第16話 「少しずつ、解っていってくれればそれでいいのよ。あなたのことみたいに」


「幽霊騒ぎ、解決したんだって?」

「おかげさまで。残念ながら幽霊は居ませんでした」

「なぁんだ、会ってみたかったのになぁ」

 朝の七時。

 早々にチェックアウトをしたにも関わらず、アケミは相変わらずフロントでおしゃべりに興じてきた。

 高次は彼が嫌いではない。己を見た目で判断せず、気さくに話しかけてくれる人間のひとりだからかもしれない。

 案の定、幽霊の噂を流したのも、巽と高次の行為を盗撮したのも、新木だった。

 このホテルを潰し、自分のホテルへ巽を引き抜きたいがために行ったことのようである。それは巽のためというより、新木の下心によるところが大きいだろう。

 桂木惣菜店の紙包みがいつもゴミ箱に捨ててあったから、新木があそこの常連客なのは解っていた。

 決定的だったのは、桂木のおかみが「噂を教えてくれたのは若い男だった」と思い出したことだ。

 カレーを作った日、巽は来なかったが代わりに桂木のおかみがやってきた。特に用事はなかったらしいが、近くを通ったから顔を見に来たのだという。

 カレーを振舞いつつ、ためしに「もしかして幽霊の噂をしていたのは二十代ぐらいの男ではなかったか」と訊いてみたところ、「そうだった」と思い出してくれた。

 このあたりで若い男と言えば、高次と巽、新木、そして二階堂ぐらいだろうが、巽と二人で聞き込みに行った日、巽とは面識がなかったようだし、二階堂は目の前に居た。

 そうなると残りは新木だけだ。

 行為の盗撮には、やはりあのテディベアを使っていたらしい。幽霊の噂を流しても反応の鈍い巽をけしかけるため、客の行為を撮影しそれで脅すつもりだったようだが、偶然にも高次とのそれが撮れてしまったようだ。

 開腹手術をしてもテディベアからカメラが出てこなかったのは、証拠隠滅のため、全く同じテディベアをもう一体用意して、巽の目を盗みカメラ入りのものと取り替えていたという。あのぬいぐるみは普段のビジネスバッグには入らないだろうが、どうせ「昨晩友達の家に泊まったので、今日は荷物が多いんです」とか言いながらテディベアの入った大き目のバッグを持って来たに違いない。

 こんなことがあったのだし、新木は仕事を止めるかと思いきや、寧ろ開き直ってここに居座るようである。「バレちゃったし、これからは堂々と一之瀬支配人のこと狙いますから」なんて言いながら、彼が浮かべた不敵な笑みを思い出し、高次はつい苦虫を噛み潰したような顔になる。

 元々、新木は解りやすいぐらい巽にアプローチしていたのに、巽ときたら無防備に二人で飲みに行ったりして、どこまでも鈍いヤツだと高次は思う。悪い虫をつけないようにせねば。

「それにしても巽ちゃん、なんだかすっきりした顔してるわね」

 フロントごしに覗く巽の横顔を見つめ、アケミはカウンターへ頬杖を付いて目を細めた。

 巽とは対等になりたいという気持ちから敬語は使わないものの、客相手ではそうもいかず、高次は慣れない敬語を駆使して話す。

「色々ありましたから。アケミさんにもお世話になったみたいっすね。ありがとうございます」

「アタシはお礼を言われるようなことしてないわよぅ。でも、巽ちゃんも、ちょっとはアタシのこと好きになってくれたかしら?」

「え」

「だってあの子、アタシのこと嫌いだったでしょ」

「……解りやすいっすよね」

 高次は気まずそうに頬を掻く。それでもアケミは、明るい笑顔を見せた。

「ふふ、いいの。アタシみたいな人間を、いきなり全部受け入れるのは難しいもの。少しずつ、解っていってくれればそれでいいのよ。あなたのことみたいに」

「あぁそっちも気付いてたんですね」

 ラブホテルで勤務していること同様、別に隠すことではない。特にアケミは同性愛者なのだ、理解だってあるだろう。しかしそれでも、知られるのはなんだか面映い気持ちになる。

「俺のこと好きになるなんて、あいつも物好きですよね」

「そうかしら。高次ちゃん、魅力的な人だと思うけど」

「俺、顔怖いじゃないですか。嫌われてる、って勘違いするヤツが多くて」

「そんなの、怒ってるわけじゃないってすぐに解るわよぅ」

 どこかの誰かは三ヶ月気付かなかったわけだが。

「あぁでも、アタシが巽ちゃんと公園で、ふたりっきりで話してたときは、高次ちゃん、アタシに敵意ビンビンだったわね」

「え」

「おい彰。そろそろいくぞ」

 自動ドアの方から、いつも待たされてばかりの彼が声を上げる。

 彼が呼んだ名前に、高次は思わずアケミの顔を見た。

「アキラ?」

「あら言ってなかったかしら。アタシ、本当は二階堂彰って言うの」

「この姿のときはアケミって呼んでって言ってるのにぃ」なんて言いながら、ぱたぱたと走っていく背中には、あのスーツ姿とはまるで重ならない。

 高次はその背中をぽかんと見送りながら、「世の中、見た目だけじゃわかんねぇなぁ」と呟いた。




 相変わらず『パラディーゾ』の経営は苦しいものの、最近はお客も増えてきた。幽霊騒ぎが落ち着いたから、ではなく、どうにも巽がインターネットを活用し、ホテルと、それからこの町の宣伝をしているようだ。

 その証拠に、昨晩はアケミたちの他に、県外からはるばる車でやってきた若い男女のカップルが一組、一番安い部屋に泊まりに来た。先日迷い込んできた男女のカップルだ。今度は道に迷ったのではなく地図を見てきたようで、折れたヒールの代わりに、桂木惣菜店のコロッケサンドを持っていたことに気がついて、巽は思わず滅多に見せない接客スマイルを見せてしまった。

「高次くん」

 事務室から巽が呼びかける。

「あ?」

「高次くんの家、部屋余ってるんだよね。一緒に住んでもいいかな」

 書類に目を通したまま、なんでもない風を装って巽が言う。その実、書類の内容なんか頭に入らないほど緊張しているようで、髪の隙間から覗く耳が淡く紅に染まっていた。

「別にいいけど」

 高次も、なんでもない風を装って返事をする。

「じゃあ今日からお邪魔するね」と言った巽の足元には旅行鞄がおいてあり、少ない荷物は既にまとまっているようだ。

 彼にとって、あの家がこのホテル以上の楽園になるといいなと、高次は思った。



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ホテル・パラディーゾへようこそ! ミヤマキ リシマ @PoN

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