第15話
そこには、ウルトラマリン・ブルーとでも形容すべき、美しい青色をしたナメクジのような生物がうごめいていた。
プルプルと水気を帯びたからだが体育館の光にテカっている。大きさは、子犬くらいだろうか。パイプ椅子の上に、ちょうど収まるくらいだ。
「グフゥッ!」
袋を引き剥がした百足の「群衆」のひとりが、白目をむいて倒れた。口からブクブクと泡を吹き、全身を痙攣させている。顔面がみるみる青白くなっていく。
「もう、助からないね」
ナメクジのようなその生物は、あろうことか人間の言葉を喋り出した。
「あっしの体臭を至近距離で嗅いじまったら、ヒグマだってお陀仏さ……かわいそうな奴だよ、何の罪もないっていうのに」
「な、な、な……」
百足は、珍しくうろたえた表情を見せながら、後ずさりして言った。
「何なんだっ、こいつは!」
うーん、初めて会った時は、僕なんかじゃ手も届かない存在だと思っていたけれど。だんだん親近感が湧いてきたな。僕だって、同じ状況だったら同じ顔で同じセリフを言ったはずだ。
……少なくとも、周りで顔色一つ変えない新入生たちよりは、百足の方がよっぽど親しみやすい。
「静粛にしたまえ、百足くん」
梅宮の声がマイク越しに響く。
「彼も新入生の一人なのだから。もっと初対面の時は礼儀を重んじた方がいい。TPOはスパイに不可欠な処世術だ」
「し、新入生……!?」
と、いうことは。百足以外の全員は、このナメクジまがいの生物も、スパイの一人としてあらかじめ知っていたということだろうか。
なんて馬鹿げた情報戦なんだ。
「誰か、あっしに袋をかけてくれないかい? ……いやあ、無理かね。近寄ったら、そいつもおっ死んじまうからねぇ、ふしゅしゅしゅしゅしゅ」
不気味な笑い声が続く。ていうかどこから声を出してるんだろう。それ以前に、こいつはどういう種類の生命体なのだろう。
ごくり、と僕は唾を飲み込むと、ナメクジもどき(と、仮に呼んでおこう)に向かって、一歩を踏み出した。
自分でも、なぜそんな行動をとったのか、わからない。
しかし、その時の僕の気まぐれな行動が、眠たいだけの入学式に波乱をもたらすことになろうとは、全く思っていなかったのだ……。
酸っぱい葡萄と喫茶店 @hiranonariyoshi
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