最終話【合衆国大統領の憂鬱】
核兵器を手にした国がそれを使わないまでも公然と使用をちらつかせたことから全てが始まった。核兵器を所有していることを外交の道具に使ったのだ。
そしてアメリカ合衆国を含む世界はあまりにそうした行為に寛容すぎた。核兵器に対し俺たちの精神はあまりに脆弱だった。その結果がこのざまだ。
俺たちは勘違いしていた。非核保有国はすべからく核に対しブレーキになってくれると。だから俺たちが好き勝手やってもブレーキになってくれると。だが連中は非核保有国であるが故にその国家の存亡に非常にナーバスなんだ。核保有国の俺たちは核を持ってしまった責任について深く考えることもせず、非核保有国の安全への欲求を軽んじた。その結果がこのざまだ。
核兵器を脅迫に使うような国に対し迎合し、脅迫された国に自制を求めるなどするからこうなるのだ。
だがもう遅い。どの国であれ核保有国であれ非核保有国であれ核兵器が使用されてしまったのなら核戦争を始めるのが正義なのだ。この正義を認めないなどと公言した場合数年以内に世界中の国が核保有国となるだろう。
ガッデム! 絶妙のバランスで灰色に誤魔化していたのに! マスコミや政治家どものビビリのせいで白黒表明する填めになったのだ。アメリカ人のチキン野郎め! それでもお前たちはアメリカ人かと言いたい! 男のくせにビビる野郎の臆病がこの事態を招いてしまった! まあ世の半分は女だけどな。男もビビりだったか。
電話口の向こうのサトーは完全に腹を据えている。
『大統領、今後我々は経済と安全保障を分けて考えることにしました。安全保障とはお互いの国民の命が失われるかもしれないという問題です。命がかかっている以上カネで解決のつく問題ではない。カネをいくら出しても命を買うことは出来ません』
「もっともだ」
『日本有事の際には自衛隊が前面に出てアメリカ軍は自衛隊の後方支援ということになります。異存はないでしょうか?』
「全く問題がない」
『ただ、通常兵器で戦闘が続いているうちは自衛隊で対処できますが、通常兵器ではない場合自衛隊ではどうしようもありません。この場合に限りアメリカ軍に出張って貰うことになりますが、それを期待してよろしいですね?』
「むろんだ」
サトーの言わんとしていることは察した。だがサトーは敢えてその言葉を音声にしてみせた。
「核戦力は日本にはありませんからな」
「うん」と仕方なく返事する。
「時にアメリカ合衆国においては日本に核武装させないことが自国の国益に叶うということになっていますが、〝日本核武装は支持されない〟。この点今もその通りで間違いはありませんか?』
「その通りだ。日本の核武装を支持する者はワシントンにはいない」
『かつて私はアメリカ人の方にこう言われました。アメリカ人はイエスかノーかを明確に言う。しかし日本人はイエスともノーとも言わず曖昧な返答ばかりだと。このステレオタイプな日本国民のキャラクター性は既に無くなっています』
「大丈夫だ。『核の傘』、いや『拡大抑止』は確実に提供する」
『抽象的ですね。特に『拡大抑止』なんて〝核〟の字も入っていません。これでは何を提供してくれるのか国民に説明できません』
続けてサトーが念を押してきた。
『トーキョーの人々が核虐殺されたら、ペキンの人々、ないしモスクワの人々、ないしピョンヤンの人々を核虐殺してくれるのでしょうね』
(了)
『核兵器』 齋藤 龍彦 @TTT-SSS
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます