第12話 俺、今、女子相談中

 大騒ぎの昼休みが終わり、午後一番の授業を欠席した喜多見美亜=下北沢花奈であった。だが、次の時限にはクラスに戻り、みんなを(俺も)ほっとさせた彼女は、その後の授業は問題なく最後まで受ける。そして、ホームルームが終わり、いつもならリア充カーストトップ3による意識高い会話の後に、それぞれが塾やら部活やらに向かうのだが、……今日は昼に倒れた喜多見美亜だ。具合悪そうな顔で、

「今日はすぐに帰る」

 とか言えば、生田緑と和泉珠琴もそれ以上話しかけることもなく、下北沢花奈はやっと慣れないリア充地獄から解放されて一息つくことができたのだった。

「和泉さんが、『そんな具合悪いなら送って行く?』って言った時は目の前が真っ白になってまた気絶しそうになったけど……」

 学校から離れ、喜多見美亜あいつといつも落ち合う山の上の神社で集まった俺たちは境内の大きな松の木の下で緊急対策会議を開いていたのだった。

 まずは今日の出来事の振り返りと分析。下北沢花奈は和泉珠琴に声をかけられた時のことを思い出して言う。

「でもちょうど向ケ丘くんがやってきて良かったよ」

 そんなこともあろうかと、下北沢花奈=俺は、ホームルームが終わるとすぐ、隣の教室に駆けつけていたのだった。

 俺は言ったのだった。

「ああ、僕、美亜さんの家近いから送って行くよ。帰宅部で何も用事ないし」

 すると、

「「はい?」」

 昼に続きまた現れた隣のクラスの女子に驚いた様子のクラスのカーストトップ2であった。

 まあ、そりゃそうだろうな。今日まで一度も喜多見美亜あいつとまともに話したことどころか、——近づいたことさえ見たことないような下北沢花奈がタイミングよく二度までも現れたのだから。一度だけなら偶然とも思うが二度となると、必然と言うか、何かわけがあるのではと二人とも思っただろう。特に、何も考えずに、その場の感情だけで言葉が出てしまう和泉珠琴の方が、

「下北沢さん——? 昼に引き続き、美亜を助けてもらってとてもありがたいんだけど……あなた美亜とどんな関係?」

 ほらほら、百合ちゃんが喜多見美亜(中身は俺だったが)に近づいたと思った時に嫉妬でおかしくなっていた時の目と同じだ。この女は、この女なりに、喜多見美亜に打算ではないちゃんとした好意を抱いて、良い友達であろうと思っていることは——だいぶ付き合いも長くなっていろいろとわかってくれば——否定しないが、ナチュラルに恥ずかしげもなくこう言う嫌味とも取られかねない詮索をしてしまうのはやっぱりどうにも底が浅いと言うか、迂闊と言うか……。でも、その浅さゆえかズルさも可愛さに変えて許されてしまうキャラゆえこうやってクラスリア充トップグループにいれるわけだが、——まあそんな浅い奴を口からでまかせで騙すのはそんな難しいことじゃない。

「実は、この週末、美亜さんと都内でばったりあって……」

「都内でばったり? ああ、そういえば週末、美亜は都内で旧友に会う予定があるような事言ってたわよね——あなたがその旧友?」

「言え……実は美亜さんの旧友が偶然僕の友達で、大阪に引っ越した子なんだけど久しぶりに東京出てきたので一緒にあき……」

「あき?」

「あき……ばじゃなくて青山に行っていたら、偶然美亜さんもその子の友達で」

「なんだ、そういうこと……」

 もともと週末にこのリア充どもの誘いを断って何をしてたのか聞かれたら答えようと思って、「旧友」の設定を考えていたのだった。それに即興で下北沢花奈を関連付けて言った口からでまかせを、和泉珠琴は完全に信じたようだった。ならばもうひと押し。

「昨日一緒に青山を案内してもらって楽しかったので、その感謝の気持ちを伝えたくて昼に来たらあの騒ぎだったので、——放課後にちゃんと話そうとまたやって来たんです」

「なるほどね」

 和泉珠琴は、なんだかほっとしたような嘆息交じりに言う。その顔は安心したような、少し小馬鹿にしたような表情で下北沢花奈=俺を見ていた。まあ、そのドヤ顔はちょとカチンとこないでもないが、——これの方が良い。

 下北沢花奈は、和泉珠琴にとって、たまたま喜多見美亜と昨日会っただけの浅い関わりの人物と言う理解になっただろう。有象無象うぞうむぞう。下北沢花奈、この地味女子は、自分たちの関係の中に入り込むような子じゃない。

 たぶん、晴天の霹靂、たまさかの縁を得て、この機会にリア充トップグループに近づきになろうと、接触をしかけてくる行けてない連中の一人である。そう、下北沢花奈を位置付けたのだろう。

 その、下のものを見るような顔は、なんともいやらしく、こっちも皮肉の一言でも言いたくなるのだが。俺は、喉まで込み上げて来てた言葉を、我慢してぐっと飲み込んだ。

 ——この方が良いのだった。和泉珠琴の顔には、自分の方が上だみたいな様子があからさまに出ていやらしい感じ、——俺はそれに反発を覚えないでもないのだが……。でも下北沢花奈はこんな連中と関わり合いにならない方がよい——耐えられないんだから。

 むしろ俺は、この女の単純な思考過程に感謝して、このまま下北沢花奈をリア充に憧れるがイケけてない女子と言うていにして、こいつらの目の前から消え去ることにしようと思うのだった。

 でも、今日はまだそうするわけにはいかない。下北沢花奈が中に入っている喜多見美亜を、リア充どもに送らせるわけにはいかない。それじゃまた下北沢花奈が倒れてしまう。

 だから、

「——今日はお礼に美亜を家まで送って行きたいと言うことかしら?」

 あれ?

