第451話 その小さな姿は少しも揺らがない

「始まったな!」

 向こうで弾ける炎を目にして、大宮は興奮気味に言った。

 悪魔が吹き飛ばされ、煙を引きながら落ちていく。だが、地を覆いつくすような群れに炎は踏み消されてしまう。呆れるほどの数だ。斜面を流れ落ちる滝雲のように、全てを覆い尽くしている。

 大宮たちの場所まで悪魔が地面を踏みしめる音が、地鳴りのように聞こえている。

 そこにテガイと呼ばれる集団が突っ込み、チャラ夫をはじめとする最高戦力も向かっている。個の戦力が奮戦し悪魔の群れを割っていき、攻撃を受けた悪魔の咆吼や叫びが耳を打つように響く。

 地獄絵図の一つのような光景だ。

「凄いもんだな」

 大宮は再び興奮気味に言った。

 実際には恐くて堪らず、今すぐにでも悲鳴をあげ走って逃げたい。けれど自分の娘になってくれた二人のため堪えている。誰かの為に心を奮い立たせ恐怖に堪える気持ちが勇気ならば、今の大宮は勇気に満ちている。

 周りには同じ気持ちの者が勢揃いし、精一杯にふてぶてしい顔をしている。

 その中で簀戸は冷静に辺りを見回した。

「ここで迎え撃ちますが、思った以上に悪魔が密集してます。あそこからあそこまで悪魔の動きが止まってません。壁状態で、こちらに来ます」

 呆れるほど平然としているが、恐怖を感じていないのではない。それよりも、まず物事をどうするかに思考が向いているからだろう。頭の良すぎる人に、まま見られる傾向である。

「では! 俺たちの出番だな!」

「そうですね。ですが、集団で対抗するにしても多すぎです。悪魔の動きを崩して分散させないと、損害が出て呑み込まれるかと」

「むうっ、確かに」

 面で向かってくる悪魔の動きを阻害し、ある程度分散させ余裕を持たねば押しつぶされそうな勢いだった。

「ですので、まず僕が相手の動きを崩します。僕の悪魔は防御力が高いですから」

「おいおい大丈夫か?」

「大丈夫です、僕は十中八九死にますが。そうすれば、皆さんが生き残れる可能性は高くなると思います」

「はぁ!?」

 驚く大宮に簀戸は一礼してみせた。

「大宮さん、それから皆さん。僕に普通に接してくれて、ありがとう。優しくしてくれて、ありがとう。あの、えっと。僕は……嬉しかったです」

 いつも無表情な簀戸が、はにかむような笑みを浮かべた。止めようとする大宮や木屋の手をすり抜け、そのまま飛び出し悪魔の群れに一人向かった。


 だが、そんな簀戸の手を誰かが掴んで止めた。そのまま後ろに突き飛ばすと、また別の者が掴んで後ろに投げ飛ばす。連携のとれた動きだ。

「いかんな、年寄りの役目を取るのは。これだから最近の若い者は礼儀を知らん」

「生き残った奴に、線香の一本でも供えて貰おうか」

「そこは酒だろう」

 大宮隊の年長者三人が止める間もなく飛び出していった。それぞれ強ばった顔で精一杯に笑っている。自分の従魔を突っ込ませ、または援護させ、使い慣れた得物を振りかざして悪魔の群れに斬り込んだ。

 面で向かって来た悪魔の動きが阻害され、ばらけた。

「こんちくしょうが!」

 続けて飛び出し、大宮が密度の薄くなった群れの悪魔に一撃を浴びせて打ち倒した。直ぐ次の悪魔が襲ってくる。鋭い爪が迫った。前に出て躱し、大宮は悪魔を掴んだ。身体を捻り投げ飛ばすと次の悪魔に向かう。

 前方で奮戦する先行した三人の姿は悪魔の壁に隔たれ姿は見えないが、幾筋もの血が飛び苦痛の声が聞こえた。

 スナガシが足下を縦横無尽に駆け抜け、跳び上がって悪魔を食い千切るなどして皆の援護に入っている。

 横には木屋が来て戦っているようだが、そちらを顧みる余裕はなかった。倒した悪魔を踏みつけて、次の悪魔が向かって来ていた。

 多少なり悪魔が分散しているが、それでも圧は強い。

「まだ、間に合う!」

 三人を助けようと前に出た大宮に、体当たりするように悪魔が襲ってくる。無駄のない動きには鋭さがあった。それを回避し叩きのめした直後、倒れていく悪魔の背後から獣のような悪魔が飛び出してくる。大宮は完全に不意を突かれた。

