第16話「片手間で救う世界」

「乾杯! お疲れ様!」

 舞の音頭に、皆が続く。司令室には椅子やテーブルが持ち込まれ、食堂からは料理も届き、即席のパーティ会場となっていた。勝利を祝おうという、舞の手回し。

「いやー、一時はどうなるかと思ったけど、終わり良ければ全て良しだな!」

 赤ら顔の晋太郎は歩の肩に腕を回して、しきりにビールを勧める。

「ほら、先生、飲め飲め!」

「は、はぁ……」

 歩はたじたじになりながらも、勧められるまま缶ビールを一口。久し振りの味わい……うん、苦い。

「コンテストへの応募も、大丈夫だったんですよね?」

 ワイングラスを手にした啓介に尋ねられ、歩は笑顔で肯く。

「ええ、お陰様で……ネットの設定も、助かりました」

「いいんですよ。あれぐらいはさせてください」

「そうそう、世界を救ったんだからよ! しかも、夢のついでにな!」

 晋太郎はばしばしと歩の背中を叩き、手にした缶ビールを飲み干す。

「ぷはぁ……でもさ、スゲえよな。夢……夢かぁ。夢は、諦めたくねぇよなぁ」

 どこか遠くを見詰める晋太郎を見て、歩は口を開く。

「羽田さんの夢って、何ですか?」

「羽田さんはやめてくれって! 年上なんだし、びしっとしろよな?」

「す、すいません……」

「晋太郎はずっと陸上をやってたんですよ」

 啓介の言葉に、晋太郎は大きく肯いた。

「おう、短距離な! 国体だって出たことあるんだぜ? オリンピックも目指してたんだが、まぁ、怪我をしちまってな。よくある話だろ?」

「そう、だったんですね」

「でもな、正直、ほっとしたんだ」

「えっ?」

 目をぱちくりする歩に、晋太郎は肩をすくめて見せる。

「……あの頃、記録が伸び悩んでてさ。練習はきついし、俺は何をやってんだろうって。そんな気持ちでやってたら、そりゃ怪我もするって。だからさ、実際は怪我を言い訳にして、夢を諦めただけだった……今なら、それがよ~く分かる」

「晋太郎さん……」

「ま、昔の話さ。俺はともかくさ、啓介の夢はまだ可能性あるだろ?」

「菅原さんの夢?」

 歩が顔を向けると、啓介は小さく首を振った。

「啓介でいいですよ。僕は夢なんて――」

「謙遜すんなって、神童だったんだろ? こいつ、絵がめっちゃ上手いんだぜ!」

「早熟だっただけだよ。それに、僕は絵よりも大切なものが――」

「そりゃ家族は一番だろうけどさ……先生、何か言ってやってくれよ!」

 晋太郎に促され、歩は肯いた。

「……俺は啓介さんの事情を知りませんが、まだこれからだと思いますよ?」

「ありがとうございます。でも、僕はもう十分です。これ以上――」

「啓介さんって、お子さんがいるんですよね?」

 歩の質問に、啓介は少し狼狽うろたえる。

「は、はい、それが?」

「俺は親父にいつも夢を持って欲しいって言われてたんです。何でそんなことを言うかと思ったいたら、他でもない親父自身が、ずっと夢を持ち続けていたんです」

「……お父様が、ですか?」

「ええ。それを知った時、親父の子供で良かったなって。俺が夢を持てたのも、親父が夢を持っていたからですし。だから俺は、親にも夢を持って欲しいと思います」

「くー! 先生、良いこと言うな! 親父さんも最高! ……啓介、やれって! 父親が絵描きなんてさ、紗那さなちゃんだって鼻が高いぜ?」

「……晋太郎の話はどうかと思いますが、先生の話は一理ありますね」

「煮え切らねぇな。まだまだこれからだって話だろ?」

「それは、晋太郎さんもですよ?」

 歩の言葉に、晋太郎は目を丸くする。

「確かに、僕もそれは思っていたよ」

「啓介まで……だって、もう三十だぜ? それに、STWの仕事だって――」

「それは、僕も同じだ」

「うっ……で、でもさ――」

「大丈夫ですって! 人生八十年……二人とも、俺より若いじゃないですか?」

 顔を見合わせる晋太郎と啓介。ややあって、晋太郎は肯いた。

「……言われてみればそうだな。先生にやれて、俺達にやれないことはないよな? そうだよ、だってさ、まだ三十なんだしな!」

「確かに。先生が夢を叶えられるかどうかは、これからですけどね」

 啓介の横目に苦笑する歩。晋太郎は空き缶を振り上げた。

「おーっし、やってやるか! 短距離が駄目でも長距離……いずれはマスターズって手もあるしな! 啓介もさ、アニメとか漫画とか、そういうのだって――」 

「実は僕、デジタルで描いたイラストを、時々ネットにアップしてるんだよ」

「マジかよ! ……そうだ、先生がプロデビューしたらさ、本の表紙描けよ!」

「ああ、それはいいね。先生、ご検討頂けますか?」

「ええ、もちろん!」

「いやー、男性諸君! 盛り上がってるねぇ!」

 ミコがビールの缶を傾けながら、ふらふらと近寄ってきた。ぎょっとする歩。

「み、ミコちゃん!? 君、飲んで大丈夫なの?」

「もちろんよ! 私は立派な大人なんだから!」

 ミコは小さな胸を張り、ごくごくとビールを飲み干す。歩は首を振った。

「いや、そうは言っても――」

「そうだぞ、ミコ。お前が酒を飲むとな、ビジュアル的な問題が生じるんだぞ?」

 晋太郎の突っ込みに、啓介も肯く。ミコは赤味の差した頬を、食いしん坊のリスのように大きく膨らませた。

「むぅー……そんなこと言うなら、これでどうだっ!」

 ミコが目を閉じて何やら呟くと、その身が光に包まれた。光を手で遮る歩、晋太郎、啓介。光は大きく膨らみ……大人の女性が現れた。

 ――豊かな金髪に覗く黒い猫耳。褐色の肌に、蠱惑的なボディライン。だぶだぶだった衣服ははち切れんばかりとなり、裾を引きずっていた白衣が丁度良いサイズとなっている。黒くて長い尻尾が、ゆらゆらと揺れる

「……これなら、文句はないわよね?」

 艶のある声。碧眼の流し目に、男性陣はこくこくと肯くことしかできなかった。


「……あの姿も久し振りねぇ」

『盛り上がってるようで何よりだ』

 椅子に座っている舞は、操作卓のモニターに映っている源次に目をやった。

「君も来たら?」

『水を差すつもりはない』

「あら、嫌われてるという自覚はあるのね?」

『それが務めだからな。それより、よくやってくれた』

「世界を救うためよ」

『異星人は首尾良く撤退……まだまだ、使えそうだな』

「いつまでも遊んでくれるとは限らないわよ? 特に、あの執事の方は」

『その時は、にも考えがある』

「こちら、ね」

 舞はこつこつと、操作卓を指先で叩く。

「君が裏で何を企もうが構わないけど、世界を脅かすなら潰してやるから」

『この世界が誰のものか、分かっていないようだな』

「分かった上で言ってるの。私はね、もう世界が滅ぶのを見たくないだけ」

『経験者は語る、か。肝に銘じておこう』

「……無理しちゃって。世界を一人で動かせると思ったら大間違いよ?」

『そうだな。だが、私はミナヅキ・インダストリーの総裁なのだ』

 舞は溜息をつく。……それが無理してるって言ってるのに。

「まぁ、せいぜい体に気をつけることね。凛音が泣くわよ?」

『……凛音は大丈夫か?』

「ようやく、人間らしい言葉を聞けたわけね」

『凛音にはこれからも世界を救って貰わねばならんからな』

「……前言撤回」

『何とでも言え。……ではな、今後も頼むぞ』

 通信を終え、源次の姿が消える。舞は暗くなったモニターを指で弾いた。

「父親なら、飛んできなさいよね」

 ……娘の心配一つするのに建前がいるなんて、本当、世界征服なんてするもんじゃないわね。エクセリアちゃんはその辺、分かってるのかしら? ……ま、あの子なら大丈夫か。私達なんかより、よっぽど人間らしいしね。

