第3話 知らない殺人者
調布駅前からタクシーに乗り、稲城の山間にあるいつもの鳥かごに到着した。明かりがついているので真一は帰宅しているはず。
家のまわりには外灯が少なく、いちばん近い家でも歩いて5分かかる。そのため辺りは、夜の闇と静寂に包まれている。
夫を殺すには最高の立地条件。ここに住み続ける限り、夫の遺体を庭に埋めても誰も気づかないだろう。だからこの家のローンを払うために、どうしても稼がなければならない。
白いタイル張りの階段を上り、無駄に重い玄関の扉を開けて中に入った。楽に人とすれ違うことができるほど広い廊下の両側には、バスルームとトイレがある。そして居間の扉を開けるとすぐ左に2階へ続く階段があり、その横の扉を開けると、地下室へと下る階段がある。
その右側にあるキッチンで、冷蔵庫からペットボトルの水を取りだし半分くらいまで飲み干した。
真一はリビングのソファでテレビを観ている。すでにリサが帰って来たことには気づいているはずなのに、何も声をかけてこない。
「ただいま」
真一はこちらに顔も向けず「遅かったね」と吐き捨てた。
「うん、ちょっと……友達と飲んでて」
リサは真一が疑いを持つように、わざと含みをもたせて言った。
「友達って男か」
予想通りに真一が食いついてくる。
「うん、そうだけど何か問題ある?」
「何か問題あるかって、あるに決まってるだろ。お前は人妻なんだぞ」
またいつもの威圧的な会話がはじまった。
さすがに今日のリサの態度は、喧嘩越しに受け取られても仕方がない。しかしこれもリサの計画の一部だった。
「別にただ飲んだだけで何もないわよ。そんなに怒ることないじゃない」
「怒るだろ普通。俺のご飯の用意もしないで夜遊びしてるんだから」
これ以上話すと、この場で事を片付けてしまいそうになったので、リサはそれ以上真一の言葉に返答しなかった。
「おい、聞いてるのか」
真一の問いかけを無視するように、リサは2階のバスルームへ行った。まずは汗を流してさっぱりしないと、頭が働かないと思ったからだ。
階段をのぼって一つめの部屋がリサと真一の寝室だった。その部屋の奥にはバスルームがある。そこはちょっとしたホテルの一室のような造りになっている。
髪は事を終えた後で洗うとして、とりあえず汗だけを軽く流すことにした。
さっぱりして身軽な服装に着替えると、リサは髪を縛り上げ、黒い皮の手袋をはめた。下は黒のスパッツに、上は黒のTシャツといういで立ちだ。いかにも強盗や殺し屋のような服装は、リサのふくよかな体のラインを際立たせていた。
静かに1階へ降りて行くと、真一はまだソファーに座ってテレビの方を向いている。でもさっきと違うことが1つだけあった。
真一は首から血を流し、死んでいたのだ。
リサバリップ 壇条美智子 @tuki03020302
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