「!?」

 迫って来る白い牙の一つ一つが妙にはっきり見えて、そのまま喉元に食いつかれ押し倒された。

 大宮は激痛と同時に強い恐怖を感じた。

 その恐怖は自分が死ぬことに対してではなく、こんな悪魔を野放しにしておくことへの恐怖だ。仲間が襲われ、さらには守るべき者を守れないことへの無念さから来るものだった。

 即座にスナガシが相手の悪魔に飛びかかり仕留めてくれる。大宮の従魔の福助が自動で回復魔法を使うが、到底追いつかない深傷だ。

 過去無数の者が感じたであろう悔しさと恐怖の中で大宮は目を見開き、自分に食いつく悪魔を叩きのめし、血を吐きながら前に進み次の悪魔を目指した。木屋や簀戸の声が聞こえるが、聞こえるという情報だけが頭にあって、何を言っているのかは理解できないでいる。

 意識が遠のく大宮の身体を、淡い緑の光が包んだ。

 それだけではなく淡い光は辺り全ての人々を包み込み、凄まじい威力で全ての傷を一瞬で癒やしていった。


「あえっ……これは?」

 大宮は喉の奥から血の塊を吐いて呻いた。

 傷が癒やされる感覚には覚えがあった、どんな傷でも一瞬で治してくれるそれは、これまで何度も訓練の時に受けたものだ。

 さらに空から無数の光の球が降り注ぐ。

 大小様々のそれは大宮たちの周りの悪魔に命中し吹き飛ばし――何人かは一緒に吹き飛ばされるが、それも馴染みのあることだ――ていく。

「大宮さん、これは!? まさか!」

「ああ、そうだな。間違いない。来た、来たんだ」

「それなら僕たちは!」

「ああ、そうだ」

 大宮は辺りを見回し頷いた。

「逃げるんだ!」

 大宮が叫ぶまでもなく、周りの皆がこけまろびつ逃げ出した。悪魔からも逃げなかった皆が爆発の中を一斉に走っている。もちろん、これから始まる更なる攻撃の邪魔をしないためであり、巻き込まれないためでもある。

 後ろからは先行した三人も追いかけて来た。それぞれボロボロの姿だが、ぴんしゃんした様子で必死に走ってくる。先導するスナガシも、尻尾を巻いている状態だ。

「あそこです」

 簀戸と一緒に大宮に肩を貸して走る木屋が空を見上げた。

 何も無いように見えるが、目を凝らしたそこに小さな点が見える。次の瞬間、その周囲に無数の光の球が湧き出た。

「なんつー数だよ……」

 普通の従魔の全力攻撃に等しい光が落ちてくると地上で炸裂。それまでとは比較にならない密度で爆発が生じ、地面から炎が立ち上がるかの如き光景だ。

 押し寄せる衝撃波と熱風に、大宮たちはまとめて転んだ。

「すごいな、巨神兵の一撃みたいだ。薙ぎ払え、とか言いたくなる」

「それ駄目ですよ。腐って崩れますから」

「確かにな!」

 冗談を言う余裕すらあるぐらいだった。

 そんな時に、覚えのある明るい声が空から聞こえた。

「うーん、何匹か生きてるね。ちょっと手強い相手かな? しょーがないなー」

 けらけら笑いながら小さな姿が舞い降りて来た。

「あっ、良かった今度は生きて……はれ? なんだっけ。ま、いっか。それよかさ、大丈夫? 怪我があれば、ボクにお任せだよ。ちょっと待っててね。片付けちゃうからさ」

 小さな姿は軽く言って、光の球を投げつける。まだまだ押し寄せる悪魔の群れを攻撃していく。途切れることのない悪魔に、途切れることのない光の球が放たれる。

 押し寄せる爆風に白い小袖や赤い袴の裾が靡いているが、その小さな姿は少しも揺らがない。

 それが何か神々しくもあり、人知の及ばぬ自然のようでもあり、大宮たちは声も出せないまま思わず伏し拝んでいた。何故かしら、そうせねばならないような気配を小さな姿――神楽に感じていたからだ。





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