5話中4ということで。
タイトルは普通に「再会?」ぐらいかな。
でも読み返し手直しをしていると、書き方を試行錯誤しているけれど、この書き方が自分なのかなぁと思えてきます。
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気がつくと生きていた。
生きていると言っても、最初は何も考えられず、ぼんやりと空を眺める。白雲が薄っすら赤味がかって、空の青さも紫めいている。ランクスは何となく身体を起こし、額に手をやって、小さく息を吐いた。穏やかな日射しの暖かな空気に浸って、何度か呼吸を繰り返した後に辺りを見やった。
広がる草原、若緑の草。濃緑の低木、赤い実。そして横たわるルーバーの死骸。
「っ!」
ようやく思い出した。
即座に自分の身体を確認するが、右手の傷は薄い痕だけで塞がっている。噛まれた左腕と右足も同じで、裂けた布地と乾いた血痕だけが、確かにそこに傷があった事を告げていた。動かす事に不自由は少しもない。
「何が……」
どうなったのか分からない。
ふと傍らを見れば、覚えのない瓶が転がっていた。草の数本を押し潰し横たわるそれは、回復薬の瓶で間違いない。しかも丁寧な造りで装飾もされ、僅かに中に残った滴は赤い色をしている。高級回復薬の瓶だった。
どうやら、これのお陰で助かったらしい。
ランクスは首を傾げて瓶を手に取った。つまり誰かが、これを使って助けてくれたという事だ。しかし、そんな奇特な事をする者がいるとは考えがたかった。その値段の高さは身に染みて知っているのだから。
訝しんでいると足音がした。
まだ幼いぐらいの少女が一人やって来た。白い髪に青い瞳が綺麗な子で、何故こんな処に、こんな少女がいるのか。警戒を忘れ、そちらを気にしてしまったぐらいだ。
傍らに立って両手で革袋を差し出してくる。
「お水どうぞ、汲んできたよ」
天真爛漫さを感じる声だ。
ランクスは数度瞬きを繰り返した。頭の中が混乱して、何を言えばいいのか分からなかった。分からないので、差し出された革袋に目を向けた。
「……水?」
「はい、お兄さんが飲みたいって言ってたから」
「ああそう、わざわざ汲みに行ってくれたわけね。ありがとう」
差し出された革袋――だが、近くに水を汲めるような場所はなかったはずだ――を受け取って、あおるようにして飲んだ。冷たく新鮮で口当たりがよく、さっぱりした味わいで身体の奥底まで染み込んでいく。自分が生きているのだと改めて実感した。
ランクスは水を飲みつつ、横目で少女を観察した。
――この子は誰だ?
こちらの様子に気付き、にこりと笑う顔に邪気は欠片も無い。
一方で身に付けているものは、やや古風だ。上衣とスカートが繋がった白服に、半透明な薄青色をしたスカーフ。腰には青布のベルトを巻いて後ろでリボンにして縛っている。
「えーっと、君は……」
「私、クリュスタって言います」
「なるほど」
水を飲み人心地ついたところで、ようやくランクスは警戒心を取り戻した。ここはモンスターの彷徨く危険な場所だ。少女が一人で出歩ける場所ではない。少なくとも、この少女は普通ではない。先程はルーバー相手に死にかけたが、ランクスの危機察知能力は、なかなかのものだ。
少女の注意を手に取った瓶に向けさせ、腰を浮かせ即座に動ける体勢を取った。
「ところで、君がこれを使ってくれたって事でいいのか?」
「クリュスタです」
「え?」
「私の名前はクリュスタです」
どうやら、この少女は意外に主張するタイプらしい。
「クリュスタは――」
「お兄さんの名前は?」
「……ランクス」
認識を訂正する。どうやら、この少女は意外に押しが強く主張するタイプらしい。
「ところでランクスは、何を言いかけたの?」
「ああ、つまりだ。この高級回復薬を使ってくれたのは、クリュスタなのか?」
「そうだよー」
