5話中2ということで。
タイトルは「這い上がれない下っ端」ぐらいでしょうかね
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豊かに広がる自然には、モンスターと呼称される生物が存在していた。山も平野も森も砂漠も海も川も、あらゆる地に適応したモンスターが闊歩していた。
爪も牙も持たぬ人間は弱小な存在でしかない。
だが、人間という生き物は狡猾であった。
柵と壁で安寧の地をつくり、手の届くモンスターを狩り、得られた素材を利用し戦う。次第に人々が集まり国家が形成された。互いに相争う余裕すら生まれ、ついにはモンスターを資源として見るまでになったのだ。
故に、人の中にモンスター資源の回収を生業とする者が誕生するのは必然であった。
才能を活かしたい者、限界を試したい者、欲望を満たしたい者、未知の地を見たい者、戦いの欲求に突き動かされる者、一攫千金を求める者、生きるためにやむを得ない者。彼らは危険な地に趣きモンスター資源や珍しい品を採取してくる。
そんな者たちは人々に、冒険者と呼ばれた。
大都市ロンポギは首都ほどではないが、華やかで、そして栄えている街だ。
近くに手頃な平原があって、山や川が適度な位置にあるため、多くの冒険者が滞在して日々良質な資源が運び込まれてくる。多くの冒険者にとって、手っ取り早く栄華と名声を得られる場所でもあった。
馬車発着場から繁華街に入って、通りを幾つか曲がったところにある一件の店。
通りかかった者が一瞥し、素通りするような汚らしい外観だ。しかも時折出入りする者も、どこか危険な雰囲気を漂わせた者ばかり。
だが一歩中に入れば、印象は違う。
飲食スペースでは酒と共に会話が交わされ、楽しげな笑い声が響き、その合間を給仕が忙しく動いて飲食物を運んでいく。ざわついた喧噪の中でグラスを上げた連中が、一際大きな声で乾杯をしている。
ごく普通のよくある飲食店の風景であった。
そんな店内の、喧噪から一歩離れた奥に一枚板のカウンターがあった。長年使い込まれた磨き込まれた板に、一人の男が情けなく突っ伏している。
男はそのまま、空のジョッキを持ち上げた。
「サラサちゃんさぁ、もう一杯」
呻くような声であっても、どこか調子良さげな感じがする。安っぽく着込んで褪せた色の服を身に着け椅子に座る姿は、腰に差した短めの剣がなければ、誰も冒険者とは思わないだろう。
「飲み過ぎじゃないですか、ランクスさん」
カウンター奥の若い女性が応えると、ランクスは嬉しそうに顔をあげた。声と同じく調子良さげな顔立ちを、笑顔で満たして愛想笑いを浮かべている。
「ああ、心配してくれるんだ。その優しさが心に染みるよっ」
「もちろん心配しますよ、主にランクスさんの財布の中身をですけどね。この前の失敗で大損したって言ってたじゃないですか。支払いの方は大丈夫です?」
「金ならあるよ、ほら今日の作業で貰っただろ」
サラサはカウンター越しに冷たい目をランクスに向けた。
「そんなの小銭程度じゃないですか。それでお酒飲むよりは、装備の為とかに貯めた方がいいと思いますけどね。あんな大博打して失敗して全財産を無くすよりは、装備を買った方がずっと良かったんじゃないです?」
龍の事は言っていない。
言えば大騒ぎで、どうしてそんな馬鹿な事をしたと言われるだけだ。
「ううっ言わないでくれ……酒を飲んで忘れようとしてんだ」
「そういうお金の使い方ですか。はぁ、駄目ですね。そういうのが、這い上がれない典型的な下っ端の考えなんですよね」
「うぐっ!」
ランクスが大袈裟な仕草で胸を押さえると、サラサは面白そうに笑った。
「分かりましたか、それなら次の仕事を受けましょう。売り上げに貢献して下さいよ」
言いながらサラサは、カウンター越しに冊子を差し出した。
そこには端麗な文字で幾つかの依頼が記されている。モンスター退治もあれば、貴重品の捜索もある。食材や資材や貴重品の採取、他都市への荷物の運搬や引き取りなど、捲っていけば様々だ。
この酒場は、各方面から持ち込まれる依頼を、冒険者と呼ばれる人々に紹介する斡旋場でもあった。両方から仲介手数料を取るため、店にとっては本業より儲かる美味しい仕事だ。
「何でもいいけど、お勧めは?」
「お勧めですか? それでしたら隣国の第二王子の暗殺か、秘境に花咲く水晶草の回収か、廃都の黒龍退治もいいですね」
「どれも最悪の内容ばっかり!? 遠回しに死ねと申されてる?」
「お勧めと言われたので、素直に儲けの多いものをチョイスしましたが」
「そう言われると仕方ないが……と言うか、何で暗殺の依頼なんてあるんだか」
「秘密です」
サラサはにっこり笑っているが、その目は少しも笑っていない。おっかなそうに首を竦めたランクスは冊子に目を落とした。恐い発言は忘れて、自分でも出来そうな依頼を探す事にしたのだ。
冊子を捲って、紙面を指先でなぞるようにして確認。その一つを、とんっと突いた。
「あー、これだこれにしよう。街の近くの果実採取だ」
「それ簡単で安い仕事じゃないですか。もうちょっと上めで、モンスターと激闘して報酬ガッポリな依頼に挑戦して欲しいですね。ま、いいですけど」
もちろん、ランクスの実力では到底無理な依頼だ。
「採取は今から行かれますか」
「まさか。もう、お酒入ってるし。今日は死んだ仲間を想って、隅で飲ませて貰うよ」
「それもそうですね。ごゆっくり」
サラサの優しい笑みに見送られ、ランクスは店の隅に席を移った。
この酒場は汚れていて、酒は美味くないが料理は美味い。金を払っている間は、サラサも愛嬌があって話相手をしてくれる。そして、この騒々しさの中で酒を口にしていると、一時のこととは言え一人で生きる寂しさを逃れられる。
故郷を飛び出して、拠り所の無い生活をしていると、時折妙に物寂しくなる。懐が寂しいとなると余計にそうだ。喧噪に浸っていると嫌な事を忘れられるが、その気持ちに今は影が差す。
ジョッキに口をつける。
――なんで俺は、こんな人生なんだろう。
故郷を飛びだし冒険者になって五年は経つ。
同じ頃に冒険者になった中には、第一線で活躍している奴もいるし、商売を始めて上手く儲けている奴もいる。もちろん運悪く死んだ奴もいるので、生きているだけでも幸運かも知れない。
けれど、あっさり死んだ奴の事さえ羨ましく思えてくる今日この頃だ。
何の伝手も才能もなく、何度も騙され、酷い目にあっている。会話に飢えて、ようやく仲間が出来たと思えば騙され裏切られる。
ジェイルに裏切られた事がショックだった。
自分一人が仲間と思い込んで、それをあいつは裏で笑っていたと思えば怒りが込み上げる。だが、それをぶつける相手はもう居ない。
誰かに言うにも相手はおらず、仮に居たとしても恥ずかしくて言えやしない。
――結局、俺はこうなる運命なんだろうな。
そう思いながら、ランクスはジョッキの中身をあおり飲んだ。
お代わりを頼もうと顔をあげたが、サラサは他の客との会話に忙しそうだ。しかも、自分と話すときよりも、ずっと楽しそうでもある。適当に支払いを済ませると、喧騒に追い出されるように店を出た。