでしょ、戦いたいんでしょ」
「うーん……」
「はいはい、今度は何が気になるわけさ?」
神楽は亘に甘え続けるサキを踏んづけ、ちょっとした反撃を華麗に避ける。
頭の直ぐ側で並の悪魔なら一撃で終わるような攻撃を繰り広げられながら、亘は平然としていた。その程度であれば脅威でもないし、そもそも両者に攻撃――うっかりはあれど――されるとも思っていないからだった。
「途中から行くと、横入りしたとか横取りしたとか思われないかな?」
「あのさぁ。どーして、そーいうしょーもないことばっか気にするのさ。いいじゃないのさ、ボク信じらんないよ」
「いやそういうのってあるだろ」
「ないない、ありません」
神楽は叱るように言った。
「じゃぁさ、アレなの? 皆がピンチになってから助けに行くわけ?」
「そうピンチでもないだろ、そんなに強い悪魔はいなさそうだ」
なお、亘の悪魔の強弱に対する感覚は通常と大きくずれていた。子供の頃は百円が凄く貴重で五百円が夢のまた夢だったものが、大人になると百円や五百円が一緒くたで端数卯のような気分になるのと同じだ。多分。
「いやさ、そーじゃなくってさ。アニメのヒーローとかみたいに、タイミングをみて一番良いとこで登場するの? って言いたいの。分かる?」
「おいおい、何言ってる。そういうタイミングを見計らうような行動は駄目だろ」
「…………」
急に正論めいたことを言われた神楽は、この面倒くさい相手を無言で見やった。その目つきは険しく、口元は横一文字で頬をひくつかせているぐらいだ。
亘は呆れた様子で、諭すような口ぶりである。
「いいか。後から合流する時はな、皆が忙しい時に素知らぬ顔でコソッと紛れ込んで一緒に動くわけだ。この時に目立たないようにするのがコツだ。自然と最初から居たような雰囲気を醸し出して、誰かと軽く会話をすると尚宜しい――」
しょうもない説明に神楽は深々と息を吐く、それはもう心の底からといった様子だ。それから両手を腰に当て胸を張る。まるで母親が駄々っ子を叱るような、有無を言わせない雰囲気があった。
「もういいから、さっさと行きなさーい。ほらさ、ボクが最初に行ったげるからね。ちゃんと行きなさい。分かった?」
「分かった」
「皆のとこ行って、しっかり挨拶して、遅れてごめんなさいを言わないと駄目だかんね。分かった? ちゃんと出来る?」
「出来る」
「よろしい」
何かと口煩いことを言う神楽だったが、亘の返事を聞いて嬉しそうに笑った。さらに褒めるように頭を撫で、それから空へと向かって一気に飛翔した。
それを見送る亘は、何となく自信がついた気分だ。
だが、横から見てくる七海に気付くと軽く咳払いをする。ちょっと照れくささもあって、言い訳がましいような感じになった。
「まったく神楽の奴ときたらな、いろいろ口煩いよな」
「なんだか変わりましたよね、神楽ちゃん」
「そうか?」
「ええ、そうですよ。五条さんに対して……まるで、お母さんのような態度です」
「神楽が母親か。はははっ、そりゃ面白い。口煩いのも納得だ」
向こうで神楽が行動を開始し、悪魔の群れに対し無数の雷魔法を叩き込んでいる。それを見て、確かに変わったと亘は思った。以前でなら無差別に吹き飛ばして、後で味方を回復させていたものが、今はちゃんと悪魔だけを狙っている。
「さて、こちらも行くとしようか」
亘は頷き肩に手をやりサキをひっ捕まえた。
きょとんと首を捻るサキに笑いかけ、返ってくる笑顔を確認するなり、ぶん投げた。大きく弧を描いて落下したサキは悪魔の群れの中に姿を消し、次の瞬間にそこらの悪魔を弾き飛ばして大狐が姿を現す。
怒りの咆吼をあげたかと思うと、炎をまき散らし辺りを縦横無尽に走り回る。
「えーっと、サキちゃん大丈夫でしょうか。けっこう怒ってますけど」
「サキだから大丈夫だ」
「あっ、そうですね。信頼というものですね。じゃあ、私も大丈夫ですから」
七海は両手を突き出すと、抱きしめられ待ちのような格好となった。サキに対する亘の信頼を見て、自分も同じように放り投げて貰いたいらしい。
「いやいや、七海にそんな酷いことはできない」
亘はサキに対して酷いことをしたと暗に認めた。
だが、七海は気にもしていない。ただただ嬉しそうにして、緩んでしまう頬を一生懸命に押さえたまま、くねくね悶えている。辺りに押し寄せた悪魔が、身の程知らずにも七海に襲いかかったが、軽く払いのける仕草によって血煙に変わった。
「さてと、そろそろ行かないと神楽に怒られるな。別に神楽に怒られたって恐くないけどな。いろいろ口煩いからな、うん」
「一緒に行きましょう」
「ここは分散して七海は右の方を頼みたいが」
「えーっ、そんな……五条さんと一緒がいいです」
哀しそうな様子の七海の様子に亘は照れた。周りは悪魔だらけで無謀にも襲いかかってくるが、腕の一振りで薙ぎ払って仕留めている。
「嬉しいが、うん。それより、早く終わらせてだ。静かな場所でゆっくりしたいな。そのっ、つまり二人っきりで」
「……はい!」
照れながら言った亘は――片手で悪魔を掴んで握りつぶし――少しだけ笑っている。七海の方は両手を合わせて口元にあて――足下の悪魔を踏んづけ――嬉し恥ずかしの様子であった。
「じゃあ、私頑張ります。直ぐに片付けますから」
健気な様子の七海が張り切って――悪魔の群れの中を突っ切って――走り去った。それを見送った亘は、ようやく辺りに目を向けた。
「さっきから、ちょこまかちょこまか邪魔してからに」
怒りのまま手当たり次第に攻撃をしかけた。ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。それを慣用句ではなく実際にやっている。
デーモンルーラー ~定時に帰りたい男のやりすぎレベリング~ 一江左かさね @2emon
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