「笑う大魔導師と沈黙の狂戦士」から
新連載しましたので、今回は限定ではなくさせて貰ってます。
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アルストルという言葉は非常に有名だ。
王国において最も栄える地域名であり、そしてその中核となる都市の名である。そしてアルストル大公家の家名であり、アルストル大公家から別れた複数の分家からなる一族名になる。
「ひゃぁ! 我、一番乗りぃ!」
幼いタルシマが元気いっぱいに部屋に駆け込んできた。
そんな姿にジルジオンは好ましい笑みを浮かべていると、タルシマは両手を広げながら飛びついて来た。
「ジっちゃ! おやつ! おやつ、おやつ!」
「ふはははっ、タルシマは元気いっぱいであるな。そら、この飴は甘いぞ」
「ふおおっ! 飴! 甘い! 美味い! さいっこーよのー!」
「そうだろうそうだろう」
笑っていると丁寧にドアがノックされ、静かに開いてソニエルが顔をだした。一礼をして入室するとドアを閉め、再び丁寧に頭を下げてから歩いてくる。幼いながら、その礼儀作法は完璧だ。
「大お爺さま、失礼致します」
「ソニエルも一緒か。よしよし、では褒美に飴をやろう」
「ありがたく頂戴致します」
「気にするな。ほれ、早く食べろ。ソニエルが美味そうな顔をしてくれるのが、儂にとっては一番の礼になるぞ」
その言葉に、ようやくソニエルは飴を口にした。包み紙は丁寧にたたんでポケットにしまっている。タルシマが同じ包み紙をテーブルの上に投げ出しているのとは対照的だ。
「そこのエルフ、お爺さまから離れなさい。無礼で迷惑です」
「はぁ? 我のどこが無礼で迷惑なんじゃ。堅っ苦しいことばっか言うなよー!」
「大声を出してはいけません。ここは大公家の屋敷です」
「知っらーんっ! ジッちゃは何も言っとらんのに指図すんな!」
タルシマは活発でソニエルは冷静、その他のことも性格的に正反対といった具合。歳も近いため、いつも反目し合って喧嘩ばかりしている。
「ほれ二人とも仲良くせぬか」
ジルジオンが軽く窘めるとタルシマもソニエルも黙り込む。だが、それは表面上のことでしかない。どちらも睨み合って一歩も譲る気はなさそうだ。
二人とも将来的には各家を継ぐ立場にある。
これは、あまり宜しくはない状況だろう。
「ふむ……どれ、二人とも今日は特別な場所に連れて行ってやろう」
少し考えジルジオンは立ち上がった。
窓辺で日向ぼっこをしていたマルバスが伸びをして、のそのそと歩いてくる。散歩になりそうだと思ってのことだろう。近づいてタルシマとソニエルを嗅いでいるが、二人とも自分たちと同じぐらいの大きさのマルバスを前にドギマギして固まっているぐらいだ。
そのまま廊下にでる。
ジルジオンは廊下で出会う使用人たちと冗談交じりで気さくに話し、タルシマとソニエルとマルバスを連れ、屋敷の外に出た。
「良い天気ではないか」
広々とした庭を進み遠くの景色を見やる。
「ほれ、ずーっと遠くに黒いのが見えておるだろう。あそこの頭が二回白くなったら、この辺りも寒くなりだす。覚えておけ」
「そうなんか! じゃっどん、あの黒いのなんなん!?」
「山脈、つまりは大きな山の連なりだ。どでかいドラゴンもいるぞ」
「ふおおおっ! ジッちゃが倒したっていうドラゴンなんか。我もいつかはドラゴン退治するぞー!」
「それは頼もしいな」
興奮するタルシマだが、その横でソニエルは面白くなさそうな様子だ。歩きながら植え込みの花や葉に触れている。
「ソニエルが触っておるのはトブケの木だな。その赤い花が咲いた後に小さな実がなる。それはいざとなれば食べられる、あまり美味くはないがな」
「お爺さまは食べたのです?」
「そりゃそうだ。魔王戦争時にはな、この大公家でも食べ物に困っておった」
「街の人に配ったと聞いてます」
「おう、アルストル家はアルストルの街があってのものだ。自分たちだけが肥え太るのは間違っておろう?」
歩きながら、あれやこれやと話していく。
かつてジルジオンも、ジルジオンの祖父や父から同じように話を聞いたものだ。こうしたものが一族の伝統や気風というものをつくるに違いない。
