第450話 どんな悪魔でも何とかしてくれる期待があった

 悪魔相手に隠れたところで、隠れた場所諸共に破壊されるのがオチ。柵や障害物を設置したところで軽々と乗り越えられ、むしろ人間の動線が遮られるだけ。それであれば、目視して動きを把握した方が遙かに安全というものだ。

「悪魔の数はかなりのもの。向こうが決戦のつもりなら、これを凌げば勝機が見えるかもしれん」

 大宮は頼もしい口ぶりで言ったが、実際には恐怖していた。恐怖しているからこそ、これまで漫画やアニメで憧れてきた主人公の言動をトレースしているだけだ。ただ悪い方の影響もある。

「あの軍勢に対し包囲殲滅陣! というのはどうだ」

「大宮さん、余裕ですね」

 呆れた様子の木屋の言葉に周りから笑いがあがり、足下のスナガシも尻尾を振って地面を掻いて嬉しそうだ。そこそこ本気で言っていた大宮は照れたように笑った。

 だが簀戸だけは冷静沈着だ。

「包囲殲滅、むしろされる方です。相手がそう動くのであれば、分散したところを各個撃破。ですが、分散しても悪魔の方が多そうです」

「あの向かってくる勢いを、どうにか止めねばな」

「はい、我々ではそれは無理です」

 簀戸は淡々と答えつつ、しかし以前とは違って、ちらりと笑みをみせた。皆との付き合いの中で、少しずつ感情や自分の考えを表に出すようになっている。

「あちらのトップ勢で、なんとか動きを乱せるはず」

「そこに俺らも突っ込むか?」

「いいえ、それは駄目ですね。意味が無い。我々の目的は後方に悪魔を行かせないこと。闇雲に突っ込んだところで押しつぶされます」

「ふむふむ」

 大宮だけでなく他の者も簀戸の言葉に耳を傾けているのは、参謀として頼りにされているからだ。なお、その才能に正中が目をつけており、いずれ自分の補佐に引き抜く予定でいたのだが。

「少なくとも我々は現地点で固まり、集団で対抗せねば駄目です。ただ、その後は悪魔の動きを見ながらということになりますが」

「なるほど! つまりは高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応というものか」

「まさにそれです。よい言葉ですね」

「うっ、まあな。うはははっ!」

 冗談で言った言葉を真面目に返され、大宮は笑って誤魔化した。木屋たちの中で何人かは大宮の冗談に気付いていたが、やっぱり一緒に笑っている。

 悪魔の大軍を前に笑い声をあげる様子に、NATSはもとより防衛隊の者からも呆れと驚きの目を向けられている。テガイの里の者は、あの五条が手塩にかけて鍛えたと聞き、なる程と納得していた。


 チャラ夫は軽く歌を口ずさみつつ、向こうから来る悪魔の軍勢を眺めていた。恐くないと言えば嘘にはなるが、同時に何とかなるという気持ちと何とかするという気持ちの両方がある。

「兄貴亡き後は、俺っちが守るっす。それが兄貴への手向け。見守っていて欲しいっす、兄貴っ!」

 空を見上げて拳を握るチャラ夫であったが、その頭が後ろから小突かれた。やったのは、にんまり笑うエルムである。

「また、そーいうこと言うとる。ウチが思うに五条さん、ぜーったい生きとるって」

「そりゃ俺っちも、兄貴ならあの高さを落ちても平気って思ってたっすよ。思ってたっすけど、半年っすよ。半年も音信不通なんす。でもってサキちゃんが言ったんすよ。もう、居ないって」

「やー、そうかもしれんけどな。単に置いてかれて拗ねただけと違う?」

 エルムは明るく笑った。七海のように不安定になることなく、本気でそう思っているのだ。本気で思っているだけに、疑うこともない。

 それはイツキも同じだった。

「そうだぞ。チャラ夫ー、変なこと言うとな。またナナゴンに張り倒されっぞ」

「だ、大丈夫っすよ。近くに居ないっすから」

「どーかなっ。いつでもどこでもナナゴンの噂するとき、ナナゴンもまたこっちを見てるんだぜ」

「いや、本当にやめて」

 チャラ夫が震え上がるぐらい、この半年間の七海は恐かった。普段は穏やかで優しいが、禁句を口にすると穏やかで優しいまま恐くなる。普通の人が怒った時のそれとは、全く違う方向の態度を示すのだ。