「えっ……あ、はい。——そうです」

 言おうと思ったことが先回りして生田緑に言われてしまう。

「その通りです」

 俺は、まるで心の中を読まれたかのような感じがして、背筋が少し寒くなりながら言う。この生田緑じょていは、和泉珠琴と違い、奢ることも高ぶることもなく、下北沢花奈=俺をじっと冷静に、何か探るような視線で見るのだった。

 うん、怖い。なんだかこの女は、俺のこと、俺たちの入れ替わりのことを全てわかっているような、そんな気がしてならない。そして、下北沢花奈の中身が俺、向ケ丘勇だってわかった上で、

「それじゃ、今日は悪いけどお願いするわ——下北沢さん。珠琴と私は今日は用事があるので、正直助かるわ。そうよね珠琴」

 生田緑はそう言って、

「え、あっ、う、うん……」

 それに和泉珠琴が反論をするわけもなかった。


   *


「で、この後どうすりゃ良いかよね」

 俺=喜多見美亜あいつの声で回想から引き戻されて、神社の境内で戦会議に意識は戻る。

「このままじゃダメだよな。今日で、少なくとも、下北沢さんがリア充どものサバンナの中で行きて行けないか弱くもまともな精神の動物なのはわかった。」

 と俺は今日騒ぎを思い出しながら、しみじみと語るが、

「なによ、それ。それじゃ緑とか珠琴とか私は猛獣みたいなじゃないの。あんた、それ、女の子に失礼じゃないの?」

 なんだかそれは少し馬鹿にされたのかとムッとした口調になる喜多見美亜あいつであった。

 いや、いや。この世界でもっとも残虐でどう猛な動物、それは人間。その中でもリア充と言えば、その頂点に立つであろう肉食獣。大自然の摂理に生きる気高き猛獣たちとリア充たちを比べるなんて、猛獣がかわいそうだろう。俺は、そんなことを思いながらも、もちろんそんなことは一言も口にださずに、

「それは、まあ、それとして、本当、これからどうすれば良いのかだよな」

 深刻な顔で喜多見美亜=下北沢花奈を見ながら言う。

「それは、そうね……」

 この後どうしたらと言うのはもともとこいつの言い出しことだからな。その話題出されちゃ、そっちに応じないわけいかないだろうが、

「でも、どうしたら良いかだな」

「そうね……」

 なんだか良い案が思いつかないで無限ループに入ってしまいそうな俺たちであった。

「暫定的に試してみたいことはあるけどな」

 だが、キスをしても元の体に戻らない下北沢花奈へ、根本解決とは違う案を俺は思いついていた。

「何?」

「お前ら同士キスしてみたら?」

「「へっ?」」

「喜多見美亜と向ケ丘勇がキスをして入れ替わるんだよ。今まで散々ためしてだめだったが……お前ら同士ならうまくいくんじゃないか?」

 俺の言葉に互いに目を合わせて、「どうしよう?」って言ったような顔をする二人だった。

「下北沢さんは喜多見美亜として生活するのに耐えられそうもないが、向ケ丘勇としてならなんとか大丈夫なんじゃないか? それに、これがうまく行けば、喜多見美亜おまえも元の体に戻ることができて、オタク男子の体の中に閉じ込められた境遇から解放されてリア充生活に戻ることができるんだけど……」


「いやよ!」


 でも、なんだか、ずいぶんと大声で言う喜多見美亜あいつだった。

「…………?」

 予想外に強い拒絶を受けて、俺は思わず絶句してしまうが、

「僕も……なんか嫌です——いえ気を悪くしないで欲しいんだけど……向ケ丘くんがどうこうじゃなくて……男の人とキスをするのはまだちょっと勇気がでなくて……」

 と言う、喜多見美亜=下北沢花奈。

 俺が、そっちに目を振り向けると、赤くなって下を向いているリア充女子の皮を着たオタク女子。

 ん? おいおい、お前はなんの迷いもなく大胆に俺にキスをして来ただろ。でもあれか、体は喜多見美亜だったからオーケーと言うことなのか。

「僕……女の子同士のファーストキスなら同じ幼稚園のカヨちゃんと、おふざけですましているけれど、男の人とは……」

 まあ、そう言うことのようだった。

 下北沢花奈は——こう言う言い方するとなんだが——心よりも身体重視派らしい。

 俺は、それは理解できるが、じゃあどうすればよいかと——困って、また、俺=喜多見美亜あいつのほうに振り向くのだが、

「うん。私もそう思ったのよ、下北沢さんが嫌なんじゃ無いかって……」

 なんだ、喜多見美亜こいつ? 俺に目を合わせないで、ちょっと横向いて、少しキョドッてる感じで、——頬が少し赤く無いか。

 その様子を見て、俺は、

「…………?」

 その意味をちょっと考えて、実は、ありえない結論が一つ頭の中によぎったのだったが、

「だ・か・ら!」

 あいつが相変わらず横向いたまま、ちょっと声が高くなった変なテンションで言う声で、その考えは遮られる。

 そして、

「私は、こう思うのよ……」

 あいつの語り出したのは、俺が薄々そうじゃ無いかなって思っていたことと同じ。この行き詰まった現場の、——根本打開策なのであった。

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