第2話 砂原の翁
寝る場所など見つかるはずもなく、ジリジリと暑い砂漠を渡る。
流石にギアも限界だろう。これ以上は歩けない。
日陰になりそうな岩を探すが、辺り一面まっさらな砂。砂。砂。
短いサボテンが点在するほか物陰はない。
まいったねぇ、サボテンの実だけじゃ腹も膨れない。
引き返すべきか?いや、それまでに倒れるだろう・・・。
魔法で風を起こしてみるが、ぬるい空気をかき混ぜるだけ。
・・・これ本当にやばいんじゃないか?
無計画すぎたかもしれない。小型のテントがあるにはあるが、この暑さでは焼け石に水だ。乾きに耐えきれないだろう。ギアも流石に身に応えている。
こんなところで旅を終わらせるつもりはない。
遭難覚悟で砂漠を進む。進む。進む・・・。ラルゴは叫びたくなった。
しかし、意外なことに叫びを聞く側になった。
「だーれーかーいーなーいーかー!!」
大急ぎで声のもとへ向かう。この際、追いはぎでもなんでもいい。
藁にもすがる思いで駆け寄る。そこにいたのは老人であった。
みすぼらしいボロきれを着た、やせ細った褐色の翁。
目が不自由なのか濁りを混ぜた黄色の瞳。いまにも倒れそうに震えている。
なんでまた、こんな所にいるんだろうか?見たところ水や食料は持っていない。
「・・・爺さん、あえて聞くけどよ、あんたも遭難者かい?」
「そんなところだな。だが飢えにも渇きにも悩んではいない。」
「・・・?」ギアは答えに納得していないようだ。
しかし、ラルゴは察した。
「・・・なるほど、あんた『影』なんだな。この砂漠で死んだのかい?」
「ああ、そうだ。昔はあんたみたいに旅を続けたもんだが、へまをこいてな。相棒もろとも死んじまったんだよ。」
「相棒ってのは人間かい?それとも動物か?」
「竜さ。かわいい奴でな、幼子の時から育てたんだよ。今じゃあすっかりデカくなったがね・・・」
ラルゴは身構える。竜も『影』になっているのかもしれない。砂漠での無念、その腹いせに食い殺されるかもしれない。
「・・・お前さん、餌にされると思ってるだろ?心配なさんな、竜はおらんよ。あいつは『影』になってどこかにいってしまったんだ。儂は一人さ。」
「そいつぁ気の毒だな。相棒に置いてかれりゃ旅もできん。・・・で、爺さんは何で砂漠にとどまってるんだ?」
「あいつを待っているんだよ。いつか帰ってくると信じてな。あれからもう200年を超えてしまったが諦めはしないさ。」
「・・・そうかい。気長なもんだな。もう相棒のことは忘れて旅に出たらどうだ?」
「そりゃ無理な相談だな。ここを離れれば儂は人であれなくなる。飢えと渇きの八つ当たりに、だれかれ構わず殺すだろうよ。あいつを待っているから老いぼれでいられるんだ。」
やれやれ、仕事でもなく『影』の相手をしなきゃいけんとはねぇ。
「・・・儂を厄介者扱いするのは構わんよ。だが、一つ取引をしないか?依頼を受けてくれれば水も食料も渡してやるよ。死んでから集めておいたんだ。儂みたいな遭難者にやろうと思ってな。」
奇妙な話だ。『影』から依頼をされるとは。
「・・・その話、本当だろうな?まず見せてくれよ。食い物と水。」
「やれやれ、旅人は疑い深くて困るのぉ。まぁ、ほいほいと信じて騙されるよりはマシだが。」
老人の肌が樹木のそれに変わっていく。『影』としての本当の姿なのだろう。
翁は大木に姿を変え、木陰を作り出す。果実も実らせ、くぼみに水を貯めている。
「・・・どうやら、本当のようだな。こっちも断る余裕はない。依頼を引き受けるよ。」
「今度は素直じゃのぉ。いいことだ。さて、頼みというのは届け物をしてほしいんじゃよ。儂の生まれ故郷にな。」
「届け物?爺さん、あんた死んで200年たってるんだろう?知り合いなんているのか?」
「いいや、いないさ。ただ、故郷にこれを届けてほしい。それだけでいいんだ。」
老人は枝を一本するすると降ろし、小さな袋をラルゴに渡す。
「それはな、残した妻への土産物にするはずだったものだよ。あいつが好きな花の種でな、それはそれは珍しいんだ。『竜の顎』といってな、魔除けの逸話をもつ花さ。絶滅寸前でな、その袋の中身が最後の種さ。・・・昔、金持ち連中が根こそぎ集めて絶やしてしまったんだ。人の手では美しく育たないというのにな・・・。」
「・・・爺さんの故郷ってのは、今でも残ってる場所かい?もう誰もいないかもしれないぞ?」
「いいのさ、誰もいなくてもな。儂はここに残り続けるし、もう帰る資格だってない。・・・妻を残して旅に出た愚か者さ。」
「・・・場所の名前、教えてくれるか?」
「メドンだ。港町から離れた丘の村さ。小さな小さな村だったよ。お前さんの言うとおり、とっくに廃れてしまったかもなぁ。儂の友人たちも次々と港へ移ったからな。」
「・・・・・・以来、引き受けたぜ。代わりに、しばらく休ませてくれよ?」
「ああ、いいとも。果実も自由に食べるといい。鳥が砂漠に落とした種を200年集めてきたんだ。なんでもあるぞ。」
「あんた、相棒の竜が帰ってこなくてもここに居続けるのか?」
「ああ、そのつもりさ。お前さんのような、そして儂のような旅人に宿を貸してやるのも悪くない。・・・妻に何もしてやらんかった愚か者の、つまらん慈善さ。」
「だがおかげで俺は旅を続けられる。生きていられる。感謝するよ。爺さん、名前は?」
「ティアノードだ。今となっては意味もない名前だがね。」
「そうかい、ティア爺さん。また迷ったら泊めてくれよ?」
「ふん、無計画な旅はほどほどにしておけよ?渇き死ぬのはあまりに辛いからなぁ。」
・・・『影』に助けられるとはおもってなかったねぇ。こういう人もいるんだな。
流浪の旅語り 漆屋 正 @kikiko
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