 とりあえず、今は世界の無事を祝うとしますか。

 舞が椅子から立ち上がると、宴の輪から離れた歩が近づいてくるところだった。

「亀山君、お疲れ様。飲んでる?」

「あ、はい! その……凛音ちゃんは?」

「医務室よ」

 歩の顔から笑顔が消える。……これが素直な反応よね。舞は首を振った。

「病気や怪我じゃない。ちょっと……いや、かなり疲れてるだけ」

「そう、ですよね……」

「君が責任を感じることはないわ。でも、お見舞いは悪いことじゃない」

「……はい! それで、医務室の場所は――」

 歩の背後からリブラが抱きつき、そのままずるずると引きずっていく。

「いってらっしゃい」

 舞は遠ざかる歩に手を振って見送る。


 突き当たりを右……リブラは歩にそう告げると、踵を返した。歩はリブラにお礼言って通路を歩き、右に曲がったところで和馬と鉢合わせとなった。

「あっ……」と、歩。

「ど、どうも!」と、和馬。

「えっと、君は……新城君、だっけ?」

「はい、和馬です! その、お疲れ様です! ……亀山さんも、凛音ちゃんの?」

「うん……って、君も?」

「はい、さっきまで。凛音ちゃんなら、すぐそこの部屋です」

 和馬は振り返って、部屋を指さす。

「……僕は、凛音ちゃんに沢山助けて貰っちゃったから。そのお礼を言いたくて」

 和馬は歩に向き直る。歩はじっと和馬を見返し、深々と頭を下げた。

「ありがとう」

「ちょっ? ど、どうしたんですか?」

 歩は頭を上げると、目をしばたたかせている和馬に向かって口を開いた。

「本当は、謝罪をするべきかもしれない」

「謝罪なんて……」

「俺の我が儘で、STWに多大な迷惑をかけてしまった」

「いや、それは問題ないです!」

 和馬は断言する。その勢いに、今度は歩が目を瞬かせる。

「……だって、亀山さんはSTWじゃありませんから! あっ……気に障ったなら謝ります。これだけ助けて貰っておきながら、こんなことを言うのはおこがましいと思います。それでも、立場上、亀山さんは部外者なんですから、僕達のことで気に病む必要なんて、全然ないんですよ?」

「……ああ。だからこそ、ありがとう」

「へ?」

「……世界を救ってくれて。救われた世界の一員として、ね」

「あ……で、でも、そうは言っても、亀山さんは――」

「いや、君の言う通りだよ。僕は部外者だ。……そう、ずっと部外者であろうとしていたんだよ。世界を救うという重責から逃れるためにね。だから、世界を救ったのは俺じゃない、君だよ」

 歩の言葉に、和馬は首と両手を振って否定する。

「ぼ、僕は違いますよ? 僕は凛音ちゃんや、皆がいたから、何とか――」 

「世界を救ったのはSTWだろう? その中には君もいる。だから、ありがとう」

 きょとんとする和馬。和馬は拳を固く握り締めると、歩を睨み付けた。

「亀山さんはずるいっ!」

「え?」

「亀山さんはずるいっ!」

 言葉を繰り返す和馬。歩は戸惑いながらも、否定することはできなかった。

「……ごめん。あの、俺、そろそろ……」

 和馬は黙って道を空ける。歩は和馬の視線を痛いほど感じながら、先に進んだ。

「亀山さん!」

 びくっとして歩が振り返ると、和馬がびしっと歩に指をさした。

「僕は! 貴方に絶対――」

「カズマちゃん、みーっけ!」

 大人のミコが、和馬の背後から抱きついた。狼狽する和馬。

「だ、誰ですか!?」

「ひどーいー! そんなこと言う子は、んー……こうだ!」

 ミコは和馬の頬に顔を近づけ、舌を伸ばしてぺろっと舐めた。

「ひぃっ! お、お酒臭いっ!」

「さぁ、カズマちゃん、行くよ~! 私、お酌して欲しいな~!」

 ミコは和馬の腕を掴み、引きずっていく。和馬は歩を振り返りつつ叫んだ。

「ぼ、僕、絶対に負けませんからっ! リッターも! 凛音ちゃんも!」

 

 ――和馬を見送った歩は、医務室の扉の前に立った。

 呼び鈴を押してしばらく……自動扉がぷしゅっと開く。清潔な匂い。部屋の奥のベッドに、凛音が背中を丸めて腰掛けていた。

「……横にならなくてもいいのか?」

「ちょっと寝たら、元気になりました」

 青白く、生気を欠いた笑顔。眼鏡は外され、髪も下ろしてストレートである。

「無理するなって」

「……実は、立ち上がれません。先生は赤いですね? お酒ですか?」

「ああ。でも、俺は酒が苦手で……実は、ふらふらだ。座っていいか?」

「もちろん」

 歩は凛音の隣に腰を下ろした。両手をベッドに突き、天井を見上げる。

「はぁ……疲れた」

 凛音は噴き出すと、笑いながら肯いた。

「……ふふ、本当に、お疲れ様でした!」

「君こそ、お疲れ様だよ」

「驚きましたよ、戦いながら小説を書くなんて」

「……ああでもしないと、間に合いそうもなくて。本当、面目なかった」

「いえ……あ、でも、携帯に連絡は欲しかったですよ?」

「書き終わって、応募してからって話だったからさ」

「ですけど……そこは臨機応変というか……もう、大変だったですからね?」

「……悪かったよ」

「そういうことじゃ……でも、約束を守ってくれたから、何でも良いです」

「正直、特製ドリンクが飲みたかったけどな、最後の方は」

「じゃあ、飲みます?」

「……遠慮しとく。それにしても、まさか黒姫さんが家に来るとはなぁ」

「それは……私も驚きました」

「えっ? 君の差し金じゃなかったの?」

 歩は驚いて凛音に顔を向ける。凛音は首を横に振った。

「先生の作品が掲載されているサイトを教えたり、良かったら小説のアドバイスをしてあげてとかは言いましたけど……それ以上のことは、特に」

「そうだったんだ。俺の作品を全部読んでくれたとか言ってたけど……」

「姫子、本を読むのが速いんです。でも、流石に大変だったって、言ってました」

「……ってことは、会ったんだ?」

「はい。ここまで付き添ってくれて、お話も……そうだ、伝言を頼まれてたんだ」

「伝言?」

 凛音は肯くと、指先でとんとんと額を叩いた。

「……えっと、色々言ったのはあくまでプロの小説家、黒姫としての意見で、黒川姫子としては、どの作品もそれなりに楽しませて貰った、ありがとうだって」

「それは……嬉しいね」

「あと、新作も読ませて欲しいってさ。一読者として」

「是非もないよ」

「私も楽しみにしてますから! 読ませてくれるんですよね?」

「……そうだな」

「何ですか、今の間は?」

「君の作品も読ませてくれるか? もちろん、新作を」

「えっ……」

 目を丸くする凛音に、歩も目を丸くする。

「何を驚いてるんだよ?」

「だって……」 

「まだ諦めたって言うのか?」

 凛音は俯き、膝の上でぎゅっと拳を握る。それを見て、歩は肯いた。

「……辛かったと思うよ。友達があの黒姫さんだからな。でも、俺は黒姫さんが特別だとは思わない。彼女だって努力はしていたはずだ。それが実るまでの時間の差……それが才能なのかもしれない。逆に言えば、差はそれだけなんだ。時間がかるなら、時間をかけるまでさ」

「夢はそう簡単に叶うものじゃない?」

「そういうことだ。それに、世界を救いながら夢を追うことだってできる。俺が今日、それを証明したつもりだったんだがな」

 はっとする凛音。

「じゃあ、そのために……?」

「そうだ……と言えれば、格好もつくんだろうけどな。俺は怖かったんだよ。世界を救いながら夢を追うことが。いつでも世界を救うことを理由に、夢を諦めてしまえるから。でも、俺は諦めなかった。諦めないでいることができた……と思う。俺にもできたんだ、君にだってできるさ」

