白い桜の祝福を 1

ーーしーちきんside


「とろろ……しーちきん……」

朝、珍しく神妙な顔つきをしたお馴染みの奴、とうがらしがよろよろとこっちへ歩いてきた。

オレはギョッとしてそいつに駆け寄った。

「おいおい、どうしたよ」

「大丈夫ー?」

オレと同じく心配したようにとろろもとうがらしに駆け寄る。

とうがらしはオレらをまともに見ずに、呻くように口を開いた。

「……やられた。俺はもうだめだ……」

「ちょ、なになに、何があったんだよ」

「言わないとわかんないよー」

オレととろろは慌ててとうがらしに聞くが、とうがらしは途中で事切れたように倒れてしまった。

オレはいつも見ないとうがらしの姿に尋常じゃなく焦った。

「……マジかよ」

「え、これ……まずいやつだよね」

そう、事件の予感。

額にヒヤリとした汗が伝う。

とりあえず倒れたとうがらしを保健室に運ぶべく抱えてーー、

「……ZZZ」

「何だよっ!! 寝てるだけじゃんか!!」

「あ、じゃあ大丈夫だね」

そのまま適当に教室の隅へと放り投げた。


「……ってことがあったんだけど」

「お腹でも空いてたんじゃないかな?」

昼休み、オレは友人の煉の昼食を食べながら(煉は諦めて大人しく食べられてる)朝のことを話した。

煉は顔に浮かべた人の好い笑みを崩さずに、軽い調子で応えている。

「ちょっとー、少しは心配してくれよ!」

「いや、正義のヒーロー隊のことだから、大したことじゃないでしょ」

なんて失礼な認識! (ちなみに正義のヒーロー隊というのはオレら三人の総称である)

オレはショックを全く隠さずに顔に出して煉を見た。

「オレらだって何か起こるかもしれないじゃん!?」

「んー、そうかなぁ……」

「何だその微妙な反応! 酷いぞ!」

煉はオレの反応を見て可笑しそうにくすくすと笑った。

「冗談だって。うん、とうがらしの様子は俺もよく見ておくよ」

「ありがとぉぉ! 煉がついてくれると心強い!」

煉は「そんな大げさな……」と呟くと、何か何か考えるような仕草をして俯いた。

「……? どした?」

「いや、そういえばちょっと前にとうがらしが先生に声をかけられてたなって思って」

関係ないかもしれないけど、と煉は言った。

いや、関係あるだろ!!

とうがらしが先生に声をかけられるとか、珍し……あれ、全然珍しくないわ。

「オレの勘が絶対関係あるって言っている!」

「何だそれ、相変わらず無茶苦茶だなあ」

「いや、今回こそビビッと来たんだって!」

煉は困ったような顔を浮かべてから、口を開いた。

「じゃあ、後で先生に聞いてみるよ」

「え、いいの?」

「うん、どの先生と話してたか覚えてるし」

「さっすが煉!! やっぱお前大好きだわっ!!」

「う、うん。ありがとう」

直後に始業のチャイムが鳴り、授業が始まる。

オレはとうがらしの様子が気になり、(いつもだけど)その時の授業は全く集中できなかった。


ーー煉side

「頼みごと、ですか」

「そう、あいつ学年関係なくいろんな人と仲良くやってるだろ? だからこいつのことも何とかしてくれるんじゃないかって思って」

放課後になり、俺はしーちきんと話していた先生のもとに訪れていた。

「煉も良かったらあいつ説得するの手伝ってくれないか?」

「出来る限り頑張ってみますね」

先生が去っていくのを見送った後、俺は会話の内容を頭の中でまとめた。

『この学校に一度も顔を見せていない生徒がいるんだ』

それは俺も聞いたことがある、不登校で有名な生徒だった。名前は皐月。

入学はしたのだが、一度も登校したことがなく、先生が散々手を焼いている生徒だ。

……同じクラスの生徒なので、俺も気にかけてはいた。

先生はとうがらしに学校に来るよう説得してほしいと頼んでいたらしい。

とうがらしが寝てしまったのは単純に眠かったからか、それか説得し疲れたかだろう。

(……個人的にその件は解決したいと思ってたんだよなあ)

俺は一応このクラスの学級委員に任命されている。学級委員としてこのクラスをまとめていきたいという想いは強いし、それになにより、大好きなこのクラスに不登校生がいるのは寂しく思えた。

「あ、煉だ。こんなところで何してるの?」

廊下でぼーっとしていたら、隣のクラスの友人、ふれうに声をかけられた。

相変わらずの柔らかい笑みを顔に浮かべた彼は、どこか俺を安心させる雰囲気を持っている。

俺は自然と笑顔になりふれうの方を見た。

「ふれう久しぶりだね、パンでも買ってたの?」

「うん、今購買行って帰ってきたとこだよー。今日の夕飯ー」

「えっと……はちみつ唐辛子パン? それ美味しいの……? あと、夕飯はちゃんとしようね」

「今日はちょっとめんどくさいなって思っただけ。いつもはパンだけじゃないからね? あと、これ凄いクセになる」

ふれうはへにゃと笑ってパンのパッケージを見せてくれた。……残念ながら食べようという意欲は湧かなかったけど。

「そういえば、ふれう皐月って子知ってる?」

「えっと、学校来たことないって子かな? 名前なら聞いたことある」

「そうなんだけど……どうして学校来ないんだろうね……」

「うーん、ごめん、そこまでは知らないなぁ」

申し訳なさそうにもう一度「ごめんね」というふれうに、俺は少し慌てて「いやいや、ありがとう」と返した。

それから、ふれうは少し考えるような仕草を

し、閃いたように手を打った。

「そうだ、今日はグレクが学校に来てるんだよ!」

「え、グレク? 珍しいね」

「そう、昨日俺が『最近グレク学校に来なくて寂しい』って言ったら来てくれた」

「……ふれう達って本当に仲良いよね」

「うん、凄い仲良いよ」

にこにこしながら言うふれう。確か、二人がここまで仲良いのも、『天津高校に来る前』の学校生活に関係があるんだったな。……詳しく聞こうなんて野暮なことはしないけど。

ちなみにグレクというのは隣のクラスの生徒。超人的に頭が良く、情報屋。大抵のことならグレクに聞けばわかるのだが……問題はあのグレクが教えてくれるかだよなあ。

個人情報だし、聞き出してしまって良いのかも少し悩みどころだ。

……だけど、なんで学校来ないのかわからなければなんて説得すれば良いのかもわからないし。

見当違いの説得されても、イライラするだけだよね。

「ふれうありがとう。じゃあグレクとこ行ってから帰ろうかな……」

「俺もちょっと寄る場所あるからそろそろ帰ろうかな」

「じゃあね」

「うん、ばいばい」

俺は手を降って去ってくふれうの姿を見送った後、グレクのクラスの教室を見た。

中にまだ残っていれば良いんだけど。

俺は心でいてくれと祈りながら教室のドアを開けた。

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境界の学校〜AMATSU〜 おしゅれい @amatsu

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