「でもま、本気でいうけどな。チャラ夫はん、危ない思ったら逃げーな。子供できたんやで、そうせなあかんで」

「……俺っちが戦うのは、家族を守るためでもあるっす!」

 真面目な顔をするチャラ夫にエルムは内心で感心してはいたが、やっぱり茶化したような態度は崩さない。

「はーっ。こん人、すっかりお父さんの顔やわ。あーもう、うちも早うお母さんになりたいわ。五条はん、はよ帰って来んかな」

「だなー」

 エルムとイツキは姉妹のように仲良く笑い、お気楽な様子であった。


 少し離れた場所で少年少女らの様子を見ていた正中は深々と息を吐いた。この苦境に年若い者たちが居ることに苦悩し、また皆を死地に追いやることに苦悩し、自分の無能や不甲斐なさに苦悩している。

 七海対応で常時持ち歩いている胃薬を飲んだ。

 直ぐに効くものではないが、胃薬を飲んだという気持ちだけで少し楽になる。

「五条君ね。本当に生きていてくれたなら、どれだけ嬉しいことか」

「まったくです」

 志緒が同意して頷き、そろって諦めきっている。

 ちょこまか歩いていたヒヨが気づき、ムッと口を不満そうにして、進路を変えて二人の元に迫った。

「五条さんの命運は尽きてません。何度やっても、ちゃんと強い存在を示す結果が出てますから」

「そうは言うがピヨ介、卦で出ているだけじゃないか」

「一文字の家の関係者が、そんなこと言うだなんて」

 ヒヨは口元に手を当てると、わなわな震えた。

「いや、追放された身なんだが」

「関係ありませんー。それに何度占っても同じ結果です、間違いありませんー」

「それはそれで逆におかしい」

「おかしくないですー」

 ヒヨは子供のようにムキになっている。

「いいですよ。もし外れたら、これから、ご飯のおかわりは一杯までにします。ですから、頑張って生き延びませんと!」

 ヒヨは両手を握りしめ明るく言いはなった。

 なお、その卦が常に同じ結果になるのは当然だった。どこぞの得体の知れぬ超存在が卦に気付き、ちまちまマメに卦の内容を弄っていたのだから。もちろん誰もあずかり知らぬことであったが。

「では、生き延びるため頑張るとしよう。長谷部君もそのつもりで」

「頑張ります」

 てくてく歩いて行くヒヨを見送って正中と志緒は顔を見合わせた。

「しかし五条君の存在は大きかった。悪魔を倒してくれると言うより、どんな悪魔でも何とかしてくれる期待があった。居てくれるだけで安心があった」

「そうですね、そういった人でしたね」

「指導者としても優れていた、彼の特訓のおかげで皆が生き延びられたのだから」

「あれは酷すぎだと思いますけど」

 幾分か気楽な様子で正中と志緒は語らっている。NATSの皆は少しにやけた顔で、距離近く寄り添う二人の様子を見守っていた。


「テガイの皆さん、よろしくお願いします」

 ヒヨの挨拶に藤源次は静かに頷いた。

 藤源次も最近の激務で少し痩せ、相貌は鋭く険しく強いものだが、その眼には穏やかさが残っている。隻腕とは言え、弛まぬ精進と精神とで数多の悪魔を屠ってきた。そんな猛者感を漂わせていた。

「すまぬな、ヒヨ殿まで来させてしまって」

「大丈夫です。無辜の民を守るは我らが役目なんですから。むしろ、私の結界が効かなくって申し訳ないぐらいです」

 指を突き合わせ嘆くヒヨに藤源次は穏やかに笑った。テガイの者たちは戦いに備え、落ち着きなく装備を確認しているが、藤源次は全く動じた様子もない。

「これまで結界を維持された手腕、まさに一文字の名にふさわしきもの。歴代当主の方々に少しも引けは取らぬ」

「あはは、そう言われると照れますね」

「して、五条の件は如何か」

「卦は毎回同じものが出ます。ですが居場所は分からずです。はばかりながら、桜の姫や盟主様にお尋ねしましたけど……」

 両存在は曖昧にして微妙な態度を取って答えてくれなかった。特に盟主様は再び岩屋に引きこもろうとして、桜の姫がひきずり出したらしい。

「たぶん、きっと、間違いなく。絶対に何かやらかしてますよ」

「ふむ、五条のであれば疑うまでもない」

「そう思います。思いますけど、お偉方が私に聞いてくるんです」

 ひーんと泣いたヒヨに藤源次は呵々と笑った。

「仕方がありませんな。この戦いが終わった後で、ひとつ骨を折らせて頂こう」

「本当ですよ、きっとですよ」

「承知承知」

「はあ、安心なんです」

 安堵したヒヨがしゅを唱え、腕を一振りする。それだけで鳥の形をした炎が悪魔の群れへと飛んで行き激しい炎をまき散らした。

「では、我ら今より修羅に入ろまいか」

 それが合図となり、藤源次を先頭としたテガイの者が悪魔の群れに向け駆け出し戦いが始まった。

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