知らない街

@ckr97

第1話

「スーパーの懸賞で当たった旅行券を使おうと適当に決めた行き先がここか・・・」

 空港から出ている連絡バスに乗って、窓の外を見ながら窓を少し開けてみた。田舎の匂いがしていたが二十分もたつとどこかで感じたことがある風を頬に受けた。

 バスの停車をはりまや橋に決め、大きな手荷物を預けている人に先に降りてもらいゆっくりとバス停のポスターを見回した。今日は街中で何やら踊りのイベントがあるようだとわかったものの、特に関心があるわけでもないためポスターに目を通した後バス停を出た。

 お盆の季節には各地で催しが開かれることは知っていた。徳島の阿波踊り、山形花笠祭り、祇園祭などなど。もっと小さい夏祭りのイベント会場でダンスを披露しているグループがあることも特に気に留めないながら知っていた。

 はりまや橋交差点に近づくと派手な衣装を身にまとった女子高生らしき女の子が道を歩いていた。そしてガヤガヤとした雑踏。しばらくすると大音響の音楽が流れてきた。街中でトラックの後ろから大きなスピーカーを通して流れてくる音圧、これは体験したことが無かった。

 はりまや橋商店街のよさこい鳴子踊りをあとにして、電車通りを歩いた。高知城の天守閣を通りから見て、通りの南側にある山内家下屋敷長屋まで足を運んだ。そのまま山内神社、山内家宝物資料館に行った。

 上町には電車通りではなく路地を西向きに、用水路沿いにテクテクと歩いた。その用水路の上に仮設テントのようなものを作っている光景が目に入った。用水路沿いに店舗が並んでいるのは新鮮だった。木曜市らしい。行く店ごとに買っていかないかと呼びこまれて、お餅やら干物を買ってしまった。

 その上町の電車通りに出て、通り沿いに高知市の中心部に向かった。自転車で走る高校生の横には大きな石碑があった。知ってはいたが意識したことはない坂本龍馬の生誕だった。写真を撮ろうとする人はいなかった。

 そのままホテルにチェックインし、近くの居酒屋に行った。まだ早い時間なので客も少なく、カウンターに座った。女主人から観光客と見抜かれ世間話が始まり、そのうち高知の裏話になった。居酒屋の目の前にある盛り上がりが高知城の堀跡で、昔は土の橋があったことを女主人は熱っぽく語った。

 久しぶりの旅で疲れていたため早めにホテルに戻った。ホテルのカウンターで部屋の鍵を手にして、エレベータに入った。部屋でシャワーを浴びベッドで横になった。

 手にしたスマートホンはいつものもの。ホテル室内の静寂もいつものもの。でも今日見てきたものは初めてのものばかり。今さらながら自分の生活しているさいたま市とは全く違う光景に目が覚めた。初めて乗った「ごめん」行きの路面電車で笑って、天守閣に初めて上った。もちろん高知市の街を眼下にしたことはない。

 いつもの夜は座れないぐらいの込み具合の京浜東北線に乗る。駅前はネオンで煌々と照らされ人も多く、車も多い。駅から歩いてスーパーに行く途中に居酒屋もあるが、週末しかにぎわっていない。街は最近再開発されてきたため新しいが、伝統はない。数駅行けば超大型量販店もあるが、顔見知りの店などない。近所づきあいもないから、この辺りの友人もいない。

 こんなことを味わえたのはいつぶりなのかと考えてしまった。神社の縁日でもこんなに人と関わったことはなかったのかもしれない。

 今日見聞きしたことは全部初めてのことばかり。ベッドから身を起こしてテレビをつけてみた。地元のニュースで場所もわからない。着ていた浴衣を脱いでポロシャツを着、部屋の鍵を手にした。

 中央公園の交番前は待ち合わせや解散の場所としてよく使われる。そこにまぎれてみた。自分がここの住人でないことが妙に楽しくなり、京町商店街を歩いてみた。地元の商店街はほとんど閉まっており、これもまたさいたま市では見たことがなかった。アーケードの中を少し酔ったサラリーマンが自転車で走って行き、横道の居酒屋の前に停めて暖簾をくぐっていった。アーケードの脇では次の店をどこにするかでもめているグループもいた。この街では毎晩こんな感じで夜はふけていくのだろう。

 ちょっとワクワクしてきたためか、中央公園の近くにあるコンビニで地酒を買った。いつもは捨てるそのレシートを長財布に入れて、ゆっくりとコンビニを出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

知らない街 @ckr97

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