第21話 俺、今、女子アイスブレイク中

 俺と喜多見美亜あいつが例のアパート——下北沢花奈の仕事場——についた時、そこには俺ら以外はもう全員揃っていた。代々木と赤坂の両お姉さんと、中に下北沢花奈が入っている喜多見美亜。三人とも無言で、部屋にはなんだか気まずそうな雰囲気が漂っていた。

 みんな所在無げにぼんやりと宙を眺めている。

 そりゃ、そうだよな。お姉様たちと、まだあんまり親しくない喜多見美亜とだけ部屋にいるなら、話弾まないよね。みんな、好き勝手な感じで、椅子に座って足ぶらぶらさせたり、床に座って髪ずっといじってたり、立って壁に寄りかかって貧乏ゆすりしてたり。

 リア充の演技しなくて良いところでは、コミュ障の地が出てしまうお姉様たちと、本当は良く見知る相手ながら、空気を読んで黙ってしまう喜多見美亜の中の下北沢花奈。なら、こうなるよな。まあ、今日の計画をお姉様たちがうっかり話してしまわないで、この方が良いが。

 とは言え、こうなるかなとは思っていたが、念のため口止めはしておいた。今日の企み、お姉さまがた二人が下北沢花奈にしようとしていること、つまり今の俺に向かって行われることは、——それを横で見ている喜多見美亜、その中の下北沢花奈に向かってのメッセージとなるのだから……。うっかり、話されてしまうと困る。

 だから、下北沢花奈の同性の恋人である(とお姉様たちには認識されている)喜多見美亜に計画を話すのはまずいだろう。事前に、今日は下北沢花奈を追い込むようなことをする、と言うのを知られてしまうと、——それを止められてしまうとか、内容をこっそりスマホでやり取りするとかされてしまうかもしれない。

 とか理屈をつけて、俺——の体に入った喜多見美亜から、昨日そう伝えたのだったが、

「そもそもなんであの美人ちゃん呼ばないといけないの? 今回の話にはあんまり関係なくない?」

 と、ごもっともな質問を赤坂さんより受けて、

「……いや、花奈さんの覚悟のほどを、最愛の人にも見てもらえたほうが決心がゆるがなくなって」

 とか何とか……。

 ちょっとしどろもどろになりながらも、喜多見美亜あいつのコミュ強者一流の話術を駆使して、(下北沢花奈が中に入った)喜多見美亜が同席することを認めさせたのだと言う。

 ——ただ、ちょっとふたりのラブラブを強調しすぎて、今、お姉様方が若干引気気味と言うか、物理的な距離を意識的にとっているように見えるのはご愛嬌ということで許してもらおう。

 と言うか喜多見美亜あいつは、自分自身をいったいどんな色魔設定にしたのかとあきれるが……。

 ともかく、

「遅かった……いや約束の時間通りね」

 身の危険を感じないでもなかったためか、代々木お姉さんは、ホッとしたような顔で言う。

 そして、

「じゃあ、始めましょうか」

 と言う代々木さんの言葉から、今日の「修羅場」がスタート。

 でも、今から同人誌の作成を始めるわけでもないし、愛憎のもつれのごたごごたが、このメンバーで始まるわけもないので……。

 ——始まるのは、

「なんなんですか?」

 下北沢花奈の疑問もごもっとも。今、一人だけ「事情」をしらない彼女は、喜多見美亜の顔をポカンとさせて言う。

「もう夏コミ原稿は完成したし……特にみんなで集まって作業することもないと思ううのですが」

 ああ、そうだろうな。先週は、もう少し頑張ろうとなって、踊って見たとかに引っ張り出して、下北沢花奈の意識を変えようとしてみた。結果、少し変化の兆しはあったものの……、やはり結末は変えずに、このままで夏コミ出すと昨日言われて、

「うん……まあ……」

 とか生返事で答えておいたばかりだ。

 だから、下北沢花奈は、今日みんなで仕事場に集まる意味がよくわからないだろう。もう俺たちが、夏コミ向けの作品の書き変えを諦めたと思っているだろう。

 でも、なんでみんなで集まるのかわからなくても、人との関係に波風立てることを極度に嫌うステルス花奈ちゃんなのだ。余計な詮索をして、雰囲気のわるくなることを嫌ったのか、何も聞かずにあっさりとアパートにやって来る。そして、まんまと俺たちの仕掛けた罠にズッポリとはまる、と言うわけなのだった。

