第10話 俺、今、女子押しかけ中

 そして、

「じゃあ、ともかくみなさんお入りなさい」

 まあ、結果オーライ。

 喜多見美亜あいつの素っ頓狂な発言も、お母さんに大受けで、馬鹿笑いされながら俺たちは中に入ることができたのだった。

 騎士ナイトって、まあ確かに普通はまともにはとりあってくれないよな。冗談を言ってるんだと思われたんだろう。

 こんな女集団が夜道を歩くときについて来た男一人。それが騎士ナイトって名乗るのは、まあお姫様たち守ってた騎士ってことで、少し戯画化して自分を言ってる見たいに捉えてくれて、

「——はい、そちらの騎士ナイト様も入ってちょうだい。うふふ」

 どうやら、騎士ナイトは、お母さんに気に入られてしまったみたいだった。

 どうも、なんかツボハマったみたいだ。

 お母さんの勘所突いたって言うか、——そりゃ、騎士ナイト言い出してる俺——向ケ丘勇の中にいるのは本当の自分の娘だ。感性も似ている可能性高いだろうし、あいつのお母さんが気にいる、と言うか親しみ覚えるのもそりゃそうなのだろう、——と思うのだが、

「あなた、お姉ちゃんの何なのよ? こんな夜まで一緒だったの?」

 ちょっとムッとした様子でつっけんどんなのは、あいつの妹の美唯の方だった。

 美唯ちゃんは重度の姉ラブのシスコン妹。そうなのは一緒に住んでいて良く分かっていたが、

「ちょっと、にやにやして黙ってないでよ。わたしの目の黒いうちはぽっと出の男なんかにお姉ちゃん近づけたりしないんだからね」

 こりゃ、今まで見たことのない、ガチモードだな。

「…………」

「もう、用がすんだらとっと帰ってよね! ここはあんたみたいな男がいても良いような場所じゃないんだからね」

「…………くすっ」

「ああ! 今笑った! こいつ私を馬鹿にしている! 馬鹿にしている! 中学生だからって、甘く見ているんだ。お姉ちゃん、こいつ悪いやつだよ! 性悪! 駄目だよ、こんなや奴に近づいたら、ろくなことならないわよ」

 自分の妹にひどい言われようのあいつだが、——まあ今は俺の体の中にいるんだからね。確かに、こんな夜更けに、最愛の姉と一緒に「俺」がやって来たら警戒して当然と俺も思う。

 だって「俺」だよ。

 ぼっち、俺、オタ充。

 俺、ロクでもないよ。

 世の中に対して斜に構えるが、何かに反逆する気概もなく、程よくほおおって置かれて、余計な責任がかぶさってこないような気楽な立場が欲しいから、——寄ってくんな的オーラを出したいだけ。

 ——そんな中途半端な男。

 それに、オタ充って言ったって、オタクを極めるつもりでもないし、結局楽に楽しんでいたいだけ。

 学業に、スポーツ、そんな若人の王道にうんざりといえば聞こえは良いが、そんなグラギラした競争社会でがんばって疲れるのもいやだし、そんなヒエラルキーから逃れて下から目線でリア充を批判できる立場が欲しいだけ。

 まあ、そんなろくでなしの俺にこの美唯ちゃんが警戒するのも良くわかるが、

「お姉ちゃん。だめだよこいつ。こう言うイケメン、リア充はお姉ちゃんを騙すんだよ!」

 えっ?

「…………ぷっ!」

「あっ、また笑った! こいつ馬鹿にしてる。私を馬鹿にしている!」

「こら、美唯! あなたこそ、いつまでも、こんな素敵なお兄さんにひどい言葉使いしてるんじゃありません……ごめんなさいね——ええと……」

「あっ、勇です。向ケ丘勇。美亜さんのクラスメートで……」

「……彼氏なのかしら?」

「…………」

「ふふ、——いきなりそんなこと言われても答えられないわよね。彼女の親にいきなり問い詰められてもね……」

「いや……」

「彼氏! 殺す! ぐるるるるるる……」

 なんだか、俺が喜多見美亜こいつの彼氏な流れに、お母さんの中でなりつつあるが、

「……へえ、美亜はこう言う人好みだったのね。確かにちょっとイケメン風なのは意外だったわ。美亜ってもっと地味好みかと思っていたのだけど……」

 だから、イケメンってなんだよ、と俺は(喜多見美亜が入っている)俺の顔を見るが……

 そういや、体が入れ替わってから、喜多見美亜こいつに俺の体は鍛えに鍛えられて、痩せて引き締まり、身だしなみや髪の毛も気を使われて随分とイケてる感じになって来て、——オタク丸出し時代の俺を知らない人たちが先入観なく見たら、リア充イケメン? そんな人種に見えなくもない?

