第18話 私、今、イケメン男子?
私——
「あの、向ケ丘ですが——向ケ丘勇。覚えてます。この間押しかけた……その後に喜多見美亜の家に行った……あっ、覚えてます——良かった」
さっきまでの
それは、一見、間違った選択肢を選んだように思えるかもしれない。攻略と言っても、別にいやらしいことをしようとしているわけでないのだ。目的は、下北沢花奈と彼女らの過去を話してもらえるまで親しくなることだった。なら、一見、話しやすそうな赤坂さんの方がターゲットとしてはふさわしいようにも思えた。と言うのも
——やはり代々木のお姉さまの方だわ。
いろいろ考えた末の結論も、やはり二人とも同じだった。
「一見、赤坂のお姉さんの方が、サバサバしてて扱いやすいようにみえるけどな。でも今回狙うのは代々木さんのほうだ」
うん。こいつ、オタクこじらせてる割にはちゃんと人間見てるじゃないの。
話しやすい感じがするし、一般論としていろいろ相談乗ってくれそうなのは、爽やかスポーツお姉さん(風)の赤坂さんだけど……。
もし、下北沢さんの「問題」が、そんな気軽に話すようなものじゃ無かったら?
あるいは、彼女らにとってあんまり話して心地よいものじゃ無かったら?
そんなんとき、赤坂さんはピタっと会話を閉ざしちゃうと思う。
爽やかで、性格良さそうで、——普通の生活で付き合うのにはその通りだと思われる赤坂さんだけど……。
普通を超えたところまで付き合ってくれなさそうな気がする。
ならば——。
私が、今、電話をかけている相手は、
「……ええ。この間会った時、この人ならいろいろ悩み相談できるなって思って……」
代々木のお姉さま。
彼女の方が、とっつきにくくはあるけれど、ガードをこじ開けて中に入ってしまえば——そのあとはとことん付き合ってくれそうに思えるのだった。
「代々木さん。いえ、ふざけてないですよ……そんな、何が狙いだなんて……いえ、無理にとは……いえ……」
でも、もちろん、一度会っただけの高校生男子が土曜深夜に電話をかけてきたなら警戒するのは当然だが、
「……お姉さんみたいな人に話を聞いてもらえれば、いろいろ悩みも解決できるかなって……」
私は確信していた。
先週の代々木さんが、私と言うか、私が中に入った
少なくとも嫌じゃない。
まあ——体が入れ替わって
——って、誤解しないでよね。
私が、こいつの外見好きだとかそう言う意味じゃ……ない?
「……あ、すいませんちょっと黙っちゃって……えっ……違いますよ。真剣に話してますよ……」
——とと。私は余計なこと考えて止まりかけた会話を、慌てて元に戻す。
まあ、いいわ。今、そんなことを考えている場合じゃない。
事実として——そう、今、需要なのはそれ、事実よ——
「こんな突然、迷惑だと思ったけど、どうしても自分を抑えられなくて……」
なんだか思わせぶりな私の言葉に、
「——えっ! いいの? これからそっち言っても?」
渋々と言うような様子をとりながらも、ちょっとまんざらでもなさそうな雰囲気で許可してくれた代々木さん。私は、すぐに彼女の住所を聞くと、電話を切って、
「じゃあ、ちょっと行ってくるから……」
そして、私は、都内向かう終電に間に合うようにと、慌てて駅に向かって走り出すのだった。
*
「あっ、代々木さん」
私は、その近くに代々木お姉さんが住んでいると聞いた神楽坂で地下鉄を降りる。そして、駅に到着したことを伝えようと、スマホを取り出しながら改札を出たところで、彼女がすでにそこで待っているのを見つけるのだった。
私のびっくりしたような顔を見てなのか、代々木さんはこう言った。
「高校生がこんな夜中に一人歩きも危ないと思って……」
「いえ……」
いや、高校生男子の一人歩きよりも、色っぽい女子大生の方が危ないと思うが。
「——ともかく、さっさと行きましょうか。せっかくだから私の家に行く前に、ちょっと食事でも付き合ってもらおうと思うけど——良い?」
「はい……?」
もちろん構わないけど——もしかしてこのお姉さん結構気合い入っている?
年下男子高校生——中身は女だけど——を本気でなんかしようと思ってる?