「まあ、本題は後にして冷たいものでも飲みましょうか」

 とは言え、急いては事を仕損ずる。いきなり本題には行かないでアイスブレイク。

 ちょとした良い話から話題を盛り上げて行く。

 さすが対応が大人な代々木お姉さまであるが、

「なら、さっき清澄白河で自宅用にコーヒー豆買ってきてたので、——それでアイスコーヒーでも作りますか」

 喜多見美亜あいつの言葉にちょっと心配そうな顔になる。

「でも、ここコーヒーミル無いんだけど」

 と言うことのようだ。豆のまま買って来られたら、コーヒーがいれられないことが気になったのらしいが、

「あっ、大丈夫です。俺の家にもミルは無いから、挽いてもらってきましたから」

 とあいつが言うと、

「あっ、それなら……ドリップの器具ならあるから。——買ってからめんどくさくてほとんど使ってないからペーパーフィルターもたっぷり余ってるし」

 と、赤坂お姉さんが、台所の棚を見ながら会話を引き取って言う。

 それに、

「完璧ですね、氷もありますか……」

 と、あいつが質問を返えす。

 そりゃ、アイスコーヒーだから、氷ないといけないだろうが、

「この部屋一週間誰も使ってないから製氷皿にたっぷり……」

「ああ、それなら大丈夫ですね」

 その心配は杞憂のようであるが、

「——って、それはおいといて、……ところで君たち、聞きづてならないこと行ってたんだけど。——ここに来る前に清澄白河に行ってたの?」

 でも、お姉さまの関心はコーヒーでなく別のもののようだ。

「そうですけど?」

「ふたりで?」

「そう……ですよ。コーヒーショップいったり、雑貨屋見たり、公園で休んだり」

「え、あの街で、こんな休日に男女がふたりでぶらぶら?」

 うん、それは俺も思ったうやつだな。

「はい……?」

「へえ、それって、そう見えるよね?」

「あっ、そうですね」

 そうだな。

 それって、

「デート。デートだよね。大胆だよね、花奈の恋人の喜多見美亜美人ちゃん待たせといてデートだよね」

 と、面白そうにはしゃぐ赤坂さんだが、

「いや、単にいっしょに話題の街を見ていただけですよ。むしろ先に着きすぎて、他に誰もいない部屋に二人きりになったほうがやばい感じしません?」

 と、喜多見美亜あいつが抗弁。

 いや、それデートみたいなことをしてたことの言い訳にはなってないが、

「それは、そうかもだけど……」

 赤坂さんがちょっと考え込んだその瞬間、

「それよりも、——その電気ポットってもうお湯が湧いてるんですか?」

 うまく話題を切り替えて、

「ああ、湧いてるわよ。先に来て在庫のカップラーメン食べてたわ。お湯残ってると思うわよ」

「うん。それじゃコーヒー入れてしまいましょう」

 ——袋の封を開けたコーヒーの良い香り。

「って、……ん」

 すると、香りにうっとりとした顔になった赤坂さんは、言いかけた言葉を飲み込んで黙り、その瞬間、

「お湯、もう一回沸騰とかさせなくて良いの?」

 デート疑惑よりもコーヒーの方が気になるように見える代々木さんの方が懸念点を質問する。確かに。そう言われるとそうした方が良いような気がするが、——でも、それは杞憂のようだ。

「ああ、コーヒーは沸騰直後でなく少し冷ましたお湯の方が良いみたいですよ。苦味がですぎないで」

 コーヒーって、そう言うものなのか?