「うん、でも、……まあ、そうよね。せっかくの娘の恋路をおばさんが変に詮索して壊したなんて言われたくないし……。これ以上は言わないけど、——せっかくだから上がって行ったら? ええと、勇さん、——と皆さん」

 もとよりそのつもりの俺らは言われるままに喜多見家に上がるのだが、

「はい、——あと……」

「何?」

「お父さん……美亜さんのお父さんは……」

 俺も気になっていたことをあいつは代弁してくれる。家に、娘に近づく男にはショットガンを持って追い払いにかかりそうな勢いの父の姿が、なぜかまるで見えないのだった。

 でも、それは、

「ああ、そうね……美亜が帰って来て、男の声がしたのに動転して、包丁でももって飛び出しそうな勢いだったから……」

「…………?」

「——少しばかし、きつめにお灸をすえておいたわ」

 俺は、喜多見美亜あいつのお母さんに案内されて、みんなと一緒にリビングに案内される途中、隣の和室の襖がちょっとだけ開いて、その奥に人の良さそうな壮年男性が正座をしながら虚ろな目で恨めしそうにこっちを覗いているのを見て、——そっと目を伏せる。

 そして

「あら? ちょっと開いてるわね」

 喜多見家の母が、お父さんの微かな抵抗も絶つかのように、襖をぴしゃっと閉める、——冷酷な音を聞くのだった。


   *


 とは言え、さすがに、泊まるのはまずいと思ったのか、喜多見美亜あいつはリンビングでお母さん振る舞われた紅茶を飲むとそのまま俺の家に帰って行った。

 今日のこの後の同人誌作成作業には、あいつは必須でない。

 それに、お母さんはそのまま泊まって行ってもらっても一向に構わなさそうな様子だったが、お父さんと美唯ちゃんは、もし男が泊まって行ったりしたら、いつ暴発して怒鳴りこんでくるかわからなそうな様子だ。

 ——ここらで帰るのが穏当なところだろう。そう俺は思った。

 でも、ここで帰るのなら、

「そもそも、わざわざ来る必要もなかったのだけれど……」

 俺は、お母さんに、この深夜にお茶を淹れてもらったお礼を言ってから、勝手知ったる喜多見美亜あいつの部屋にみんなを案内する途中の階段で呟く。

 すると、

「美亜さんも、自分のうちに帰りたかったのではないでしょうか?」

 そんな俺の小声をしっかりと聞いてくれた百合ちゃんが言い、

「そうだね……」

 と、俺はこたえながら、——そりゃ、これだけ愛されている家族からずっと離れて暮らしていれば、さみしくもなるだろう、あいつに聞いたら絶対にそんなこと認めないだろうけど、家族に会えなくて寂しいのでは、そんなふうに思うのだった。

 でも、それならば、やっぱり、早い所、元の体に戻るのが一番良いのだけど……

 その前に、やらなければいけないこと……

 ——まずは戻らないといけない体がある。

「よし、始めますか!」

 俺は、あいつの部屋に集まった面々に向かって号令をかける。

 このまま今晩のうちに同人誌を完成させてしまって、下北沢花奈の憂いを絶って、さっさと体を入れ替わらせるのだ。

 いや、体の入れ替わりがうまくいかないのが、同人誌制作に対する下北沢花奈の憂いなのか? その原因が解消されたらうまくいくのか? 

 確証は何もなかったけれど……

 ——きっと、そうに違いない。 

 俺は、あまり根拠もなくそう思って、——と言うか、まずはそれしかやること思いつかないので、ともかく作品を完成させてしまおうと思うのだった。

 持って来たパソコンと液タブ、喜多見美亜あいつの部屋に元々あるモニターのセッティングはすんだ。

 部屋にいるのは、下北沢花奈、百合ちゃん、俺、代々木お姉さん。

 赤坂お姉さまは、高校生の家に大学生が二人来るのはさすがに迷惑かと思ったのか、元のアパートで入稿スケジュール調整とかの庶務をやっておくとのことであった。言っちゃ悪いが、別にいても何も役に立たなそうな人だったので、それで構わないと言うか、その方が良いくらい。

 ——後は、気合をいれて作画を進めるだけだった。

 ともかく、今週末でで作画終わらないと入稿スケジュールが危ないってことらしいので、いろいろばたばたしたのに気をとられていつまでも休んではいられない。

 でも、そんなことなんて誰よりもわかっている下北沢花奈は、何も言わずとも、パソコンがセットされた机に座り、俺その横に立つ。まあもちろん、体は入れ替わったままなので、それを知らない人には、喜多見美亜が座って下北沢花奈が横に立っているように見えるが、

「あれ、まだそっちの子が描くんだ……花奈やっぱりスランプなの?」

 代々木お姉さんが、意外そうな顔で言う。

 それに、

「……明日には描けるようになってると思うけど、今晩は美亜さんにお願いする」

 俺は少し甲高い声でボソボソとした、あいつの言い方真似しながらこたえる。

「…………? まあ、この子の実力はさっきまでで良くわかったから、花奈がそうしたいんなら構わないけど——明日になれば、ってなんか根拠あって言ってるの?」

「それは……」

 俺は質問にちょっと言葉を濁す。

 同人誌が完成して明日になれば、体の入れ替わり成功するだろうなんていえないからな。

「なんだか、変よねあなた? 今日はどうしたのかしらね……もしかして……」

 その俺の曖昧な態度に、どうも不審そうな表情を浮かべ、さらに詮索をしようとしている代々木お姉さんである。

 でも、

「……あの、さっき美亜さんのお母さんから台所使う許可もらいましたので、夜食作って来ても良いでしょうか?」

 百合ちゃんが会話に割って入ってくる。

「……? あっ、お願いできるかな。でも、百合さんだけで大変じゃない?」

 俺は、そのナイスアシストにうまくボールを返し、

「そうですね。できれば、ちょっと手伝ってもらえれば助かりますが……」

「——ああ、はいはい。それじゃ私手伝うよ。この二人の仕事を中断するわけにもいかないし、私が今できることもないし、だからって今日初めて会った女子高生の家で酒飲んでるのもなんだし……」

「それじゃ、公子さん、お願いしますね」

 代々木お姉さんから、うまく話をごまかすことができたのだった。

 …………

 そして、二人が部屋を出て言ったのを確認してから、

「なんで君は、あんな連中に言いようにされてるんだ?」

「……へ?」

 俺は下北沢花奈に今日ずっと疑問に思ってたことを言うのだった。


 俺はキョトンした顔をした喜多見美亜——下北沢花奈に言う。

「今日の様子しかしらないけど、代々木、赤坂の二人のお姉さんは斉藤フラメンコ先生の執筆を何も手伝わないじゃないか。むしろ横で酒飲んでぐだぐだ文句言ってるばかりで、むしろ邪魔なんじゃないか?」

「それは……」

「コミケの売り子や、事務的な作業の人手がいるのはわかるけど、なんだかあんな偉そうにしてる連中に、言われるがままにしたがって一緒にやってる理由がわからない。君——下北沢花奈——斉藤フラメンコ先生が声をかけたら、いくらでも仲間や協力者が集まると思うんだ……それなのになんで、あんな二人に……」

「……恩があるから」

 下北沢花奈はなんだか申し訳なさそうな顔をしながら言う。

「恩?」

「この液タブとかパソコンとか、お金出してもらった」

「最初は?」

「そう。最初の同人誌の印刷代とかも。僕はあの二人と知り合ってなかったら同人誌出せてなかった」

「でも、君はもう売れっ子だろ。印刷代は毎回元取れてるどころか随分利益だってでてるんじゃないか? とっくにパソコン代なんて回収できるくらい儲けたんじゃないか?」

 無言で首肯する下北沢花奈。

「その儲けは君に全部入るのかい?」

「違う。山分けだよ」

「なんで? あの二人、普段はもっとマンガ描くの手伝うのかい?」

「……手伝わない」

「やっぱり君が全部一人で描いているんだろ? それなのに儲けが山分けなんておかしくないかい?」

「…………」

「——やっぱりおかしいよ。なにか弱みでも握られてるの?」

 首を横に振る下北沢花奈。

「そうなの? 弱み握られてるのでもないなら、なんでなのか正直よくわからないな。——横で酒飲んでクダ巻いているだけのあの二人って、単なる邪魔者じゃない? 君は、さっさとあんな二人とは縁を切った方が良い——斉藤フラメンコ先生の大ファンである俺はそう思うよ。その方がもっといっぱい良い作品ができるんじゃないかってね」

「それは……」

「あんな、何も手伝わない——描かない二人とは……」

「——でも、それは、僕のせいなんです!」

 俺の言いかけた言葉は、下北沢花奈の突然の強い口調の言葉に遮られる。

「はい?」

「代々木さんと赤坂さんが描けなくなったのは——僕のせいなんです……」

「…………?」

 それは? それはどう言う意味?

 と、さらに問いかけたかった俺の言葉は、

「この話は、もういいじゃないですか。移動やおしゃべりで随分時間無駄にしました。さっさと始めましょう」

 下北沢花奈の有無をいわせぬ様子に喉元から上に出ることができず、なんともモヤモヤした気分のまま、その後は一言も喋らずに液タブに作画を続ける彼女の姿をただ眺めることしかできないまま……

 朝。

 スズメがチュンチュン言っている朝であった。

 窓の外は良い天気。徹夜明けでぼうっとした頭を覚醒させようと、爽やかな空気を取り込もうと開けた窓からうるさいくらいに鳴く小鳥の声が聞こえてくる。

 これがベットで好きな人と一緒に迎える朝と言うのなら俺も人生のステップを一段上がった記念すべき朝となるが——そんなわけはない。

 後ろではいびきが聞こえる。代々木公子さんがベットを占領して熟睡中。その横の床には、別の部屋から持って来たお客様用の布団を敷いて百合ちゃんが寝ている。

 あのいつも人に気を使ってちょっと緊張したような感じの百合ちゃんが、無防備な寝顔をさらけだしているのは、なんとも可愛らしい。

 眼福。眼福。と俺は思う。

 俺が今、男の体だったらこのまま自分の衝動の噴火ボルケーノを押さえつけることができたか自信がない。理性の化物と自分をどこかのラノベの主人公のように評することに躊躇がない俺なのだが、その化け物もあっという間に倒されてしまいそうな百合ちゃんの可愛さであった。

 まあ、この子が淡い恋心を抱く人が他にいるのは知っているが、この間の騒ぎのせいで、その淡い気持ちを向けた沙月の兄との関係まで微妙な感じにしてしまったので……実は俺にもチャンスが? なんて、俺が彼女の淡い関係壊してしまったのに、ゲスな思考が頭に浮かんで——自己嫌悪にとらわれる……

 ——なんだか、疲れる朝であった。

 天候は爽やかでも、気持ちは爽やかさはあまりない徹夜明け。俺は、頭も体も疲れきっていたが、妙にハイな馬鹿テンション。なんだか不思議な達成感と万能感に包まれながら、俺は、

「それじゃそろそろいいかな?」

 超人的な執筆速度で同人マンガの残りを描きあげて、——完成させた斉藤フラメンコこと、下北沢花奈に向かって言う。

 彼女は、俺の言っている意味を理解して、軽く首肯して立ち上がる。

 俺は、その彼女の肩を掴み顔をぐっと近づけて……


 ——チュ!


 そして、この流れと、勢いならいける! 入れ替われる! そんな気持ち自信満々でのぞんだ下北沢花奈との入れ替わりのキスは……


 ——チュン! チュン!


 俺らをあざ笑うかのようなうるさい小鳥の声のなか、なんとも無残な失敗と終わったのだった。

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