よく見ると、このあいだの仕事場のアパートでだらしなくお酒を飲んでた時と違って、化粧もバッチリで、仕草もなんだか
これ女の私だから大丈夫だけど、中身も
と言うか、この人って、こんな美人だったんだ。
——いや、綺麗な人だとは思っていたけど。
この間の、酔っ払ってジャージで出て来た時の印象強いから、何となく垢抜けてない印象持ってた。女子力なら私の方が上かなって、見くびっていた。
「どうしたの? 反応薄いな? もしかしてお腹空いてない?」
「そんなことは……」
でも、さすが大学生のお姉さまだわ、って今は思っちゃったのだった。この人の本気に圧倒されて、私は言葉も少なく首をふるのだった。
「じゃあ、良いかしら? まだ
ちょっとうろたえ気味の私に、お姉さまは、さらに余裕のある大人な口調で話しかけるが、
「いえ、そんな——奢ってもらうなんて、無理に会ってもらったのは俺の方だし……」
「気にしなさんなって、お姉さん結構お金持ってるから」
「…………」
ん? 私はちょっと言葉をつまらせる。
だって……。
金持ってるって、——それって同人誌制作で得たお金?
下北沢さんだけ仕事して、この人は横で酒飲んでるだけで得たお金?
そんなことを思うと、私は食事の誘いに乗るの、ちょっと躊躇するけれど、
「これでも、家庭教師とかレストランのサービスのバイトとかいろいろ頑張ってるのよ——まあ親の仕送りもちゃんともらってるけどね」
なんだか資金源は別なことをアピールする代々木さん。
それを私は簡単に信じたわけではないけれど……。でも、その様子は、私を騙そうとしていたり、取り繕うとしてるようには見えなくて、——それにどっちにしても今日は彼女についてくしかないのだし、
「……立ち話も何ですから移動しますか」
私は、ともかく彼女の話にいったんのることにした。どうしても納得いかなければ、自分の分の飲食代は自分が払おうと思って、
「うん。じゃあ前に働いていて……ちょっと顔効くイタリアンあるからそこに行きましょうか」
私は首肯する。そして、斉藤フラメンコを巡る彼女ら三人の過去を突き止めるため、深夜の神楽坂で、私と代々木お姉さまとの密会は始まる。
歩き出した街は、なんとも怪しく、大人の夜の逢瀬的な夜の灯があちこちに点っていた。古い家を改造したレストランの立ち並ぶ、瀟洒な街並み。細い路地を抜け、私たちは、男と女が深夜に会うのにふさわしそうな雰囲気の門構えの店の中に入る。
「ふふ、もう終電も終わっちゃっただろうし、——今夜は帰さないわよ……」
ゴクリ。
私は、自分が、超えてはいけない一線を通り過ぎ、罠に、その中心で極彩色の蜘蛛のごとく待ち受けていたこの
——食事が始まって一時間もしたら、
「ひゃんだと、わちゃしの酒は飲めないってのか」
「まあ、まあ、高校生に酒飲ましちゃまずいでしょ」
「にゃに? 高校生って、——私がおばさんだって言いたいにょか?」
「いえ、いえ。おばさんだなんて、……お姉さんはとても綺麗ですよ」
「むふふふ、——なんだ君、わちゃしのこと好きか?」
「ま、まあ、魅力的……」
「ひょひょひょ——」
「うわ! 当たってます。当たってますよ」
「ひひ、当ててんのよ!」
「……ちょと代々木さん、それ以上は……」
「ふふふ、良いではないか、良いではないか……」
「待って、待って……触らないで……んっ」
「ぐふふふ……ぐー……」
「…………?」
「ぐー……ぐー……ぐー……ぷー……」
「…………?」
「ぐー……ぐー……ぐー……」
「代々木さん?」
「ぐー……ぐー……ぐー……」
「……寝ちゃった?」
呆気に取られている私の前に、カランと心地よい氷の音を立てながらグラスが置かれる。
そして、
「この人、こんな酒癖悪くなければ美人でもっとモテモテだと思うんですけどね……」
グラスに水を注ぎながら言う女の店員さん。
「でも、とっても素敵で、純粋な人ですよ——この人。仲良くしてやってくださいね。年下の……彼氏さん……ではないですかね……さすがに?」
首肯する私。
「そうですよね。でも、この人とずっと一緒にいると好きになっちゃうかもしれませんよ。人を騙したり、貶めたり……そう言うことを絶対しない正義感の強くて、でも弱く可愛い人ですから」
また首肯する私。
うん。こうやって、今日、腹を割って話す前ならば、代々木さんをそうは思えなかった。下北沢花奈から搾取しているロクでもない大学生だとしか思っていなかった。
でも、今日、
「はい」
私は知ったのだった。この人がこんな酔っ払う前にいろいろ聞けて、本当の代々木公子と、そして斉藤フラメンコと言う人気同人作家の誕生にかかわる、あの三人の本当を……。
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