第20話 エピローグ
わたしがこの小説を書きのこそうと決めたのにはわけがある。
もともとの物語は、6世紀から代々、わが家に伝わるものだ。はるか昔から語りつがれ、書きとめられ、写本になり、こうしてわたしの手もとに届いた。
その内容はといえば荒唐無稽もいいところで、おさないころならまだしも、いま読んでみると、バカらしいかぎりだった。
それがにわかに真実味をおびてきたのは、わたしが大学の歴史講師になりたてのころ、1人の剣術師範に出会ったからだ。
運動はからっきしのわたしだが、剣術には昔からあこがれていた。フェンシングの試合は好きで、よく観戦に出かけたものだ。
その試合会場で、くだんの剣術師範に出会った。
彼の名前はふせるが(仮にW氏としておく)、由緒ある伯爵の家柄で、先祖は立派な騎士だったという。そのW氏から声をかけられた。
「どこかで見た顔だな。あんたとは初めて会った気がしない」
わたしは驚いた。まったく身に覚えがなかったからだ。
それでもW氏とは意気投合し、競技会のあと、弟子たちと別れた彼と2人でパブに出かけた。そこでW家に伝わる物語を聞いたのだ。
酔ったうえでのほら話だと、ふつうなら忘れていただろう。
しかし、それはわが家に伝わる書物の記述と、ことごとく符号するのだ。わたしがもっと詳しく知りたいと頼むと、W氏の自宅に、その話を記した本があるという。わたしはさっそく借り受けた。
こうして2冊の本がそろったわけだ。
W氏のは12世紀、わたしのは6世紀を舞台にしていた。それをくりかえし呼んで思わずうなった。それぞれの著者が別々に創作した物語であれば、2冊の内容がここまで一致するはずはないのだ。
これは本当にあった出来事ではないか?
そんなとほうもない考えが、わたしの頭に浮かんだ。
とにかくこれは1冊にまとめて出版する価値があると考えた。そこでW氏に発表の許可を求めると、彼の名前を出さない、という条件で承諾してくれた。
こうしてこの本が書かれることになったのだ。
わたしが書いたといっても、文章を読みやすく直し、いくつか注釈をくわえただけで、内容はおおむね原本と同じである。ただその2つの物語を交互に配置し、それらの符号がよくわかるよう工夫した。
とちゅうでいちいち入る注釈がうるさいと感じた読者もいるだろう。これも歴史にたずさわる者としての性質なので、どうか、ご容赦を願いたい。
さて、わたしの紹介が遅れたようだ。
わたしの家系は古く、ケルト時代のドルイドにまでさかのぼるらしい。その血が受け継がれていたとしても、しがない歴史講師であるわたしに、魔法でペンをバラに変える能力はないのだけれど。
しかし、はるか6世紀の昔に起きたネルの物語が現代に伝わる、これこそが魔法ではないか。いまこの文章を読んでいるのが、いつの時代の人かはわからないが、そのあなたにもこの魔法は届いているのだ。
それがさらなる時代を超えることを願い、わたしはペンを置こう。
わたしの名前は、偉大なる先祖からいただいた。
イシス・ドレイク
了
ディープメモリー @you-sakuma
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