第9話 俺、今、女子移動中
喜多見美亜の家にみんなで押しかよう。と、言ったのはあいつだった。俺、向ケ丘勇の体の中に入った
俺は、良いこと言った風に、ドヤ顔気味になっている俺の顔に近寄ると、小声で耳打ちをする。
「つまり、みんなで民族大移動?」
「そう」
首肯する
「それって、喜多見家に行って、そこで作業すれば良いってこと?」
「そう」
「でも……」
さすがにこの人数で押しかけたら、
「迷惑じゃ無い?」
俺はちょっと不安げに聞くが、
「そうかもしれないけど……? 大丈夫じゃない?」
なんだかあまりピンと来てない感じのあいつだった。こんな夜中に女子高生の実家にみんなで押しかける。せっかくの土曜の夜に突然……
それって、やはりちょっと失礼だよなと俺は思うのだった。
でも、
「結構部屋余ってるし。この人数くらい余裕でしょ」
「それは……部屋余ってるけど……」
確かに、喜多見家には空き部屋が結構あるのだった。と言うのも、子供は三人以上作るつもりで、家を建てる時に子供部屋を三部屋作ったと言う喜多見家なのであった。それに、田舎に一人暮らしの母型のおばあさんの介護が必要になったら引き取るつもりでその部屋も作ったので、
なので、普段は健康器具や掃除機なんかが雑然と放り込まれているだけの部屋が二つもあるし、十畳くらいのあいつの部屋だって、物があまりないので結構広くつかえるし、この人数くらいなら確かに、簡単に入っちゃうんじゃないかなとは思った。
でも、やっぱり、ほぼ終電の時間でこの人数が突然家になだれ込んでくるなんて少し常識外れな感じがした。やっぱり迷惑だろそれ。いや、こいつも迷惑なのをを認めてるけど、
「でも、迷惑をかけるのは厳禁でも、かけられるのは買ってでもしろ——それが喜多見家の家訓じゃないか? そうでしょ?」
俺の耳元での、こそこそ話しから、振り向いて、突然、声を大きくする
「えっ……」
そして、突然、話題を振られて困惑する下北沢花奈。
今日喜多見美亜になったばかり、まだ喜多見家には一度も行ってない状態で家訓どうこう言われても困って、
「……まあ、そうだったかな」
「そう! そうだよ!」
「そう? そうだよね?」
「そう!」
「そう……?」
そのまま勢いで押し切らせそうだった。
でも、
「——今からこれ全部もって移動するの? それって大変じゃない? 確かにこの子いるとずいぶん捗りそうだけど……」
代々木お姉様は下北沢花奈が中に入った喜多見美亜を見ながら言う。この人は
移動するのに否定的、と言うか面倒臭そうな雰囲気だけど、
「大丈夫と思う。確かに大荷物だけど、これだけ人数がいれば……」
下北沢花が中に入った喜多見美亜が言う。
「モニターだけ少し手間だけど……」
確かにPCはノートなのでそんな移動も苦ではないが、モニターはちょっと荷物な感じはする。
でも、
「それは大丈夫だと思うよ」
と俺は言うのだった。
なぜなら、
「現地調達で大丈夫」
こいつの部屋にはEIZOナナオの27型に立派なモニターがあるのだった。
なんでそんなモニターをあいつが持っていたのかと前に聞いたら、将来のデジタルデバイドで負け組ならないように娘のパソコン環境は良いものをそろえて置かなければならないと言う硬い信念を持つお父さんが、高校に入ると同時にマックのノートと一緒に買ってくれたのだと言う。まったく、良い父親である。娘を愛し、娘のためなら何でも惜しまずに投資する。俺の親父と、夜遅くまで帰ってこない社畜なのは同じだが、その愛と行動には雲泥の差があるといえよう。まあだからと言って変えて欲しいかと言えば、俺は黙ってしまう。なんというか、面倒くさいと言うと失礼だけど、——愛が重い、俺にはトゥーマッチといった感じのお父さんなのであった。
そして、そのお父さんがいる喜多見家へ、俺らはずけずけと乗り込もうとしているのだった。でも、まあ、もう高校生にもなる娘にだ、泊まりがけで友達が押しかけるくらいは、想定の範囲内と言うか、騒がしくて迷惑に思うくらいはあるかもしれないが、それでびっくりしたり怒り出したりするようなことではないとは思う。
しかし、
「じゃあ、話がきまったなら——みんなで美亜の家に押しかけようか!」
えっ?
こいつが、今、入ってるのは俺——向ケ丘勇——男の体なのに?
男が家族が待つ女子高生の家にに深夜に押しかける?
それって……?
*
どうやら
いくら、本当は自分の家とは言っても、——ちょっと大胆じゃないか? お前の家は、そんなのにあんまりオープンな感じじゃないだろ? いや、あいつ、と言うか俺の体が家の玄関くぐった瞬間、お父さんにショットガンで撃ち殺されるくらいあってもおかしくないぞ……ショットガン持ってればだが。いや、ロケットランチャー持ってたらロケットランチャーぶち込まれるだろうけど、——日本は銃社会でなくて本当に良かったと思う瞬間、——そんな週末の夜である。
「本当に来ちゃってけど——良いのよね?」
俺と同じように、不安な顔の代々木公子お姉様。
「高校生の君らは友達が来たで済むかもしれないけど、大学生のあたしらが高校生の家にやってくるのは、やっぱり少しイケてなくない?」
こちらも、なんだか乗り気のしなさそうな赤坂律お姉様であった。
「まあ、いいから、いいから。大丈夫ですよ」
「だから、なんであんた仕切るの? 花奈とこの子がアレなんだから、あんたが彼氏ってわけでもないでしょうに? なんでそんな我が物顔なの?」
「そりゃ、長いつきあいですから……」
お姉様方が、女子高生の家になんの躊躇もなく入っていこうとしている男子高校生に驚愕していた。いや、実は俺も驚愕していた。こいつ本気で喜多見家に入る気か? それでお泊まりもしちゃう気なのか? そりゃ確かにここは、こいつの家なのだが、君の今の姿はオタク男子高校生、向ケ丘勇なんだぞ。リア充女子高生の家なんかに近づいても良いような奴じゃない。
でも、
「長い付き合い……って、幼馴染かなんか?」
「まあ、そんなもんです」
俺は
なんてったって、ここは——俺は喜多見家の玄関の前で思う——「こいつ」の家なんだから。そして、愛し、愛されている家族のいる場所。もしかして、こいつは、この家にそろそろ帰りたかったのでは? と俺は思ったのだった。そんな風に聞いたら、絶対に「違う」と言うだろうけど、なんだかそんな気がしてならなかったのだった。俺は、後はどうにでもなれと思って、こいつのしたいままにさせようと思ったのだった。
だから、呼び鈴を押して、
「——こんばんわ! 夜分遅くすみません!」
「……どなた様でしょうか?」
こいつのお母さんがインターフォンに出て、
「私は……」
こいつがこたえて言った、その瞬間、
「——はい?」
「私は——美亜様の
こいつのしたいようにさせたことを激しく後悔するのだった。
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