「よし、着いたぞ」
到着したのは石造りの小屋だ。
入り口のドアがある他は、明かり取りの小窓があるだけ。一見すると資材や機具を置く小屋に見えるが、しかし作りはしっかりとしたものだ。
「ここ、なんなん? なんなん?」
そう尋ねるタルシマだったが、既に駆け寄って小屋の石壁やドアをベタベタと触っている。それを窘めるようにマルバスが頭突きをし、服の端を咥えジルジオンの元まで引きずってきた。ソニエルは呆れた様子で首を振っている。
「心して聞け」
ジルジオンは静かに言葉を発した。
そこには静かな迫力と威厳が宿っており、たちまちタルシマもソニエルも背筋を伸ばした程だ。もちろんマルバスもきちんとお座りをしている。
「代々のアルストルの当主候補は、ここで一晩を過ごす試練がある。もしも、一晩を過ごせないようであれば当主にはなれぬ」
「過ごせないと駄目なのですか?」
不思議そうにソニエルが首を捻る。
「つまり、こうした粗末な場所で過ごすことで民の暮らしを体験するということ?」
「お主なー、何を言っとるん。当主様じゃぞ、当主様になる試練じゃぞ。そんな簡単なはずなかろうが」
「それぐらい我慢できなきゃ駄目ってことだよ。まあ、君は無理だろうけどね」
「なんじゃとーっ!」
今にも喧嘩しそうな様子にマルバスが割って入った。だが、二人が構わず手を振りまわすため巻き添えを受けている。
「控えよ」
ジルジオンの発した言葉は短かったが、そこには圧倒的な威が込められている。たちまち震え上がったタルシマとソニエルを見つめ、さらに言葉を続けた。
「お主ら二人、これより儂と一緒に中に入るがいい。そして己を見つめ直すがいい」
鍵すらかかっていない小屋のドアを開け中に入る。内部は窮屈と感じる寸前の広さで、何の飾りもなく殺風景。だが、入って正面の壁に一枚の絵がかけられてあった。
一人の少女を描いた絵だ。
それは白い衣のような衣装を身につけた可愛らしい黒髪の少女で、緋色の瞳には何の表情も読み取れないが、口元に僅かな微笑みがあった。
「ここでは無礼は許さん。たとえ、お主ら二人であってもだ」
ジルジオンは言って床に座り込むが、その目は絵に向けられたままだ。
後ろの二人も同じように腰を下ろすと緊張した顔で絵を見つめた。ただマルバスは入り口で足を止めると、まるでひれ伏すように身を縮め床を向いたまま震えている。
「アルストルを支える四家が一族として団結したのは、中興の祖ナニア様の頃だ。それを結びつけたのは一人の青年。我ら一族には、その方の血が流れておる」
静かに告げるジルジオンの言葉を、タルシマもソニエルも大人しく聞いている。ただし、全員の視線は黒髪の少女の絵から少しも離れない。釘付け状態だ。
「この絵は、その青年と常にあった少女を描いたものだ。そして大公になれるのは、この少女の絵に認められた者のみ」
絵に認められるというのも変な話ではあるが、タルシマもソニエルも何も言わない。ただ魅入られたように、少女の絵を見つめている。しかし二人の額には、ふつふつと冷や汗のようなものが浮かびだしていた。
さらに二人の肩が小刻みに震えだしたところで、ジルジオンは立ち上がり出口のドアを開ける。
真っ先にマルバスが転がるようにして飛び出し、近くの茂みに頭だけ突っ込んだ。
タルシマとソニエルは絵を見つめたまま後ずさりをすると、それでも頭を下げてから外へと出て行った。後はもつれ合うようにして地面に倒れてしまう。
ジルジオンは絵に対し微笑みかけ、一礼してから外に出た。
「ここに入ったことは内緒にしておくのだぞ。さあ二人とも、己らの足りないところをよく考えよ」
からから笑いジルジオンは悠然と歩きだした。
後に残されたタルシマとソニエルは手を取り合い震えていたが、どちらからともなく互いを見やり少しずつ言葉を交わしていった。二人の間にあった反発心が欠片も残さず消え去っている。それは何か強大な存在に遭遇し己の無力さを痛感した人と同じような心境だったに違いない。
これ以降、タルシマとソニエルは一緒に行動するようになった。