「玉露みたいなものかしら?」

 いや、玉露もそういうものなのも知らんかったが、

「そこまでぬるくしないですけど、90度以下くらいの方が良いみたいですよ」

 と言うことだそうだ。

 そんなコーヒーやお茶やらの話、がさつな男子高校生である、俺は全く知らんかったが、

「へえ、男子高校生にしてはそう言うの詳しいんだねあんた。そのころの男子なんて、もっと他のことに関心があって、コーヒーとか凝り始めるのはもっと先かと思ってたけどね」

 代々木さんは意外そうな顔で言う。

 ——その通り。

 今、その男子高校生たる俺の身体の中身はリア充の見栄っ張り女子高生だからな。

 外見と中身の乖離が、あいつがどんなに演技をしようとついでてくるものなのが、

「いや……。たまたま……」

 なにが「たまたま」かわからない言い訳にちょっと不審な顔の代々木さん。

 でも、

「コーヒーのドリップ用のポットとかここには無いけど、……普通のヤカンとかでいいの?」

 と、赤坂さんが会話に割って入って言う。

 うん、変な詮索されてぼろでないで助かったけど、——やっぱり、代々木さんに比べると、赤坂こいつ本人に関する関心が薄い感じ。攻略していろいろと聞き出すターゲットは赤坂さんで正しかったようだ。

「もちろん。そこまでこだわるほどコーヒーいれるうまいわけじゃないですよ。ヤカンで十分です」

「へえ、もしかして、——謙遜してるの? なんだか自信ありそうな顔つきだけど」

 とは言え、なんだかちょっと艶っぽく、うるううるした目の代々木さんを見ると、親しくなりすぎて——喜多見美亜あいつもまんざらでもなさそうだし、……今後の貞操の危機を少し感じないでもないが、

「いやいや、それは飲んでのお楽しみ……」

 あいつはさらりと会話をいなすと、台所で黙々とコーヒーのドリップを始め……。


「「「おいしい!」」」


 その出来上がりに、大満足の俺とお姉さまがたであった。

「豆が良いですからね」

「……たっぷり氷入れたポットにドリップしてたよね」

「そうやって急冷するとコーヒーの油が凝固しないで美味しいらしいですよ」

「へえ、できあがったコーヒに氷突っ込めば良いだけだと思っていた」

「あんた、やっぱ、スペック高いわね。モテるでしょ」

「何行ってんですが、全然ですよ。キモオタで学校ではハブられてますから」

「えっ、本当? そうは見えないけどな。花奈はともかく、そんな美人ちゃんとつるんでるし……」

「ああ、美亜さんはたまたま古くからの知り合いと言うことで。学校ではツンツンでまったくつるんでませんから」

「そうなのかなあ……なんか君からはリア充オーラ感じるけどな」

「いえいえ、キモオタの苦渋は滲み出してますけどね。コーヒーのドリップみたいに」

「おいおい。美味しいコーヒー飲んでる時にそれはないよね」

「いや、ちょと君の汁ならとか……ちょとお姉さんは思わないでも……」


 …………。


 なんだか、——美味しいコーヒーという潤滑油をえて、和やかに、少し艶やかに進みそうな会話。

 楽しく、ちょっとチクリと、可愛い年下の男子をいじる女子大生二人。

 にこやかに、時々ドキリと、あっという間に気のおけない関係に持っていく、喜多見美亜リア充のコミュ力。

 場は和やかに、——アイスブレイク。


「……ずずー」

「……ずずー」

「……ずずー」


 さて十分に気は熟した。


「……ずずー」

「……ずずー」

「……ずずー」


 そろそろ今日の本題に……。


「……ずずー」

「……ずずー」

「……ずずー」


 と思うのだが。


「……ずずー」

「……ずずー」

「……ずずー」


 コーヒーを飲んでリラックスまったく「はじめる」気のなさそうな三人。


「……ずずー」

「……ずずー」

「……ずずー……(チラッ)」


 俺に目で訴えかける喜多見美亜あいつ

 

 ああ、わかったよ。

 どうも、リラックスしすぎで、これから始めなければならない、ハードなミッションに移るきっかけけが掴めないんだな。

 俺が始めるしかないということだな。

「はあ……」 

 ならば、一瞬の嘆息の後に、俺は覚悟を決めながら、

「ところで……」

 一斉に俺に振り向く三人に向かって、

「今日、僕をここに呼んだのは——いったい何をするためなのかな?」

 と、言うのだった。



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