カロカガティアと理性の蹂躙

 また最高の一人称小説を書くなあ!もうやだ!嫉妬しちゃうからもう!
 以前にも別の作品を読んでどこかに書いた覚えがあるが筆者の一人称小説は本当に個性的で、とにかく語り手の中身をストレートに反映してくる強みがあると思っている。一人称小説とはそもそもそういうものであるべきで、お手本のように優れた一人称だと思うわけである。それとはまた別に、筆者の一人称小説は語り手の思考をそのままトレースするような、逐次的な描写が特徴的だと思う。そして優れて理性的である賢者を語り手に選んだことはまったく素晴らしく効果的に働いたと言わざるを得ない。
 とにかく、この理性の化身たる賢者の男の語りが凄まじい。読んでいると理性の渦に埋没させられる。堅苦しい科学や哲学、修辞学に凝り固まった人間の思考というものを剥き出しに描写してくる。そして、それが崩壊するさまをありありと描くものだから、わたしたち読者も同じように激しく揺さぶられてしまうのだ。これぞ、正しい読者体験という気がする……(たぶん前にも言った)
 美しくあることは、正しさよりもずっと正しい。美なることは善なることである。一国の主が振りかざすその何よりも鋭い刃は、いかなる理性の壁をも突き崩し、あるいはじわじわと蝕み、傷をつけ、血を流し、やがて魅了してしまう。その凋落の顛末をじっくりと丁寧に描いた傑作だ。没入感がじつに深い。
 美少年も、なかなかわるくないな……。