「こんな貴重なものを使うなんて、大丈夫なのか? いや、助けられた側だから言う事じゃないんだが。知ってるか、これは凄く高いんだぞ」
「そうなんですか?」
「俺なんて、これ買うために、とんでもない苦労したんだ。何年も金を貯めてな。悪い、変な事を言った」
あの白い龍を助ける為に使ってしまった金額を思い出し、ついつい愚痴が出てしまう。情けないとは思うが、それ程の苦労をして手に入れた品だったので当然だ。
だが、クリュスタは手を小さく横に振った。
「それ? それ、お兄さんのだよ」
「……ん?」
「だから、別に気にしなくていいのに。もしかして勝手に使ったら駄目だった?」
「待て、ちょっと待って!?」
ランクスは顔を引きつらせ言った。嫌な予感がしていた、それも凄く。
妙に頭の中で思い出されるのは、あの白い龍を助けた時に、ひと瓶だけ残った高級回復薬を放りだして逃げた事だ。ついでに、酒場の与太話ではあったが、龍の中には人の姿をとれる存在がいると聞いた覚えもある。
「もしかしてクリュスタが、この前の白い龍だったりしないよな? まさかそんな事ないよな。悪い、俺ってバカだからさ。また変な事を言ったよ、はははっ」
「良かった、覚えててくれたんですね!」
クリュスタは、両手を軽く打ち合わせた。
その姿は誰がどう見ても、可愛い以外は普通の女の子だ。
「お兄さんが走って逃げちゃったから。どうしようって思って探してました」
「…………」
たとえ本人の言や物証があっても、目の前の少女が、あの白い龍とはどうしても思えない。むしろこの時のランクスの気持ちを言葉にするならば、あまりにも突拍子もなくて理解が追いつかず、そして『信じたくない』であった。
「えっ……本当に?」
「そうですよ、もしかして忘れてました!?」
「いやいや。龍を助けたのは覚えているけど……」
「むぅ、信じてくれない。仕方がありませんねぇ」
クリュスタの姿が一瞬で崩れたかと思えば、何かが地を踏み足元から衝撃が伝わる。
目の前に大きな存在がいた。滑らかで真っ白な外皮に覆われ、二対の翼がある。前足と後ろ足には太く光沢ある爪を持ち、背中から続いて太い尾が伸びる。
夕映えに照らされ黄金色にも見えるが、しかしその青く澄んだ目だけは何ものにも染まらない。間違いなくあの時に助けた幼龍だ。恐れたランクスは思わず後退った。だが、逃げ出す前に前足がノシッと出され行く手を阻む。さらに巨大な顔が近づいて、またしても真正面から見つめられる。そこはかとなく、どうだと問いかける様子が伝わってきた。
迫力がありすぎる。
それでも何とか声を出すが、震えてしまうのは致し方ない。
「分かった理解した、もとに戻ってくれ」
ガウガウと龍が頷くと姿が滲むように崩れ、またクリュスタの姿が現れた。頭の天辺から足の先まで、じっくりと見るがどう見ても普通の女の子だ。しかも見られて照れている。
「あー、どっちの姿が本物なん?」
「人の姿も、真龍の姿も。どっちも本物です」
「ああ、そう――って、真龍!?」
「そうなんです! 獣並の知能しかない龍とは全く違うのです」
手の甲を喉元にあて、何やらふんぞり返って威張っている。そうしてみると、全く普通の女の子がふざけて遊んでいるような様子だ。真龍だが。
ランクスは空を仰ぐと、急に叫び声をあげた。
「真龍真龍か……って、ぬあああっ! 日が暮れてしまう」
空はみるみる陰りだし夕日の残光が眩しく輝いている。
「え、日暮れに何か問題が? 私が真龍という事よりも!?」
「当たり前だ! 日が落ちたら城門が閉められて、外に閉め出されるんだよ。くそっ、今からだと走っても間に合わない。外で野宿だと!?」
「あっ、なんでしたら私がひとっ飛びして運びましょう。私も街に入りたいので」
「やめろおおぉ! そんな事されるぐらいなら野宿の方がマシじゃぁ!」
ランクスが我を忘れて叫べば、クリュスタはびっくりした様子で固まっていた。そうこうする内にも、日はどんどんと暮れていく。