 歩はそう言うと、頬を指先で掻いた。

「……これで俺がプロデビューできたら説得力もあるんだろうけれど……これはまぁ、いつかその日が来ることを、今は信じて貰うしかないな」

「信じます」

 即答する凛音を、歩はまじまじと見詰めた。凛音はこくりと肯く。

「だから、私も。いつになるか分からないけれど……待っていてくれますか?」

「ああ。もちろん」

 歩が肯くと、凛音は嬉しそうに笑った。そしてお腹に手をやり、苦笑い。

「……ほっとしたら、お腹が空いちゃいました」

「料理は色々あったけど……あれなら、ゆで卵でも作るか?」 

「先生、作れるんですか?」

「茹でるだけだろ?」

「何を言うんですか、色々と奥が深いんですよ? じゃあ、私が教えてあげます!」

「とにかく行ってみるか」

 歩は立ち上がると、凛音に手を差し伸べた。凛音はその手をじっと見詰める。

「さっき、立てないって言ってただろう?」

 凛音は肯くと、歩の手を取った。


 ――三ヶ月後。

 歩の応募作は一次選考で落選。そしてほどなく、世界は新年を迎えた。


 暖冬とはいえ外気温は一桁で、暖房がごうごうと部屋を暖める、一月の午後。

 歩はノートパソコンのキーボードを叩く手を休め、後ろを振り返った。ベッド前のスペースに新設されたちゃぶ台に向かい、凛音が漫画を描いている。

 座布団に正座し、前屈みとなっている姿は、まるで書き初めのようだが、その筆、ならぬミリペンで描き出されている絵は……。

「……何を見てるんですか?」

 凛音が顔を上げる。歩は首を伸ばし、原稿に目をやった。

「いや、進捗はどんな感じかなーと」

「も、もちろんバッチリ進んでますよ!」

「さっきと違うコマ割……またやり直したのか?」

 凛音はぎくりとして、顔を背ける。

「うっ……ちょ、ちょっと、イメージに合わなくて……」

「気持ちは分かるけどさ、それじゃいつまで経っても――」

「分かってますよ ……先生こそ、どうなんですか?」

「も、もちろん、順調だぞ!」

 凛音はペンを置いて立ち上がった。歩の後ろからノートパソコンを覗き込む。

「……さっきから一ページも進んでないんですけど?」

「は、半分は埋まっただろう?」

 ――沈黙。

「……よし、息抜きにベタ塗りでもさせて貰うかな」

 歩はおもむろに椅子から立ち上がると、ちゃぶ台の前の座布団にあぐらをかく。

「じゃあ、私は原稿をチェックしますね」

 凛音は椅子に座ってノートパソコンの画面に目を凝らし、眼鏡に指を当てる。 

「……それにしても、先生ってベタ塗りが上手いですよね。イラストも可愛いし」

「君こそ、よく誤字とか脱字を見つけられるよな。設定の破綻もすぐ見抜くし」

「先生、漫画家の才能があるんじゃないですか?」

「凛音ちゃん、小説家の才能があるんじゃない?」

 ――沈黙。

「……リブラちゃんに一度、見て貰います?」

「そうだな。まぁ、それでも……」

 変わらないだろうなと、歩は思う。自分は小説。凛音ちゃんは漫画。才能の有無なんて関係ない。追いたい夢を追う。夢を追っている間は、誰もが人生の主役だ。

 メールだよん! メールだよん! 

「……ファンが来ましたよ、先生」

「新作も好評で、嬉しい限りだ」

「私も好きですよ? あれ」

「ありがとう。……じゃあ、行くか」

「ちゃっちゃと世界を救って、作業に戻りましょう!」

 歩は立ち上がると、ハンガーにかけられている漆黒のコートを手に取り、厚手のジャージの上から羽織った。凛音もコートを羽織りながら、暖房の電源を切って玄関へ。靴を履き、鍵を外し、扉を開ける。

「……寒っ! コメットに防寒機能を付けて貰って、正解ですね!」

 歩も玄関で靴を履き、外に出る。扉を閉め、鍵をかける。凛音はアパート前の道路でコメットにまたがった。歩もその後ろにまたがり、凛音の腰に腕を回す。

「では、行きますよ! コメット、リフトオフ!」

 二人を乗せた箒が、冬空へと舞い上がる。


 ――この世界を救うのは、片手間ぐらいで丁度いい。

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カタセカ ~この世界を救うのは、片手間ぐらいで丁度いい~ 埴輪 @haniwa

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